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彼女は異世界で王様でした  作者: オランジェ
第二章 初めての友達
13/30

6

 「口を布で縛って、布、綺麗に洗った小石、砕いた炭、洗った砂、布の順で敷き詰めていくの。特に炭は水を綺麗にするのに重要な役割を持つから隙間なく敷き詰めてね」

 半透明のガラス瓶の中は五つの層ができている。それを二人に見せるが、この時点では、まだ反応は薄い。

「本当にこんなんで水が綺麗になるのか?」

「綺麗になるよー。ちょっと時間かかるけど」

「時間かかるのかよ!」

 不満そうなカールを宥めて、叩き割った瓶の底から濁った水を注ぐ。細かい砂や埃が混ざっていて、死ぬほど喉が乾いていない限りは口をつけたくない代物である。水受けのために作った隙間に水が溜まると、注ぐのを止めて暫く待つ。やがで、底から水がポタリ、ポタリと滴ってそれをコップが受け止めていた。

「おっそ!しかも、あんまり綺麗じゃない。失敗なんじゃないか?」

「まだ、一度目だから、そんな綺麗にならないよ」

「一度目?」

「水を通すのは、四、五回はしなくちゃ」

「はぁ!?どんだけ、時間かかるんだよ」

 カールは、顔を顰めて言った。待つのが苦手なのだろう。それに比べて、ジャスはとても興味深そうに瓶の中を覗き込んでいた。

「カール、この発明はあまり馬鹿にできないぞ」

「なんでだよ。水なんて井戸水汲めばすぐ飲めるじゃねぇか」

「今はね。でも、いつまでも、そうとは限らないよ。戦争とか起きて街に住めなくなったら、簡単には水が手に入らなくなる。学校の授業でも、戦争のときに人々が困ったのは綺麗な水が手に入らなかったことだって言っていただろう」

 やはりジャスは、なかなかの秀才らしい。鈴音は、うんうんと頭を縦に振り二人に話を続けた。

「カールの言う通り。戦争だけじゃなくて、災害が起きた時や干ばつの時にも役に立つよ。生き物は一週間、何も食べなくても水と塩さえあれば生きていけるらしいし」

 カールが悲愴な表情を浮かべ、ジャスも心做しか顔を引き攣らせていた。食べ盛りの子供達には一週間もご飯が食べられないことは、かなり難易度が高いと見える。かく言う鈴音も自分で言いながら一週間も食事しないというのは耐えられそうもない。「同じ気持ちだよ」と鈴音は内心で同意しながら苦笑した。

「極端な話は置いといて、生き物にとって水はとても重要。あと塩もね!そんな生きるために大切な水がどうして飲めるかと言うと、この大地が綺麗にしてくれているからなんだよ」

 ぽんぽんと労わるように硬い土の地面を叩く。

「大地が、綺麗にしている?」

 ジャスが繰り返した言葉に頷く。

「この濾過器は、この大地の仕組みを簡易的にしたもの。この下にもね、この瓶の中みたいな層が幾重にも重なっている。細かい砂の層、ごろごろとした砂利の層、年度層とかといったように大きさと種類が違う土が重なっていて、染み込んできた水を何十年、何百年、もしかすると何千年もかけて水を綺麗にしてくれる。そして、綺麗になった水は地下水や山の湧き水として地上へと流れ出る。ーーそれを知っていると、この瓶に何度も水を通す手間くらいなんてことないでしょ」

