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彼女は異世界で王様でした  作者: オランジェ
第三章 カーザラント王国へ
17/30

4

 「ああ、そろそろ夕食の準備が整ったようですね」

 いい香りがテントの方にまで届きファイが顔を上げる。

「そ、そうだな!なら、もういいだろう?」

「スィオン、私が言ったことをきちんと理解していますか?」

「し、してる、してる」

「今、何かを起こせば、あなたを騎士にするという話はなくなるのですよ」

(え、スィオンって騎士じゃないの?)

 スィオンを騎士だと思い込んでいた鈴音には寝耳に水である。

「分かって、ます」

「なら、よろしい。行きなさい」

「…失礼しまーす」

 いそいそと先に脱出するスィオンを恨みがましい目つきで見送る。

「ルイース様の食事を取りに私も一度外します。その間、体をお休めください」

「…ああ」

 ファイの説教に疲れを見せるルイースが頷く。

「あなたは、私と一緒に来なさい」

(まじか、私だけ延長コース)

 冷ややかな目には、まだ言い足りないという意思が読み取れた。うんざりとしたが鈴音は大人しく着いていくことにした。今回のことは、鈴音の考えなしの行動が元凶であることは確かで、言い訳できないことは自覚してる。

「ーーファイ」

「はい」

「スズを責めるな」

 ルイースも鈴音だけ延長戦があることに気付いたのだろう。頭が固い側近に釘を刺す。

「私は、側近として貴方に意見を言える立場でございますが、これ以上はさすがに不敬にあたります。なので、周囲の人間に言い含めなければならないのです。ご理解ください」

「…私の立場が、そうさせるのだと?」

「…」

「君の言い分は分かった。だが、やはりスズは悪く無い」

「本当に、そうでしょうか?彼女が無謀にも一人で追いかけて行かなければ貴方様は危険に飛び込むことはなかったのではないですか?彼女をルイース様は友と言います。ただの戯れかと思いましたが、そうではなかったのですね。ならば、私は主の友に側近として忠告しておかなければならないのです」

「ファイ」

「ルイ、いいから」

 庇おうとするルイースを遮り、必要ないと横に首を振る。ルイースは眉を寄せたが結局ため息を吐き「出て行け」と言うように手を振った。

「それでは、失礼します」

 綺麗に礼をして出ていくファイに着いてテントを出た。彼は、食事の準備をしている方には向かわず林の影へと入っていく。

(…え、私、殺されないよね)

 顔を引き攣らせ立ち止まろうとした時、

「っ!」

 作業する隊員たちの視線が届かない場所へ引きずり込まれる。抵抗する間もなく背中を木の幹に打ち付けた。ファイは小柄な鈴音の首に手をやり、そのまま押さえ込む。

「っ、く」

「苦しそうですね。ーーまったく、ルイース様もこんな平凡な女のどこを気に入ったのか」

(平凡で、悪かったな!)

「不愉快な目だ。お前、殺されたくなかったらルイース様の前から立ち去れ」

 本物の殺意に身を強ばらせた。邪魔な存在を排除するための、鈴音の存在そのものを否定する殺意だった。恐怖とともに自分の命の軽さを思い知らされショックを受ける。

「ああ、心配はするな。仕方が無いから、カーザラントまでは連れていく。だが、それから先はルイース様に近付くことを許さない」

 息が苦しい。なんで自分がこんな目に合わなければならないのかと理不尽な思いに悔しくなった。

(ふざけるな。私だって………ああ、そうか。この人、本当にルイのことを大切に思っているんだ)

 ふと、ファイの姿が子を守ろうと殺意を(みなぎ)らせていた、あの狼の姿をした魔獣と被った。恐怖が遠のき笑いがこみ上げてきた。

「…お前、この状況で笑っているのか?」

 苦しげにしながらも笑みで顔を歪ませる姿にファイが顔を顰める。同時に首を抑えていた手が緩み、鈴音は大きく息を吸い込んだ。勢いよく吸い込んだため、けほっと空咳が出た。その間も笑みを消さない。鈴音は、苦しさから潤んだ目の涙を拭いながらファイを見上げる。

「貴方は、本当に、ルイが大切なんだね」

 ピクリとファイの眉が動いたのは、ルイースを親しげに呼んだからなのか、指摘が図星だったからなのか分からない。

 ファイは鈴音の本心を見極めようと目を細める。

「お前に関係のないことだ。だが、あの方の邪魔になるのならば、誰であろうと私が許さない」

(なかなか重い忠誠心をお持ちのようで)

