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彼女は異世界で王様でした  作者: オランジェ
第三章 カーザラント王国へ
14/30

1

 その後の半月は、あっという間であった。ほとんど、ジャスやカールと遊んで過ごしたわけなのだが、定期的に覗きに来ていたスィオンからは呆れた顔を向けられていた。スィオン曰く、精神年齢が十歳児の子供と同じらしい。失礼なとは思うが、鈴音は大人なので気にしないことにした。

 別れの日。

「おい、スズ、そろそろ行くぞ」

「…うん」

スィオンに促されても、鈴音はなかなか出発する気になれない。見送りに来ると言った二人が現れないのである。せっかく仲良くなったのに、会えないまま別れるのは寂しかった。だが、いつまでもスィオン達を待たせるわけにはいかない。仕方ないとため息を吐くと鈴音の為に用意された馬の鐙に足をかける。

「ーースズ!」

 鈴音は、待ち望んだ声に振り返る。髪を乱して走ってくる子供二人に破顔した。

「もう来ないかと思った」

「行くって言ったろう」

「良かった。間に合って」

「ギリギリだけどね」

 ちらりと後ろを見て答える。そこには準備万端であるスィオン達が鈴音を待っていた。

「ごめん、これを作って遅くなったんだ」

 ジャスが、ばつが悪そうに手に握りこんでいた物を鈴音の方へ差し出す。鈍い銀色をした細長い筒状のアクセサリーであった。筒の上部には長めの紐が括りつけられている。

「これは、笛?」

「う、うん。カールと二人で作ったんだ。…初めてだから、上手く出来なかったけど」

 ジャスは俯き、カールはそっぽを向いている。

(そういえば、ジャスのお父さんは鍛冶屋で、カールの家は装飾屋だって言ってたっけ)

 二人の手先の器用さと発想力は父親譲りなのだろう。初めてと言う割にはよく出来ている。目を凝らせば細かい文様も彫り込まれていた。売り物としては少し不格好だが、悪戦苦闘する二人の姿が目に浮かび温かな気持ちになった。

「お父さんたちに教えてもらったの?」

「…そんなとこ」

「ほら、俺たちとお揃いなんだ!」

 カールが自慢げに胸にあった笛を掲げて見せた。なるほど、ジャスの胸にも似たような物が下がっている。

「ライト兄妹の証ってことか」

「…カールの考えなんだ。離れていても仲間という証を作ってスズに送ろうって」

「そっか、ありがとうカール」

「へへへ。でも、作ったのはほとんどジャスなんだよなぁ。俺、ジャスほど器用じゃないし」

「文様を考えたのはカール」

 うんうんと何度も頷いて二人の話を聞いた。

(卒業式でも泣いたことないのに、今、すごく泣きそう)

 卒業していく生徒を見送る先生とはこんな気持ちなのかと思わず目頭を熱くさせた。

「…大きくなって」

 目頭を抑えて言えば呆れた表情を返されてしまう。

「いや、たった半月程度の付き合いだから」

「子供の成長は早いって言うけど、さすがにそれだけじゃ僕たち成長できないよ」

「……君たち本当に突然、可愛げなくなるなぁ」

 生意気な二人の頭に手をやり、ぐしゃぐしゃとかき回す。二人は不満そうに声を上げるが、そこには笑いが滲んでいた。

「ーー真面目な話、今度二人に会うときは、きっと大きくなっているんだろうね」

「そりゃあ、すぐに大きくなるさ。あのスィオンって人よりもね」

「そうそう、子供の成長は早いからスズ驚くよ」

「ふふ、楽しみにしてる」

 目を細めて頷いた後、一拍置いて鈴音は仲良くなった子供二人に真剣な眼差しを送った。

「あのね、二人に約束してほしいことがあるの」

「なに?」

「なんだよ?」

「二人は、素晴らしい発明家を目指しているんだよね」

 鈴音の質問にジャスとカールは同時に頷く。

「きっと二人なら生活に役立つ素晴らしい物を、たくさんの人達に喜んで貰えるものを作り出せると思う。…でもね、どんなに便利で素晴らしい物でも、それは使い方によっては恐ろしいことを引き起こすかもしれない」

「…どういうこと?」

「ジャス、包丁は料理で使う物で、(くわ)は畑を耕す物がだよね?」

「当然でしょ」

 当たり前のことを言う鈴音に不可解そうな表情をするジャス。

「あ、俺、スズが言いたいこと分かった。使い方によっては、包丁も鍬も凶器になるってことだよね。前に、母ちゃんが夜に店の方から物音がするって鍬を抱えて確認しに行ったんだ。んで、それを母ちゃんが人影に向かって容赦なく振り下ろしているのを見て、鍬にこんな使い道があったのかとビビったもん。結局、人影の正体は酔っ払った父ちゃんだったんだけどさ」

