6-4
フリックの目が大きくなった。
フィスマは横に側転する。
「その手は食わないぜ!」
言いながらシンフォネフシーに斬りつける。
リシュワも跳躍して斬りつける。傷はつくが浅い。
シンフォネフシーが鋭い爪で薙ぎ払ってきたのをふたりで避ける。
ラーヴ・ソルガーの顔に、レオネの矢が突き立った。怯ませることもできずに、矢は振り払われた。
フリックの目がぎょろぎょろ動く。
フィスマは次々と足場を変えながら切りつけていた。
フィスマの移動した横からリシュワが剣を振るう形となったが、フィスマが言った。
「あれが見えてないなら退いてたほうがいいと思おうぜ、リシュワ。捕まえられたら厄介だ」
さきほどリシュワとレオネを捕らえた見えない力のことを言っているらしかった。
たしかにリシュワには見えない。だが退く気はなかった。
「手数は多いほうがいいだろう!」
「たしかにな。それにもうすぐ勝負もつくか」
そのときシンフォネフシーの頭上にウェルネッタが出現した。
光の槍を構えて一気に落下し、シンフォネフシーの身体を貫き通す。
「ほぉぉぉー……」
ラーヴ・ソルガーの顔が感心したような声をだす。
シンフォネフシーは光の槍に串刺しとなって動きを止めていた。
ウェルネッタがドラゴンの首へ足を回して絡みつく。
そのままウェルネッタはかがみ込み、手にしたナイフでフリックの顔をえぐりだそうとした。
フィスマも突進し、剣でラーヴ・ソルガーの頭部を狙う。
これでリシュワたちの勝利かと思われたが、それは早合点だった。
けっきょくシンフォネフシーは寸秒しか動きを止めなかった。
屈強な両腕を上へ持ちあげ、ウェルネッタの身体をつかむと、抵抗する間もなく引き裂いてしまう。
瞬時のことで、ウェルネッタは叫びもあげなかった。
バラバラになった身体と美しい首が床に落ちた。
血まみれになったフリックの顔がフィスマに向かって言った。
「おまえのしかけにはこれだ」
ドラゴンのあごが開いて、青色に発光するガスが吹きだした。
フィスマは飛び退こうとしたが、身体の下半分がガスを浴びた。
ガスの付着した部分が紅蓮の炎をあげる。
「うわ、うわぁぁぁーっ!」
フィスマが悲鳴をあげて転げ回る。その身体はあっというまに火だるまになった。
「おおお、こんな! こんなことがぁー!」
それが最後の言葉だった。
フィスマは燃え上がり、痙攣して動かなくなる。
「フィスマ!」
リシュワは祈るような気持ちで声をかけたが反応はない。
ウェルネッタもフィスマも、簡単に殺されてしまった。残るはリシュワとレオネのみ。
かなうわけがない。
本能が告げた。
「逃げろ、レオネ!」
姉の声でレオネは気を取り直した。逃げようとする。フリックの視線がそちらへ動く。
「ああ、だめ! また……」
レオネの動きは止まった。
「おのれ! おまえの相手はわたしだ!」
リシュワは剣で打ちかかる。
シンフォネフシーは避けようともしなかった。
刃は浅く食い込んで止まった。フリックが見つめてくる。
とたんに見えないなにかが絡みついてきて、リシュワも自由を奪われた。
フリックの腹のなかで、ラーヴ・ソルガーがニタニタ笑っていた。よだれが垂れる。
「レオネは再生能力に特化させたものだ。われが作ったのだからいちばんよく知っている。一気にいかんとな」
「あ」
レオネが小さい声を出した。
次の瞬間、みちりと肉の裂ける音が聞こえ、背骨の折れる鈍い音が続いた。
「やめろ!」
リシュワが声をだしたときにはすでに遅かった。
レオネは身体を上下に分解され、絶命していた。上半身と下半身が別々の場所に落ちる。
「レオネぇーっ!」
