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リシュワとレオネは砦のなかへ通された。
中庭はほうぼうに松明が掲げられていて明るい。昨晩の倍も明るかった。
リシュワが逃げ出したことで、警備体制が見直されたようだった。
ダクツはリシュワたちを中央の建物へ導いた。
樫の分厚い扉を開くと広間となっている。
広間には大小のテーブルが並べられて、食堂と化していた。
石を積んだ柱のそこかしこに燭台が置かれ、なかは明るい。
食べ物と酒の匂いが充満している。物資は豊富なようだった。
この食堂にいるのは三十人くらいか。
大まかに人間とコドンにまとまっているが、両者がひとつの部屋で和んでいるのは間違いない。
楽器を鳴らしているものもいた。
人混みを縫うようにして、ダクツは中央の階段を登っていった。
リシュワたちは好奇の視線に晒されたが、話しかけてくるものはいなかった。
テーブルの上は食べ物が載って雑然としていたが、床にも、部屋の隅にもゴミは落ちていない。
かなり清潔な状態だった。
リシュワは階段を上り終わると、ダクツの背中へ聞いた。
「掃除が行き届いているな。とても砦のなかとは思えない」
ダクツは首だけ振り返った。
「気をつけてるのさ。かなりな。ここは人類とコドンの寄せ集め所帯だ。みんななにか腹に含むものはある。それを飲み込んでお互いつきあっている。なにか機会があればそれが吹き出すかもしれない。たとえば住居が不潔で不満だったりしたらな。住処の荒れは心を荒ませる。掃除と食い物には気をつけてるのさ」
ダクツはひとつの部屋へ入るよう言った。
その部屋は簡素な作りで、壁の一画に大きな地図がかかっていた。
広いテーブルと、大きめの椅子が数脚あった。
椅子は新しいもので、コドンもゆったり座れるサイズだった。
壁に燭台が灯されていた。やや暗いが、新鬼人やコドンには不自由ない明るさがあった。
ダクツは言った。
「荷物をおろして、腰かけて待っててくれ。ここのリーダーを呼んでくる」
リシュワは背嚢をおろした。
「あんたがリーダーじゃないのか?」
「俺は副官だな。テーブルの上にはジュースが残っている。飲んで待っててくれ」
ダクツは出ていった。
リシュワとレオネは一息ついて椅子に座った。
「ジュースだって!」
レオネがテーブルの上のピッチャーを取り、カップへ中身を注いだ。白い液体だった。
レオネは少し匂いを嗅いで、口をつける。
「甘い! ぶどうジュース! こんなの何年ぶり?」
「何年ぶりってほどじゃないだろう。一年はご無沙汰だったけど」
リシュワもカップへ注いで飲んだ。
甘く芳醇なフルーツの味がする。
戦いと警戒の一年では味わえなかった、懐かしい味がした。共和国では似たようなものをよく飲んでいた。
味覚が刺激されて食欲が湧いた。リシュワは背嚢から食べ物をとりだした。
「きっと話は長くなる。少しつまんでおこう」
「うん」
ふたりでチーズと干し肉をかじっているとドアが開いた。
リシュワたちはドアを正面に見る位置に座っていたので、ダクツが入ってきたのがわかった。
続いて赤い髪をした漆黒の肌のコドン。
女だった。ローブを着込んでいるところからして産獣師だろうか。
ドアは鎧を着た人間が通り抜けられるよう幅の広いものだったが、それでも窮屈そうだった。
大柄で身長は二メートルを超える。
その後ろから新鬼人が入ってきた。
もうすでに会ったことがある。
長い金髪で四肢がすべて寄生肢の男だった。金髪の男はドアを閉めた。
これで全員らしい。
リシュワの左、椅子一脚ぶんをあけてダクツが座った。
「彼女はゲデ・スオーン。この砦のリーダーだ。金髪はナッシュ。俺の相棒だな」
ダクツの左、リシュワの正面にゲデ・スオーンが腰を下ろす。その隣にはナッシュが席についた。
ナッシュは金髪をかきあげて、歯を見せて笑った。
「ここにいる新鬼人はぼくとダクツだけなんだ。きみたちが暴れると二対二で厳しい戦いになるね」
リシュワは口元だけ微笑み返した。
「リシュワだ。こっちは妹のレオネ。本当に血の繋がった姉妹だ」
レオネが軽く手をあげて挨拶する。
ナッシュは眉を寄せた。
「本当に子供だな。こんな子供の身体をいじるなんて、なんてやつだ」
リシュワが言った。
「見殺しにされるよりはよかったかもしれない。いまも生きていられるんだからな。最初の混乱時には、ほかにも子供が施術されたんだが、みな身体が溶けて死んでしまった」
「ま、いろいろ地獄だったよな、コドン侵攻時は」
ダクツがそのまま続ける。
「だが、こちらの世界に転移してきたとき、コドンの子供もほとんど死んでしまったそうだ」
リシュワは聞いた。
「この世界に転移してきた? どういう意味だ?」