 鈴音は動きを止め顔を引き攣らせる。ジャスは知っている話なのか顔色を変えない。

「…え、父ちゃん、無事?」

「うん。めちゃくちゃビビってたけど」

 カールのご両親、特にお母様についてもっと尋ねたくなったが辞めておいた。時間がない。咳払いをして話を戻す。

「そう、カールの言う通り。普段は生活に欠かせない道具でも時には武器になり得る」

「…僕たちが作った物もそうなるかもってこと?」

 鈴音は、静かに頷く。

 ライト兄弟が発明した飛行機は、地球の裏側まで人や物資を運んでくれる便利な乗り物だ。だが、戦争では多くの人々を殺す武器として使われている。

 純粋に開発を楽しむ二人の子供の発明が将来、悲しい結果を生み出すかもしれないと思うだけで辛くなる。

「私が言ったライト兄弟は、とても素晴らしい物を作り出した。でも、それは戦争でも使われていて多くの人の命を奪っている」

 昔、自衛隊やアメリカ軍の戦闘機を直で見てかっこいいと心が震えた。これが日本を守る飛行機なのだと。でも、そうやって考えられるのは鈴音が平和を享受できる立場でいられたからで、もし、戦時中に飛行機が上空を滑空する姿を見かけたなら死の予感に戦慄するのだろう。

「「…」」

「便利で楽しい、どうしてそれだけで人は満足できないんだろうね」

 戸惑う二人の頭をポンッと優しく叩く。

「だからね、発明するときは安全面も考え、かつ売る相手を考慮した方がいいってこと。分かったかな諸君」

 鈴音の言うことは綺麗事だ。平和しか知らない人間の傲慢でもある。だから恥ずかしくなって、冗談めかしてしまう。しかし、賢い二人は真剣な顔をして考え込んでいた。

「…スズが教えてくれた水を綺麗にする物も、使い方によっては恐ろしいものになるの?」

「どうだろう、私はあまり頭良くないから、そんな使い方を思いつかないな」

 眉尻を下げながら答える。

「でも、もしそんな使われ方をされたらって思うと悲しいね。だから、自分の発明に誇りを持って大切にしてほしいって思う。言いたい事、分かる?」

「なんとなく…」

「今は、それでいいよ。二人が偉大な発明をした時に思い出して」

 鈴音は、にっこりと笑い立ち上がる。

「さて、もう行かなくちゃ。みんなを待たせてる」

(約一名、怖い顔してるし…)

 冷ややかな眼差しを送ってくる名も知らぬ若い男がいる。確かに予定より遅れている上に待たせているので鈴音に非があるのかもしれない。

 鈴音は、再び鐙に足をかけ「よっこらせ」と雄々しく声を上げて馬の背に乗った。

「スズ、約束する!あまり分かったとは言えないけど、よく考えて約束を破らないようにする!大丈夫、こっちには頭の良いジャスがいるから!!」

「結局、僕頼りなの?…いいけど。ーー僕も約束するよ。だから、スズはカーザラントで僕たちの発明を楽しみにしていて!」

「うん、楽しみにしているよ!またね!!」

 鈴音は、馬の腹を蹴りスィオン達に合流する。

「ごめん、お待たせ」

「いや、きちんとお別れできて良かったな」

「うん」

 短いやり取りのあと、カーザラントへ向かう一行は出発する。ジャスとカールは、鈴音たちの姿が見えなくなるまで、その場に立って見送っていた。最後の丘を超える時、鈴音は振り返り小さくなった二人に大きく手を振る。遠くで二人が振り返してくれた気がした。


 ジャスとカール、二人は鈴音が信じた通りに後世に残る素晴らしい発明をする。それは、人々の生活の支えとなる。




* * *




 クイレン国王都のアーテルから離れて初めての夜を迎える。

 鈴音は、食事を摂る騎士から離れた所に座り、空を見上げていた。銀色や白藍色、赤色の星々が散らばった夜空は明るくて美しい。今夜は月のない日だから、とてもよく星の輝きを見ることができた。文化が発展した日本では見ることができない美しい光景である。鈴音は見つからないと知りながらカシオペア座や北斗七星を探す。

(星が多すぎて、そもそも形にならないや)

 思わず漏れた笑みには苦みが混ざっている。膝を抱えながら、感傷的になっていることを自覚する。

(ジャスとカールとの別れが、意外にきたかも…)

