5-4
翌朝はローラに起こされた。
朝食を済ませたら会議が開かれるとのことだった。
睡眠時間は短くなってしまったが、新鬼人としての器官が、リシュワをさっぱりと覚醒させていた。
レオネとお互いを手伝って鎧を身につける。
「レオネ、先に下へ行って食事をはじめていてくれ。わたしはダクツにちょっと話がある」
身支度を整えると、リシュワはまっすぐダクツの部屋へ行った。
ドアをノックすると返事があったので開ける。
ダクツはまだ寝巻き姿で、ベッドの縁に腰かけていた。
「おいおい、不躾だな。まだ女に見せられるかっこうしてないぜ」
溶岩の右腕で頭をかく。
リシュワはその寄生腕が胸にまでつながっていることを知った。
新鬼人になる前は相当深い傷を負っていたことになる。
リシュワはドアの横の壁によりかかり、腕を組んだ。
「これは耳に入れておいたほうがいいと思ったんだが。ゲデ・スオーンとフリックは危険な実験をしている」
ダクツはまだ眠そうだった。
「危険とは? どういう意味だ?」
「産獣術と魔導を組み合わせる実験だ。それによって神柱へなろうとしているらしい」
「それがなぜ危険なんだ?」
「神柱への道を行き損なうと、例の異形へと変貌してしまうらしい」
「それは確実なことか?」
リシュワはいい淀んだ。
「いや……。ノゼマどのの言っていたことからの推測に過ぎない。しかし、この説が正しければ危険性は重大なものだろう」
ダクツは目をこすり、しばし俯いた。ややあって顔をあげる。
「ゲデ・スオーンはじめ、コドンの産獣師と人間の魔道士たちはずっとお互いの知識をすり合わせていた。その先にある究極が神柱なのだろう。だとしたら研究を邪魔することはできない。これは人類の次へのステップになるかもしれない。新鬼人のさらに先へ進むものだ。ことの大きさに比べれば危険性はやむを得ない。俺はゲデ・スオーンを支持するよ。話してくれたことはありがたい。忠告には感謝する」
「あいつらはラーヴ・ソルガーの生首を蘇らせたんだぞ。そんな奇怪なことを許すのか」
「奇怪か。産獣術も魔導も気味の悪いことばかりしている。それは承知の上だ。殺した仇敵を生き返されたりしたら、そりゃ気分が悪いだろう。しかしそれはちょっとした副産物でしかないんだろ」
「それは、そうかもしれないが……」
「やつらのやっていることにいちいち目くじらを立てるな。研究者なんてみんな不躾なもんだ。おまえはたまたまよくないタイミングでおかしなものを目にしたかもしれないが、それだけのことだ。神柱となれるのなら、大きな戦力となる。その研究成果が俺たちの身体にも反映されるだろう。けっきょく利益になる。止めることはできない」
理詰めでこられると、ダクツの言い分ももっともに聞こえた。リシュワは不承不承頷く。
「わかった……」
話はそれまでだった。
小さくはない落胆を覚えて、階下の食堂へ向かった。
食堂は二日酔いの者が多く、覇気がなかった。ヘズル・デンスでさえ少食だった。
フリックとゲデ・スオーンの姿はない。
気になって給仕に尋ねてみたところ、工房まで食事を運ばせているという。
ダクツは食事が終わるとすぐ会議を開いた。
ゲデ・スオーンも顔を出した。終始時間が惜しいといった様子で苛立っているように見えた。
会議は昨日の敵対産獣師に対する戦いの事後点検と、
リシュワたちがノゼマと出会った事件の顛末を確認することだった。
ゲデ・スオーンの勢いに押されて、ダクツは会議を素早く、簡潔に進めていった。
装備、人員の補充についてブルムス卿とナッシュ、ダクツは話し合い、ゲデ・スオーンに承認を求める。
ゲデ・スオーンはめんどくさそうにすべてについて了解していった。
最後に、リシュワとレオネへ新しい仕事が与えられた。
新しいといっても途中で止まっていたことの続きだった。