二人は惚けた顔で鈴音を見ていた。内容が壮大過ぎたかと反省するが、次の二人の反応に話したことは間違っていなかったのだと知る。

「すっげぇ!!!大地、すげぇ!なぁ、ジャス!」

「う、うん。ちょっと感動した」

 ちょっとと言いながら、頬は興奮のために赤らんでいる。ここまで、反応してくれる二人こそ良い生徒だなと思い微笑ましくなった。

「よし、どんどん水通すぞ!」

「あ、ちょっと、そんなに入れたら…ああ、ほら溢れたじゃないか」

気合が入ったカールにジャスが落ち着くように叱り、二人で協力して水を濾過していく。それを温かい気持ちで見守っていると名前を呼ばれた気がして振り返る。

「あ、ルイ、スィオンおかえりなさい」

 振り返った先には、ルイースとスィオンの姿があった。

「ただいま」

 立ち上がり近寄ると彼が笑みを見せてくれる。

(ルイース様は、今日も麗しい)

 綺麗な笑顔にしばし見惚れていると苦笑を返された。

「あの二人は近所の悪ガキじゃないか」

 スィオンが鈴音の背後に目をやり、離れたところで濾過器に夢中になっているジャスとカールを指して言った。

「理知的な子供がジャス、わんぱく坊主の方がカールだよ。仲良くなったの」

「へぇ…肉屋のおっさんも手を焼く悪ガキをよく手懐けたな」

「手懐けるって…違うよ、私が遊んでもらってんの」

「…遊んでやってる、ではなく?」

「そう、遊んで貰ってるの」

 真面目な顔をして頷く鈴音に、ルイースがくすくすと笑う。

「それで、今は実験中なのかい?」

「あ、もしかして、さっきの聞いてた?」

「盗み聞きしてたわけじゃないよ。聞こえてきた話がなかなか興味深くて、つい聞き入ってしまった」

「うわぁ、恥ずかしい…」

 子供相手だからと偉そうに語ってしまった。それを知り合いに聞かれるのは、随分と居た堪れない。

「恥ずかしがることじゃないよ。興味深かったと言っただろう。大地の層が水を綺麗にしてくれている、か。スズは、物知りで教えるのが上手だけど教師だったのかい?」

「と、とんでもない!そんな立派なものじゃないよ…私、普通の『販売員』だったし」

「え?」

「ともかく、私は教師ではないよ」

「そうか、それは勿体ないね」

「勿体ないって…文字もほとんど読めないのに」

 簡単な単語ならば前世の記憶のおかげで読むことができた。しかし、ややこしい文字や逆に簡易的になりすぎた単語は読解不可能である。文字に対して千年前の記憶がほとんど役に立たないと知ったのは、この街を散策してからだった。