 ルイースはファイのこの想いを知っているのだろうか。知っていても、知らなくても大変そうだと思う。

「あなたは、ルイースの味方なんだね」

「当たり前だ」

「それは、彼が王様だから?」

「っ、お前、ルイース様のことを知ってーー」

「そんなことは、どうでもいい。答えてよ」

 鈴音の声が凛と響く。ファイは不愉快に思いながらも、何故か答えなければならないと口を開く。

「…ルイース様は、王だ。それは変わらない。何が聞きたいんだ」

「ルイースが王だから忠誠を誓っているの?」

「…あの方が王でなかったらなど、『もしも』の話など私は考えたことはない。無駄なことだ。ーーだが、あの方が王だからこそ、私は忠誠を誓ったのだ。私はルイース様が王でなかったら、あの城にはいない」

 ファイの言葉に鈴音は微笑む。

「そう。ルイの近くにいる人がファイでよかった」

「…不本意だが、私だけではなく、他にもいる」

「そっかぁ。安心した」

 目を伏せた鈴音は、ファイが戸惑う表情をしたことに気付かない。

(ルイースは、一人ではないんだ)

 鈴音にとって、王とは孤独な者であった。前世の自分は、友ができてから孤独とは無縁になった。理不尽な現実に抗っている時も傍らに彼がいて、大切だと思える仲間が増え、好きな女性もできた。その人の周りには多くの人が集まった。だが、王になると孤独感が生まれる。仲間は遠ざかり、愛した女性に悲しそうな表情をさせることが増えた。そして、唯一無二の友まで離れていった。そんな記憶があるから、王とは孤独なのだと、誰にも理解されないのだと思っていた。いや、その事をジャスとカールの話を聞いて思い出した。

(皆がみんなそうではない、か)

 前世の人は、傍若無人になっていたのだ。周りから人々が離れていくのは仕方なかった。それは理解している。

(本当に前世の私は、どうしようも無く不器用で孤独な人だったんだ)

 少しだけ切なさが増し、浮かべた笑みにそれが現れる。

 ファイは鈴音の表情の変化に訝しむ。この女は図太い上に図々しい。それは間違いない。だが、それだけでは無いのかもしれない。だからルイースが珍しく気にかけるのか。

「あなたは…」

 ファイが、鈴音に何か言いかける。しかし、それを言葉にする前にガサリと足音がした。

「ファイ様、こんなところで女性を口説くもんじゃない」

 ファイが弾かれたように振り返る。

「スィオン…冗談じゃない。誰が、こんな女を」

「そう勘違いされても仕方ない状況だと言っているんだ」

 木に抑え込まれたままの鈴音に目を向けて、ファイが嫌そうに手を退かす。

「これは、失礼しました。ですが、どうか先ほど言ったことを考えておいてください。ーーでは」

 颯爽と去っていくファイを見送った後、鈴音はスィオンに顔を向ける。

「何しに来たの?」

「…助けてやったのに、なんだその言い草は。それとも、やっぱお邪魔だったか?」

「よく言う。もっと前から様子を見ていたくせに。助けるなら、もっと早くしてよね」

「…」

 気付かれてないと思っていたのだろうスィオンが頭をかく。

「スズは、人の気配に敏感なんだな」

「そうかな、あー、うん、そうかも?」

 日本の友人からも同じことを言われたと思い出し頷く。

「以前にも聞いたが、お前何者なんだ?」

「ええ、またその質問…しつこいよ」

「だが、さっきのお前の話、ルイース様のことをやけに気にするし…なぜ、会ったばかりのルイース様をそこまで気にかけることができる」

 本当はルイースのことを以前から知っていたのではないかという疑いがスィオンの表情から読み取れた。

「私がルイに一目惚れしたとは思わないの?」

 わざとらしく首を傾げてみせる。

「お前がそんな健気な女かよ」

「…ちょっと、私に失礼じゃない?」

「そう思うんだったら、もう少し大人の女性らしく振る舞え。お前と出会って日がまだ浅いが、非常識なスズの行動を既に十個以上は挙げられるぞ」

「…」

 反論の言葉もない。

「てか、話を逸らすなよ。お前のことを聞いているんだ」

 鈴音は、深いため息をつく。

「私のことって、そんなに話すことないよ。今は、君の主君であるルイの友達。それ以上でも以下でもない」

 この世界で、鈴音はどこにも属していない。ファイの言うように異邦人なのだ。宙ぶらりんで孤独なのは鈴音自身なのだと今更ながら気付き苦笑する。

(他人の心配をしている場合ではない、か。…でも、ルイの友達。今は、それでいいじゃん)

 文句を言いたそうなスィオンを無視してテントの方へ足を向ける。頭上では、星が美しく輝き始めていたが鈴音はそれを見上げることはなかった。


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