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カバンの中から胡椒粉爆弾を取り出す。ソフトボールよりも一回りくらい大きい玉に布がニョキっと生えたような物体にルイースは目を瞬かせ、サニーは首を傾げる。
「それは…?」
戸惑う気持ちは分かる。見た目はちょっとアレではあるが、目の前の魔獣を怯ませることはできるはずだ。ルイースの質問は無視して玉の布を引っこ抜く。
「それしゃあ、投げまーす」
「「「「え?」」」」
鈴音以外の四人が同じ反応をする。みんなの戸惑いには気付いていたが、説明する暇はない。鈴音は、ルイースの手をがしっと掴み走り出す。
「ーーよしっ、逃げるよ!」
「はあああぁぁ!?」
スィオンが頓狂な声を上げ、サニーはぽかんと鈴音たちを見送ってしまう。玉を反射的に避けた魔獣は警戒からか、すぐには追いかけてこなかった。
「なに、ぼけっとしんての!早くにげーー」
ボフンッ
爆発音が響き、当たりが白く濁る。
「ゲフッ、な、なんだ、これっ、ふぇっ…くしょい!!」
「へっくしゅっ!これ、…無理!」
魔獣と共に爆発に巻き込まれたスィオンとサニー。サニーは耐えきれず盗賊の男を引きずって走り出す。盗賊の男も粉に四苦八苦はしながらついてくる。一方、魔獣の方も苦しそうにくしゃみを繰り返していた。
「くそっ、なんだよ、これ!」
悪態をついて、スィオンが最後尾につく。
「口が、悪い」
「うるせぇ、いったいあれは何なんだ!」
「胡麦粉、爆弾」
「は?」
「胡椒とっ、小麦粉を使った、爆弾!走ってん、だから、説明は、あと!」
さっそく息切れが始まった鈴音。日頃の運動不足は馬鹿にできない。手を掴んで引っ張っていたはずなのに、いつの間にルイースと立場が逆になっている。
「おい、追ってきているぞ!恐らく仲間だ」
振り返る。スィオンの言う通り三匹の魔獣が追いかけてきていた。
「えぇ、さっき、あん、なに、居たっけ??」
「林に隠れて、私たちを狙っていた三匹だね」
どうやらルイースは気付いていたらしい。なるほど、鈴音たちは想像以上に危険だったらしい。スィオンが殺気立つはずだ。
「うぇ。在庫、そん、なに、ないの、にぃ」
嘆いても仕方ない。現状は爆弾を惜しんでいる場合ではないのだ。鈴音は、ルイースから手を離すと先ほどよりも小さな爆弾を取り出す。
「後ろの、人ぉ、ば、爆弾、投下す、るんで、気をつけて!」
「!?、おい、危ねぇな!」
抗議の声が聞こえた気がしたが、気にする余裕などない。ボフンッとまた鈍い爆発音が響く。後ろがどうなっているのか確認する余裕はもはや残っていない。
「ごめん、だけ、ど!わたしの、後頭部に、は、目はつい、てないか、ら、避け、て!」
息切れさせながら、続けて爆弾を後ろに投げる。サニーや盗賊の男の悲鳴も交じる。
「え、スズ…それに、隊長達も!?」
「おお、お前らか、遅いな。まぁ、ともかく来た道を走って戻れ!!」
「は??」
追って来たのだろう隊員たちが、全力で走ってくる鈴音たちに目を白黒させた。
「森の、番犬!早く」
「え、え?」
戸惑いながら、体の向きを変えて走り出す隊員たち。
「後ろがやけに粉っぽいんですが、いったい何が…?」
「後で、説明する!スズ、まだ二匹追ってきてるぞ」
「りょーかいっ、…爆弾、特大サイズ、いっきまーす」
最初に使った爆弾より、さらにひと回り大きい玉を取り出す。鈴音の周囲を走っている隊員たちがぎょっとする。
「ば、爆弾!?」
「後ろの、人、よっけてねー!」
両手で後ろも向かずに投げ込む。
「おわっ、あっぶねぇ!スズ、お前、実は見えてんじゃねぇのか!?さっきから俺の方ばっかに飛んでくるぞ!」
「え、えぇ、偶然、だって」
理不尽な言葉に鈴音は抗議する。
ドフンッ
今までで一番大きな爆発音が背後から聞こえてきた。魔獣の弱々しい声が聞こえてきたが、一行は振り返ることなく走り続ける。鈴音も喉の痛みを堪えながら、先行くルイースの背を追っていた。斜面を登る頃には足の感覚がなくなり、へたり込みそうになるたびルイースが支えてくれた。
