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カタ、カタカタ、カタカタカタカタカタカターー
映写機が回るような音がする。
目を開くと鈴音は薄暗い部屋の中に一人で座っていた。地球で鈴音が実際に愛用していた一人がけのソファに深く身を委ね、ただまっすぐと前だけを見ていた。
ぱっと目の前が明るくなる。四角い光が壁に当たったのだ。白い光の中に縦線が何本も現れては消えて、そして二人の人物が映し出された。何度か縦に映像がブレるが、やがて安定し、それが知っている人物であると気付く。会ったことはない青年たち。その内の一人は前世の『ワタシ』であった。鈴音は、そこで「ああ、これは夢なのだ」と悟った。
カタカタと映写機が音を鳴らして回る。部屋には、その音だけ。なのに鈴音には二人のやり取りが手に取るように分かる。
『ワタシ』が、銀色に光る何かを持っていて傍らに座る『彼』にそれを手渡す。
『さっきの町で、これを買ったんだが何か分かるか?』
『彼』は受け取った途端に眉根を寄せて『ワタシ』を見る。映像を見ている私は、その銀色の物が何かすぐに分かった。
『どこで手に入れたんだ?』
『だから、町だって』
『あの町で?だが…いや、もしかすると戦乱のどさくさに紛れて盗んだ物が売りに出されたのか』
一人でブツブツと呟く『彼』に『ワタシ』は片眉を上げて、もう一度問う。
『おい、なに一人で言ってんだ。教えろって…そんな珍しいものなのか?』
『少なくとも、町で売られていいものではない』
『へぇ、やっぱり貴族のものか』
『彼』が頷く。
『これは、俺が生まれてしばらく後に流行ったものだ。貴族の間でも珍しく、なかなか手に入らない代物だった。それが、町にあったということは貴族から盗ったかなにかだろう』
『まぁ、こんなご時世だ。盗っただけとは限らんがな。落ちぶれた貴族が打った可能性だってある。それを庶民がどういったものか知らずに、安くで売っていたということか。で、なんだこれ?』
『時を刻むものだよ』
そう、それは地球では懐中時計と言われる物。ただ、映像の物は十二等分ではなく六等分になっている。
『時を刻むって、教会の鐘みたいなやつか』
『大雑把に言えばそんな物だけど、こっちはもっと正確に時間を教えてくれる』
彼らの時代は、時間という概念は日が登れば一日が始まり、沈めば終わるといった大まか過ぎるものであった。日時計のある教会があれば、鐘を定期的に鳴らして時間を教えてくれるが田舎などは、太陽、星回りで計っていた。だから、懐中時計、映像の世界では時計りと呼ばれたものの出現はかなり進歩的であり、珍しい物が好きな貴族はこぞって欲しがったらしい。
『すげぇもんなんだな』
『すごいよ。こんな物を手に入れるなんて、やはり君は見る目があるんだな…』
『そうか?だが、どうやって時間が分かるんだよ』
『数字が書かれていて、これが一日が時間を表しているのは分かるだろう』
『まぁ、なんとなくな』
『朝から夜になるまで、夜から朝になるまでをそれぞれ六等分にしたものだ。ようは太陽や星に囚われず、一日を十二等分したという訳だ』
『彼』が一度言葉を止めると『ワタシ』は何度も頷き関心する。
『そして、この短針が時間を表して、長針がその時間のいつごろかを細かく知らせるという仕組みだ。ちなみに長針が二周回って、短針が次の数字に辿り着くことになる』
『ははーん。なるほどな、だが動いてないぞ』
『これは定期的にネジを回さないといけない。この上部にあるこれを…あれ』
『動かないな』
『…壊れているみたいだ』
二人が、がっくりと肩を落とす。だが、『ワタシ』はすぐに立ち直る。
『俺の魔法で直そう』
『…魔法で復元することは可能だけど、仕組みの分かっていないものを直すなんてできないはずだけど』
呆れた表情で言われるが『ワタシ』は憎たらしいほど強気な笑みを見せた。
『だから、それをバラすんだよ』
『バラす?』
『そう。お前なら見れば仕組みなんてすぐに分かるだろう?それで、壊れている部分を見つけて、どう直せばいいか教えてくれ』
『簡単に言うけど、かなり複雑な仕組みだと思うよ』
『無理か?』
『…君、わざと腹立つようなこと言っているだろう』
ニヤリと返す『ワタシ』に『彼』は毒気が抜かれたような顔をして息を吐く。
『無理ではない。僕を誰だと思っているんだ?』
『賢者とよばれるほどの天才』
ふんっと『彼』がそっぽを向くが、気を取り直したように時計を弄り出す。器用な『彼』は簡単に分解していく。すぐにどこが壊れているのか分かったようで『ワタシ』に説明して、『ワタシ』は言われた通りに魔法をかけて直していく。
『おお!動いた、すごいな』
『なかなか、いいものだね』
