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シンフォネフシー

 宿はたしかに悪くないものだった。

 部屋の内装は立派だったし、ベッドも清潔だった。

 自分たちの旅に汚れた身体で横たわるのが申し訳ないほどだった。


 こんな厚遇が約束されるなら、このお使いも楽しみなものになる。

 リシュワたちは宿でオブスレット公の書簡を受け取り、すっかり疲れの取れた身体で帰路へついた。

 一日歩き、シャットンの村に到着すると、そこでも例によって歓待を受ける。

 人々にこのような好意を寄せられることは喜ばしいことだった。

 身体の半分を失ったリシュワも、体中に醜い肉管が走るレオネも、

 ラーヴ・ソルガーと決別し、ジェントル・オーダーに加わってから、まったく充実していた。


 たとえ幾ばくかの危険が伴うとしても、この生活は続けるに値する。

 ジェントル・オーダーの構成員として、組織に愛着もわいてくる。

 リシュワもレオネも、新たな誇らしい気分で砦へ帰りついた。


 そしてすぐ異変に気づく。


 砦はどこか常とは違う雰囲気に包まれていた。

 門衛もいない。

 いつもの夕暮れ時の喧騒とは異なる騒ぎが持ち上がっているようだった。

 馬が嘶き、騎乗者が慌ただしく門を出ていく。何人も。

 リシュワたちが着いてすぐ、厩は空になってしまった。

 砦の中庭では鎧と得物で武装した人間たちが走り回り、

 そうかと思えばやはり武装したコドンの一隊が小走りで出ていく。

 まるで戦闘態勢にあるかのような異常さだった。


 騒ぎのなかを見回すと、ダクツの姿を見つけられた。

 腕を振り回し、ナッシュとともに兵たちへ指示をしているようだった。

 リシュワとレオネは走っていき、ダクツへオブスレット公の書簡を差し出しながら聞いた。

「ダクツ、この騒ぎはいったいなんだ?」

 ダクツは書簡を受け取りながら、渋い顔で言った。

「ああ、えらいことになったよ」

 それから振り返って兵たちに指図する。

「コドン隊ブルーは東南へ向かえ! 騎士隊は居残りだ。砦を空にするわけにはいかん!」

 ナッシュが装甲に包まれた腕を掲げて声を張りあげた。

「コドン隊イエローはぼくとともに北西へ向かう! 相手は攻撃法に長けた魔道士だ、油断するな!」

 ナッシュの隊は門へ向かいはじめた。


 ダクツがリシュワたちへ向き直る。

「旅から戻ったばかりで悪いが、ゆっくりさせている暇はない。ゲデ・スオーンが殺された」

 リシュワの隣でレオネが息を呑んだ。ダクツは続ける。

「侵入者の痕跡はない。ゲデ・スオーンの身体は焼き切られていた。魔道士の鑑定によって魔力による傷だと判明した。そしていつも一緒にいたはずのフリックが姿を消した。われわれはなんらかの理由によって、フリックがゲデ・スオーンを殺害して逃亡したと結論付けた。そうわかったのがついいましがただ。こうして俺たちはフリックを追うための捜索隊を指揮しているわけだ」