「文字が読めないって本当かい?」

 肩を落としていると驚きを表すルイースに確認された。

「う、うん。そんな驚く、ことかな?」

「言葉を綺麗に使っているものだから、読み書きもできるんだろうって勝手に思っていた…そうか、スズは異国人だったね」

「教師になる前に、私が勉強しないと」

 気まずさを払拭するために、冗談を口にする。

「それなら、カーザラントに着くまでは私が教えるよ」

「え?」

「は!?」

 鈴音はキョトンとし、スィオンは裏返った声を上げる。

「い、いや、それは…ルイース様、文字を教えるくらいなら俺がするんで」

「別に私でもいいじゃないか。友と勉強なんて、楽しそうだ」

「…」

 にこやかに言うルイースにスィオンは言葉を詰まらせた。

「まぁ、私にとってはありがたい話だけど。…あれ、私も一緒に行っていいの?」

「そのことね。スィオンから一緒に行きたいと聞いたよ。君からそう提案されて私は嬉しいよ」

 鈴音は、ぱっと顔色を明るくさせた。

「よかったぁー!これで、一人旅で死ななくて済む」

「…喜ぶのそこなんだ」

「も、もちろん、ルイと一緒に行けることも嬉しいからね」

 ついでのように足されてルイースは苦笑するしかなかった。

「それで、出発なんだけど、半月後を予定している」

「半月後…」

 予定を聞いて少しだけ鈴音の様子が変わる。

「スズ?」

 後ろをちらりと振り返るのを見てルイースがなるほどと頷いた。鈴音が、子供たちとの別れに寂しさを感じていると気付いたのだ。

「おお!スズ、スズ!!」

 カールが歓声を上げたあと鈴音を呼ぶ。

「水が綺麗になったよ!」

 ジャスも嬉しそうに知らせてくれる。鈴音は体を反転させると真っ直ぐ二人の元へと戻る。

「彼女は、なかなか面白いね」

「ルイース様?」

「友人と言ってくれたことが嬉しくて浮かれてしまったけどーーもしかして、私はとても良い拾い物したかもしれないな」

 スィオンは、ルイースの言い方に眉を寄せた。その言葉は友に向けるに相応しくないと感じたからだ。

「ルイース様、スズは本気で…」

「そうかもしれないね。だが、スィオン、私は王なんだよ」

 ルイースが横目で視線を向けてきて、うっすらと笑う。同じ男でも胸を震わせる程の美しさにゾクリとした不穏なものを感じた。ルイースの言葉は、すべてを拒絶しているようであった。

 ルイースは、目を伏せてしまった臣下を無感動に見たあと、はしゃぐ子供の相手をする鈴音へと視線を戻した。




 ジャスとカールの言う通り、濾過器に何度も通した水は綺麗に澄んでいた。

「おぉ、本当に綺麗になったね」

「自分で教えといて、自信なかったの?」

「いやぁ、前に作ったのは小学校…えーと、子供の頃以来だったから。記憶が正しかったみたいで良かった」

 ジャスが呆れた表情で見上げてきた。それに愛想笑いを返す。

「ねぇ、あの人達ってカーザラントの貴族とその()()()だろう」

 カールが去って行くルイースたちの背中を見ながら言う。

「しもべって…スィオンは、騎士らしいよ」

「そうなの?なんか見えない。適当っぽいし」

 鈴音は失笑し「確かに」と同意しておいた。

(ぼく)、あの貴族の人怖い」

「貴族って、ルイのことだよね?顔が綺麗すぎるから近付きづらいかな」

「…それも、あるけど」

 ジャスが難しそうな問題を解く時のように眉間をギュッさせる。

「なんか、僕達とは違うっていうか…ええと、僕が普通の人間だとすると、あの人は違うっていうか…」

「ああ、俺分かる!なんか得体がしれない感じだよな。俺達は人間だけど、あの人は神様とかそういう感じ」

 何度も頷くカール。鈴音は、二人の前に屈み込むと目を伏せた。

「二人にはそう感じるんだね…でも、ルイは私達と変わらないよ。違うとすれば立場かもしれない」

「僕達は平民で、むこうは貴族ってことでしょう」

「うん、でも、それだけじゃなくて…」

 なんと説明すべきか分からなくて鈴音は口を閉ざす。二人は、続きを待っている。



『やはり、陛下は我らとは違う』

『ああ、お強い方だ』

 確かに他の人間と比べると己は強いのだろう。

『陛下に任せておけば、きっと大丈夫だ』

『間違いは起きない』

 そうだろうか?ならば、どうしてーー

『さすがでございます、陛下。やはり貴方は、他の者とは違う』

『素晴らしい方だ』

 この人間たちは、俺に何を求めているのか。


 暗い記憶が胸を刺す。あの人は人々の期待に少しずつ壊れていったのだと今ならば分かる。愛し方を知らなかった。大切にする方法も。目標を見失って、道に迷い、立ち止まることも出来ず。