姉の声にも反応しない。
レオネのうつろな瞳は中空を見あげ、開いた口から大量の血が流れでた。
ラーヴ・ソルガーが言った。
「どれもこれも修復が難しくなってしまったわ。楽なのをひとつ残すとするか」
リシュワは怒りに燃えあがった。
「貴様! 必ず殺す! うぉおおおおッ!」
全身に力をこめる。
筋肉が悲鳴をあげ、寄生肢は過剰な力を要求されて骨が折れた。
怒りに任せて、身体の限界を超えて力を振り絞った。
それでも戒めはびくともしない。身体は動きを封じられたままだった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
身体中が酸素を求めて息があがる。
フリックの顔が無表情に言った。
「できうるかぎりの努力はしたか。それでもどうにもならなかったな。それが神柱に対抗するということ。思い残すことなく去れ」
ラーヴ・ソルガーが続けた。
「では、一撃で死んでもらおう。傷は少なくな……」
シンフォネフシーは右腕をあげた。
鋭い爪のついた太い人指し指をまっすぐ伸ばす。そしてぐいと突いた。
爪は分厚いコドン式の鎧をあっさりと貫き、リシュワの心臓を串刺しにした。
「うっ!」
数鼓動を打つあいだ、リシュワはたしかに苦痛を感じた。
胸が引き裂かれる感触があった。
だが、その痛みに耐えようとしたとき、意識は暗黒に飲まれていった。
リシュワは絶命した。
なにが起こったのか、ふたたび視界が開けたとき、自分の身体を見下ろしていた。
シンフォネフシーの爪に胸を貫かれてぐったりとしていた。
爪が引き抜かれると同時に、どっと倒れこむ。
あたりに光はないはずだったが、すべてのものが薄い燐光に包まれていて、細部までよく見えた。
意識があるなら、シンフォネフシーに襲いかかれないかと考えたが、視界があるだけで身体はない。
声も出なかった。
レオネも同じ状態ではないかと、視線を向けてみるが、なにもなかった。遺体があるばかりだった。
リシュワはことの成り行きを見守るしかできなかった。
目を閉ざすこともできない。そこに自由はなかった。
シンフォネフシーは満足そうだった。
フリックの腹のなかでラーヴ・ソルガーが言う。
「損傷の少ない者から始めよう。まず頭を開けて服従の刻印をほどこし、身体を蘇生する」
シンフォネフシーの身体からフリックの腕がぬっと出てきた。
五指の爪が刃物のように鋭い。攻撃用の腕とは違って、繊細な作業をするための腕だと思われる。
フリックは爪をこすり合わせて不快な摩擦音をたてた。
シンフォネフシーは身体をかがめ、フリックの手がリシュワの頭に伸びる。
そのとき、空間を震わせて、鐘の音が響いた。二度、三度。
シンフォネフシーは動きを止め、周囲の様子を窺った。
フリックとラーヴ・ソルガーが声を合わせる。
「そんなこととは……!」
靄のなかから抜け出るように、ゆらりとノゼマの小柄な身体が現れた。
「みなの犠牲のおかげで、結界を作る時間が稼げた。シンフォネフシーくんとやら、この場で戦うかぎり、わたしのほうが数等有利であるぞ」
ラーヴ・ソルガーが顔を歪めた。
「神柱ノゼマか。どこにいるかと思っておったわ。われわれが無抵抗で終わるとは思わんことだな」
フリックが言った。
「われわれは自分の戦利品をあらためようというだけ。手出しは無用だ、ノゼマどの」
「その戦利品とやらは、わたしの配下なのだよ」
ラーヴ・ソルガーは歯をむきだした。
「リシュワとレオネは違う。もともとわれのものだった!」
「ならん」
ノゼマとシンフォネフシー、ふたりの神柱のあいだで空間が濃密に緊張した。