 リシュワは眉根を寄せて口を開いた。

「フリックがゲデ・スオーンを? 仲がいいように見えたが、いったいどうして?」

 ダクツも首をひねる。

「そりゃあフリックを見つけなきゃわからんだろうよ。俺たちはフリックが殺したとみているが、そうでなかったとしても、フリックは重要な事情を知っているはずだからな」


 リシュワの身内を冷たい恐怖が流れた。

 ゲデ・スオーンはジェントル・オーダーのリーダーであるばかりでなく、

 リシュワとレオネの身体を診てくれる産獣師でもあった。

 リシュワの寄生脚はもうすぐ寿命だという話だったし、

 レオネは身体の器官を交換しないとあと半年の命だともいわれていた。

 リシュワとレオネにとって、ゲデ・スオーンは好ましい人物であったという以前に、命を預けていた生命線だった。それが失われた。


 だが、生命線を断たれたのはリシュワたちだけではなく、ダクツやナッシュも同じなのではないか。

 そう思って聞いてみた。

「ダクツ、あんたとナッシュもゲデ・スオーンに身体を診てもらっていたのか?」

 ダクツは苦々しい顔になった。

「ああ、そうだ。ゲデ・スオーンはエネルギッシュだったからな。自分で新鬼人全員のめんどうをみる気でいた。まったく痛手だよ、どこからどうみても」

 リシュワは訴えにも似た声をだした。

「レオネはほっておくとあと半年もたないと言われた。どうすればいい?」

「新しい産獣師を見つけるしかないだろう。ゲデ・スオーンほど優れた術師はいないかもしれない。だが、コドンシティーから誰かを引っ張ってくるしかない。満足いかないとしてもそれしか手はないからな」

「あんたがしばらくリーダーなんだろう。頼むぞ、命がかかっている」

 ダクツはため息をついた。

「わかってるさ。それよりまず、この騒ぎを治めないとな。ゲデ・スオーンはコドン兵たちにも慕われていた。コドンたちはみな怒り狂っている。フリックを見つけたところで、やつの命はもう無いも同然だし、見つけられなければオーダー崩壊の危機だ。善処はする。それしかいえない。おまえたちも捜索に加わってくれ」

「なにかあてはないのか?」

「なんでこんなことをしたかわからないんだからあてもない。ただ、ナッシュが推測した。フリックはいままで潰してきた王侯派産獣師の住居のどれかへ身を潜めるんじゃないかとな。それくらいしか頼る推測もない。俺たちはその線で動いている」

「わたしとレオネがいた工房へは誰か向けたか?」

「いや、たぶんまだだ」

「じゃあ、わたしたちが向かう」

「気をつけろ、フリックは強いぞ」

 リシュワは異形との戦いを思い出した。

 フリックの攻撃法による一撃で、大勢が変わったのだった。

 フリックが侮りがたい実力者だとうのは実際目にしている。

「承知の上だ。いくぞレオネ」

「うん」

 リシュワは旅装もそのまま、レオネを伴って混乱の砦をあとにした。

 また長い距離を行くことになる。

 その先には強敵との戦闘が待ち受けているかもしれない。

 体力を温存するため、リシュワたちは走らずに歩くことにした。 


 ふたり並んで昏い山道に足を運ぶ。

 新鬼人の視力であれば、月明かりがあればじゅうぶんだった。

 木々のベールも見通せたし、岩に躓くこともない。

 静かだった。

 ふたりの足音と梢のざわめき、虫の声くらいしか聞こえない。


 レオネのつぶやきのような声もよく聞こえた。

「ゲデ・スオーン、本当に死んじゃったの? いい人だったのに……」

「あれだけ大騒ぎなんだ。遺体を見るまでもないだろう」

「本当にフリックが殺したの? 仲良かったんでしょ?」

「状況からしてほかに考えられないからな。まさかとは思うんだが、神柱を求める研究で道を誤ったのかもしれない。あの異形のようにフリックの精神が壊れてしまった。そういう可能性だってある」

「フリックを見つけたらどうするの?」

「どうしたものかな……」


 状況は流動的で、判断を間違えれば死の危険さえある。

 じっさいどうしたものか。

 リシュワは迷った。

 考えながらしばらく黙って歩き、結論めいたものを口にする。

「発見が第一だ。フリックを見つけたら、砦へ連絡に戻ろう。わたしたちが手を下す必要はないんだ。考えてみればな」

「でも、あたし我慢できないかも。ゲデ・スオーンを殺したはっきりした証拠があったら……」

 リシュワは少し考えて口にした。

「やるなら奇襲か、速攻だ。覚えておけレオネ」

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