 日本では、電話やメールが普及していたから離れ離れになっても根性の別れになることはほとんどない。だから、卒業式は少しの寂しさはあっても悲しくはなかった。でも、この世界は違う。離れてしまえば、連絡をとる方法は手紙しかなく声を聞くことはできない。会いに行こうにも日本ほど交通が整備されていないので容易なことではなかった。もしかすると会いに行けないまま死ぬかもしれない。

「日本にいた頃よりも別れが辛いなんて…」

 家族や飼っていた小鳥のことを想えば余計に辛くなる。だから、考えないように星の数を数え始める。

「スズ」

 どの星を数えていないのか混乱しはじめた頃、名前を呼ばれた。鈴音が振り返るとルイースともう一人、街を出る時に冷ややかな視線を送ってきた男がいた。やはり冷たい表情で鈴音を見ている。

(観察されているというよりも、既に敵視されてる…?)

 落ち込んでいる時に敵意剥き出しの人間を相手にするのは精神的に辛い。気が重くなるが、突然の同行者に警戒しているのかもしれないと考え直す。

「どうかした、ルイ」

 立ち上がりルイースに答える。すると男が不愉快そうに眉を寄せるのが見えた。

「紹介したい部下がいてね。移動中だとゆっくり話せないから今になった」

「そっか」

 鈴音は、男の方に視線を向ける。

「ファイ・ロードだ。なかなか優秀な男で、私も信頼して仕事を任せている」

「恐れ多いお言葉です」

 恭しく頭を下げるファイからは、強い忠誠心を感じられた。

「私、鈴音です。ルイたちにはスズと呼ばれているので、そう呼んでください」

「姓はないのですか」

 抑揚のない口調は、とても友好的な態度とは思えなかった。

「あるにはありますけど…発音が難しいですよ」

「おっしゃってください。私は女性の名前を、ましてや愛称で呼ぶつもりはございません」

 はっきりとした線引きに顔が引き攣る。

(女性っていうより、私と仲良くしたくないんだろうな)

 面倒くさいと思いながら内心で肩を竦める。

「『加野』です」

「かにょー?」

 思った通り発音しずらいらしい。冷たい表情をしながら、変な音程で繰り返すファイに思わず吹き出してしまった。すごい目で睨まれ、鈴音は咳払いをして誤魔化す。

「か・の・う、です」

「か、にぅ…」

「やはり難しいですよね。なので、スズと」

「いえ、きちんと発音できるようになります。それまでは、異邦の御仁とでも呼ばせていただきます」

「…」

 嫌味のこもった呼び方に返す言葉もない。本気で打ち解けたくないようで、ファイの態度にルイースも呆れを見せていた。

「…はあ、まぁ、お好きにどうぞ。私はファイ様と呼ばせていただきますね」

 敵意しか見せない相手に労力を割きたくない。ファイと打ち解ける努力を早々に投げ出した鈴音は適当に相槌を打つ。

「……私やスィオンに頼れない時は、ファイに相談するようにと言おうとしたのだが」

(無理だね)

 視線だけで否定すれば、苦笑された。

 そんな無言のやり取りをしているとファイにじっと見つめられた。値踏みをする視線だ。かなり不愉快で、鈴音もじっとりと観察し返す。客観的に見て、いい男なのだろう。背は高く、鼻筋も通っていて、メガネが似合う。インテリ系イケメンだ。だが、無表情かつ冷ややかな視線のせいで近寄り難い雰囲気を醸し出している。先程のやり取りからして嫁いびりをする姑のごとくねちっこい性格をしていそうだ。第一印象は最悪だった。そして、それはお互い様なのだろう。

「「…」」

 ファイは、鈴音の頭から足まで目を動かし、鼻を鳴らすとあからさまに視線を逸らす。初めて受けた屈辱的な態度に唖然とする。いくら気に食わないとはいえ、初対面の相手にする態度ではない。