 『なにを馬鹿なことを』

 自分は、どうも人と思われていないらしいと言ったら冷ややかな言葉を返された。

『君ほど、人間らしい人間はいない。欲深くて、我儘で、向こう見ずで人に無茶ぶりばかり。いつも我が道を突き進む』

 淡々と言われ、いつもの小言かと内心うんざりした。

『貴方は、うんざりするほど人なんですよ。私と同じ人間なんです』

 久しぶりに聞く柔らかな声に驚き、視線をあげる。

『ーー、貴方は人です。そもそも、人でなければ王になろうとは思わない。人の王は人にしかなれない。それとも君は、たかが王の分際で神にでもなったおつもりか?』

 思わず笑ってしまった。こんなに愉快な気持ちになったのはいつぶりか。やはりーー



 愛されていたのに、大切に想ってくれていたのに、あの人は彼から何も学ぶことは出来なかった。唯一無二だと告げながら、結局、距離を置いていたのはあの人の方。

 鈴音は、弱々しい笑みを浮かべた。

「ねぇ、王様もお貴族様も、平民も…奴隷だってみんな人なんだよ。だから、ジャスとカールから距離を取ろうとしないで」

「「…」」

「お願い」

 二人は念を押されて頷くしかない。鈴音は笑っているのに、泣きそうに見えたのも理由の一つだ。

「分かった」

「スズにとって、大切な人だったんだな。ごめん」

 カールの言葉に虚をつかれた。鈴音は、目を瞬かせた後、眉尻を下げて笑う。

「うん、そう。大切な友人なんだ」

「スズの友達なら、俺らにとっても大切な友達になるな!」

「それ極端」

「別にいいだろう!?」

 二人のやり取りに声を出して笑い「ありがとう」と言う。

「…もしかして、スズもカーザラントに行ってしまうの?」

「行くよ。友達を一人にしておけないから」

 カールは言葉を詰まらせ、ジャスは俯く。

「カール、ジャス。離れていても仲良くしてくれる?」

「っ、当たり前だろう!スズは、もう俺らの仲間なんだから」

「そうだよ。ていうか、仲良くして欲しかったら手紙書いてよね」

(可愛いなぁ、もう!)

 弟はいないが、いたらこんな感じだろうかと嬉しくなり、思わず二人の頭をくしゃくしゃに撫でた。

「ちょっ、なにすんだよ!子供扱いすんな!」

「いや、子供でしょ」

「髪が乱れた」

「…ごめん」

 一気に可愛げのなくなった二人に手を引っ込める。

「そうだ、記念に俺達の組織名を考えようぜ」

「組織名?」

「ほら、ギルドとかでも名前を付けているだろう。あんな感じにさ」

「なるほど。カールにしては気の利いたこと思い付くね」

「俺にしてはってどういう意味だよ、ジャス」

 ジャスに噛み付くカール。鈴音は、仲の良い二人を見て考える。それから、すぐにある名前を思い付いた。

「ライト兄弟ってのは、どう?」

「ライト兄弟?」

「誰それ」

「私の生まれた場所で有名な発明家。兄弟揃って偉大な発明をしたんだよ」

「ふーん、発明家の兄弟か。僕は悪くないと思う」

「そうだな。響きもいいし、兄弟ってのも悪くない!俺が一番上の兄な」

 カールの宣言にジャスが顔を顰めた。

「なんで、君が上になるんだ?落ち着きがないのに。嫌だよ」

「年齢的に言うと私が、一番上なんだけどね」

「スズは、最後に仲間に入ったから妹だ!」

「それでいくと、僕達は同時だから上とか下とかないと思うけど」

「じゃあ、双子だな!」

 なんて単純な。鈴音は呆れ混じりの苦笑をした。

「分かった。それでは、お兄様方、妹からの手紙にはきちんと返事をくださいね」

「お、俺、字を書くの苦手なんだよな…」

「だから、勉強ができないんだろう。学校でも寝てるか落書きしてるかだしね」

「うるせーぞ、ジャス!」

「じゃあ、カール兄さんは、きちんと字を書けるようになって勉強に励むこと。勉強が苦手な兄なんて妹として恥ずかしい」

 鈴音自身も文字の勉強を頑張ろうと心に決める。

「うぅ…分かったよ」

 ぷっとジャスと共に吹き出し、弾けるように笑う。拗ねていたカールも、すぐにつられて笑い出す。楽しくて賑やかな笑い声が周囲を満たした。

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