「ルイース様っ」
傾斜を上り切ったところでファイの声が出迎えた。
「ご無事でしたか!いったい、何が…」
「心配するな。落ち着いたら、説明する」
「スィオン、あなたがいながら…この粉はなんです?」
息を切らすルイースからの説明を諦め、矛先をスィオンに向けるが粉まみれの姿に目を丸くさせる。
「…スズに聞いてくれ」
「今、聞ける状態ではなさそうなんですが」
スィオンは鈴音の方に目を向ける。
「…………………おい、大丈夫か?スズ」
鈴音は膝に手を付き、大きく肩を上下させていた。顔は青白いのか赤いのか分からない微妙な顔色をしている。傍から見ても大丈夫ではないことは分かる。
「おぇっ……い、ま…わたし、に、声を、かける、な」
「わ、悪い」
喉の乾燥し過ぎで、えずきながら答える。
「し、死ぬ。一月分は、走った…」
限界を超えてまで山道を走り登ったのだ。鈴音の体力は、とうに切れている。
「…もう少し体力つけた方がいいかもね、スズ」
「…」
ルイースの冷静な突っ込みが耳に痛い。それでも、背中を撫でてくれているのだから、彼は優しい。
「あなたたちは、なにか知っているのですか?」
後から合流した隊員たちが困ったように顔を見合わせる。それだけで、事情が分からないのだと分かる。
「はぁ。その男を縛って馬車に乗せなさい」
ファイの言葉に待機していた隊員が従う。その頃には鈴音の荒い息も落ち着きはじめていた。
「それで、なにがあったのですか?ルイース様」
「なにって…」
ルイースが鈴音に視線を向ける。鈴音は、げっそりとした表情をしており、目も虚ろだ。本当に体力切れなのだ。そんな彼女を見て、ルイースは湧き上がった衝動に体を震わせ始めた。
「ルイース様?」
「くっ」
思わず漏れた声にファイが眉を寄せる。ルイースは、慌てて俯くが肩の震えを止められなかった。
「体調が優れないのでは?」
「ふ、はははっ」
堪え切れず笑い声を上げる。周囲の目がルイースに集中した。鈴音もルイースを見上げる。
「ちょ、ルイース様…」
「いや、もう面白っ、くて!」
そんな楽しいことがあっただろうかと首を傾げる鈴音にルイースは、さらに笑いの発作を大きくさせた。
「ぶふっ」
スィオンも吹き出し笑い出す。
「真剣な声で、提案があると言われた時は、どんなすごい作戦かと思ったら、逃げ一択って、お前」
身を震わせて笑う二人に鈴音は、思いっきり顔を顰めてみせた。
「だって、仕方ないじゃん。あの子たちが悪いわけじゃないのに…」
「そ、そうかも、しれないが。はははっ」
「ちょっと、二人共笑い過ぎ!ってサニーまで、なんで笑うの!!?」
笑う三人と怒る鈴音。周囲の者たちは呆気にとられるしかない。なにより驚かされたのがルイースの様子だ。ルイースは、いつだって微笑みを絶やさないが、こんな風に開けっぴろげに笑う姿は誰も見たことがなかった。側近であるファイでさえ。
「スズ、お前はハチャメチャ過ぎっ」
スィオンが腹を抱え、ルイースも一緒になって身をよじる。
「〜〜っ、もう、笑い過ぎだってば!」
顔を真っ赤にさせる鈴音。四人の奇妙な構図に隊員達にも笑いが伝染していく。気付けば当たりは笑い声に満ちていた。
「もう、なんでみんなまで…もう」
文句を言いながら鈴音の口がモニョモニョと動く。そして、最後には語尾を震わせ笑み崩れる。なにがこんなに楽しいのか分からないまま、笑いの波は暫く続くのであった。
笑いの波が治まる頃。
ルイースが目に溜まった涙を拭うとファイが鈴音達の前に立つ。
「ーーさて、もう落ち着きましたね。説明してもらいましょうか?」
ファイはにっこりと満面の笑みを浮かべていたが、背後に吹雪きを起こせそうな空気を背負っていた。鈴音、ルイース、スィオンは同時に固まる。
その後、三人は話を聞いたファイによって夜営の準備が整う間中お叱りを受けるハメになった。
「森の番犬よりも怖かった」
と後に隊員達に漏らした鈴音の言葉である。