「ファイ、失礼な態度をとるな」

 さすがに部下の態度が目に余ったのかルイースが硬い声で叱責した。

「…不愉快にさせてしまい、申し訳ございません」

「私にではなく、スズに謝罪しろ」

 ルイースの言葉に首を振ったのは鈴音の方であった。

「ルイ、構わないよ。ーー自分を取り繕えない人なんでしょう。優秀らしいけど」

 意訳:大人気ない男。たかが知れてるね。

「…それは失礼いたしました。突然、同行を求めてきた女性に戸惑ったもので」

 意訳:どんな女かと思えば、図太いだけの役に立たなさそうな小娘ではないか。

「あら、同行はルイが許してくれたんですよ」

 意訳:貴様なんぞの許しなんて必要としてませんけど。

「我が主人(あるじ)は女子供に優しくて…それで勘違いされる方もいらっしゃるんですよ」

 意訳:これだから勘違い女は。調子乗るんじゃないぞ。

 鈴音とファイは睨み合う。そんな二人に挟まれたルイースがうんざりとした様子で息を吐いた。

「二人共落ち着くんだ。相性が悪いことは分かった。だが、先に失礼な態度を取ったのはファイの方だ。スズ、主人として謝罪する、すまなかった」

 目を伏せて謝罪され鈴音は苦笑し、ファイは慌てる。

「る、ルイース様」

「ーーファイ、主人に頭を下げて欲しくないのなら言動に気をつけることだ」

「…はい。失礼な態度をとりました。申し訳ございません」

 ルイースに続きファイからも頭を下げられる。今度の謝罪には心が込められていた。こうなっては許さざるを得ない。

「もういいですよ。私も失礼な態度取りましたからお互い様です。ルイも、頭を上げて」

 顔を上げたルイースは苦笑を浮かべ、ファイは気まずそうに視線を逸らしたままである。

「ファイ、もう良い。戻れ」

「はい」

 胸に手を当て、丁寧な礼をした後ファイは静かにテントのある場所へと戻って行った。

「スズ、本当にすまなかった」

「もういいよ。気にしないで!私の同行が突然だったのが原因だろうし、ルイにそんなに謝られるとこっちまで申し訳なくなるよ」

「スズの同行は、私も望んだものだ」

 ルイースの真剣な言葉に目を瞬かせた後、笑みが溢れる。

「そうなんだ、ありがとう」

「いや、ーーここで何をしていたんだ?」

 僅かな間を開けた後、ルイースが話題を変える。

「星を見てたの」

「星を?」

「うん、とても綺麗だよね」

 空を見上げて、うっとりと答える。この周囲は焚き火から離れているため深い闇に包まれているが空は明るく美しい。ルイースも続けて見上げた後、首を傾げる。

「確かに美しいが、星空なんてどこでも一緒だろう」

「そうかもしれないね」

 星の集まる場所、天の川と呼ばれていたそれはこの世界にもあった。だが、あれは似ていても、きっと同じものではない。

「でもね、私はこんな綺麗な星空を見るのは初めてなんだよ」

「夜は、あまり外を出歩かないだろうからね」

「ううん、出てたよ。仕事とか付き合いとかで、深夜に帰ることとか普通にあったし」

「それは、不用心なんじゃないか?女性が夜に出歩くのは危ない」

 眉を寄せるルイースに小さく笑った。

「笑い事ではない。現に君は誘拐されてただろう」

「分かってるよ。ここは故郷ではないからね。ーー私の故郷は、夜も明かりを灯し続けるのは当たり前で、街中になると昼間のように明るいんだよ」

「…それは、すごいな」

「でしょう?でね、私の住んでいた国は、夜も独り歩きできるくらい犯罪が少ない安全な場所なんだよ。絶対ではないから、両親も心配してくれてたんだけどね」

 今頃、地球にいる両親に鈴音が行方不明だということが知らされているだろう。きっと心配している。兄弟たちだって気が気じゃないだろう。家族が血眼になって自分を探している様子が簡単に想像できて、申し訳なく思う。

「地上が明るいと、星が減ってしまう。地上の光に負けてしまうんだね」

 一度だけ満天の星空というものを見たことがある。十歳の時、両親と三人で行った山で、たくさんの星を見た。星空を見に行くためだけの夜のお出掛けは鈴音にとって大切な思い出の一つだ。きらめく星に感動したことを覚えているが、今見ている星空の方が何倍も美しい。それが寂しさを誘う。

「ご両親は、元気なのか?」

「元気だと思うよ。今頃、親不孝な娘に怒ってるかもしれないけど」

 おどけて言うが、ルイースは誤魔化されてくれなかった。

「親不孝だと言うのなら、戻らないのか?」

「…そうだねー、この世界(ここ)からはあまりにも遠いからなぁ」

 星々に目を凝らす。もしかしたら、あのどれかに故郷の星があるかもしれない。でも、あったとして帰れる方法は?この世界にロケットなんてありそうもない。来たのだから、戻る方法もあるはずだと思うのだが、今の鈴音には皆目見当もつかない。

「帰りたいけど…取り合えずは、帰る方法が見つかるまでカーザラントにいるよ」

 彼の傍にいたいと思う反面、帰る方法があるのなら鈴音は帰りたいと思う。家族が恋しい、地球に戻りたい。鈴音の本音はきっとここにある。

「そうか」

「うん…」

 二人の間に沈黙が落ちる。その静けさが鈴音の寂しさを表しているようであった。


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