直した時計を二人で覗き込み喜ぶ姿がジャスとカールのようだと思った。
『ワタシ』は、しばらく時計を手に持って角度を変えながら見ると、満足したのか隣の『彼』に渡してしまう。
『?』
『やるよ』
『は?なにを言っているんだ。これは貴重な物で、君が買ったものだろう』
『気にすんな、安かったし』
『安かった、ていくらで買ったんだ?』
『一万ゼル』
『いちっ!?一月分の給金じゃないか!』
戦時中であるだろう彼らの時代は、一週間生きるのもやっとで一万ゼルは彼らにとって、かなり高額な買い物になる。
『いったい何を考えているんだ!確かに、これの価値を考えれば安い物かもしれないが、今の君には必要ないものだろう。いや、そもそもどんな物か知らずに買ったなんて』
『そんな目くじら立てるな。どうせ俺らは軍で食事が提供されるんだしな』
鈴音は、「そうか」と思った。彼らの服装は軍兵用の服装なのだ。生きるため、軍に入り戦争に参加している。前線で戦う兵には体力が無ければ困る。だから、軍は給金とは別に食事を提供していた。だから、金の使い道といえば、提供された食事だけでは満たされなかった腹を満腹にさせるためか、遊びに使うか、嗜好品を買うか。家族がいる者は生活費として送ったりもする。それらに使わなければ金は自然に貯まる。いつ死ぬか分からない彼らからすれば、貯める行為など無駄に等しかったが。それに銀行など便利なものがない世界で、金など嵩張るだけの荷物だ。
『貯めていても仕方ないしな』
『そうだが…』
『必要なところにあればいいんだよ』
『君は…またか』
『彼』は呆れ半分、関心半分の表情で『ワタシ』を見ている。
『尚更、僕が貰うのはおかしいだろう』
『そんなことはない。実はな、それを見た時、お前に似合うと思って買ったんだよ。この繊細な作りがお前を彷彿とさせる』
『…君の言い方は、時々妙だって気付いている?だから、勘違いされるんだろう』
『あれか、俺とお前が』
『言うな、気持ち悪い』
『あははっ、聞いた時は笑えたよ』
『僕にとっては、笑えない。勘弁してくれ…』
くつくつと肩を震わせる『ワタシ』を『彼』が睨む。
『まぁ、ともかくお前にやるよ。そんな細かく時間に囚われるのは面倒だ』
『………君らしいよ』
苦笑を漏らした『彼』は、大切そうに時計を懐に仕舞った。
『さて、行くか』
『そうだね』
二人は立ち上がり歩き出す。
それから、映像は歩き続ける二人の背中だけが映し出される。少しして、彼らの身長が伸びていることに気付く。軍兵の制服にある所属国が分かる紋が剥ぎ取られたものへと変わり、次に少しかっちりした服装、装飾の着いた服装、質のいい服装と順に変化していく。身長と服装が変わっても彼らは並んで歩き続けていた。今までで、一番高価そうな服装になってから『ワタシ』の姿が少しずつ薄れ始める。それでも、二人は並んで歩いていたが、やがて、『ワタシ』が消えていなくなった。ようやく『彼』が立ち止まり『ワタシ』がいた方向を振り返る。その横顔を見て胸が刺すように傷んだ。笑顔も悲しみも苦しみも感じさせない表情。あらゆる感情を削ぎ落とした横顔は、美しかったが、鈴音にはとても悲しかった。
『彼』は再び前を見ると歩き出す。今度は、一人きりで。歩みを止めることなく、ずっと。後ろ姿が、徐々に老いていく。歩くのが辛くなった頃、『彼』はふと歩みを止めて、何かを取り出した。『ワタシ』があげた時計だ。『彼』は時計の上部に手をやるとネジを巻き始めた。すると、大きな変化が起きる。『彼』の身長が縮み、子供の姿になってしまったのだ。子供に戻った『彼』は大切そうに時計を懐に戻し、また歩き出す。隣には誰もいない。身長が伸びて、服装が変わって、また老いていく。そして、立ち止まり、時計を取り出す。
鈴音は、耐えきれなくなって立ち上がり画面の『彼』近付いた。すると、体が中へと引き込まれる。驚いたが、自分が宙に浮いていて『彼』の近くにいることが分かると落ち着いた。歩き出し、成長する『彼』に着いていく。『彼』は鈴音の存在に気付いていない。老いてしまったら、懐から時計を取り出してネジを巻く。その繰り返し。無性に泣きたくなった。それを何度か繰り返した後、鈴音は『彼』の持つ時計に足りないものがあることに気付く。
(短針がない)
時計は、何時なのか分からない。なのに、長針だけが確実に時を刻み回り続ける。何度も何度もぐるぐると回っていく。
(ああ、嫌だ)
何を示しているのか。恐ろしくて、悲しくて堪らない。
(お願い…もう)
『彼』が年老いて、時計のネジを回す。子供に戻ってーー
「もう嫌っ、止めて!!」
亀裂が走る。音をたてた景色がパリンッと粉々に割れた。欠片の中でも彼は歩き続ける。それを呆然と見て、意識が暗転した。