ダクツは書簡を渡してきた。
「ここのところの事件を踏まえて内容を改めた。内容の重要度は増したが、やることは変わらない。ふたりでソルナルのオブスレット公にこの書簡を届けてくれ」
リシュワとレオネは三たび、同じ道を行くことになった。
留守のあいだにゲデ・スオーンとフリックがなにをするか気がかりだった。
だが、けっきょくリシュワたちはほぼ一兵卒で、向こうは首領だ。口出しできたものでもない。
かえって外の空気が吸える分、この任務についていたほうが気楽だったかもしれない。
「今度こそオブスレット公に会えるといいな」
リシュワは努めて明るく装って、レオネに笑いかけた。ラーヴ・ソルガーの首が蘇ったことは話していない。
「あたし、外見て歩くの好き」
レオネは屈託なく微笑み返してきた。
一騎当千の新鬼人がふたり。旅路に恐れるものはなかった。
街道は安全で滞りなく歩が進む。いつもどおり、シャットンの村で一泊した。
村長たちはおなじみになったリシュワとレオネを、例によって歓待してくれた。
ジェントル・オーダーの名もあがったといえよう。
異形による被害を調査するため、ソルナルから調査団が来ていた。
リシュワは指輪を見せ、名を名乗った。
オブスレット公のもとまで同行してもらおうと考えたのだった。
調査団の長は、リシュワの名を聞くとひどく驚いた。リシュワの名を知っていた。
事件の現場とはいえ、こんな機会に今回の英雄と出会えるとは、夢にも思っていなかったという。
あれこれと止むことなく質問をされてしまった。
リシュワは自分の判断がやぶ蛇だったかと思いながらも、話せることはすべて話した。
異形と遭遇し、追い払ったあとジェントル・オーダーに帰って討伐隊を組んだこと。
討伐が上首尾に終わったことと、そのあと死骸はある魔道士によって燃やされてしまったと話した。
異形が王侯派産獣師と組んだ魔道士の成れの果てであることなどは黙っていた。
この調査隊の長が、王侯派産獣師とその他のコドン産獣師の関係を把握しているのか不明だったからだ。
このあたりの知識が曖昧な場合、いらない齟齬を招いてしまいかねない。
話し合いが終わったあと、調査団の長はオブスレット公のもとまで案内してくれると快諾してくれた。
物資を積んだ荷馬車に乗せてくれるという。
新鬼人の足でゆくより遅くなるが、これで旅は楽になった。
道中、リシュワとレオネは好奇の目にさらされた。
別の馬に乗った調査員からおずおずと話しかけられることも多かった。
その外見に反して、リシュワやレオネが極めて普通の世間話に応じるので、
調査員たちには期待外れだったようだ。
だんだんと道が大きくなり、通行者が増えていく。
泥道から石で舗装された道となっていった。
馬の蹄の音が規則正しく、快く響く。
途中、半分廃墟のような村を通りかかった。
だが、完全な廃墟ではなく、人々が生活し、家屋を立て直しているようだった。
リシュワは誰に聞くともなく疑問を口にした。
「まるで大きな戦争があったみたいだ。村を再建しているのか」
馬を並走させていた調査団の長が言う。
「まさにそのとおりだよ。二年前のコドン侵攻時のつめあとだ。ダメージはまだ修復しきれていない。ここがもっとも戦いの激しかった場所だ。ここはもうソルナルだからな」
夕暮れどきで、空は朱と藍色が混ざりあった色をしていた。遠くから鐘の音が響いてくる。
目をやれば、石積みの高い外壁が見えた。
人々の流れは外壁に作られた重厚な門へ向かっている。
リシュワたちは門の内側へ入っていった。
雑多な人々の行き交うなかへ飲みこまれる。ソルナルは活気に満ちていた。
リシュワもレオネも、こんな大勢の人間に囲まれたのは数年ぶりだった。新鬼人となってからは初めてだ。
人々はちらりちらりとリシュワたちを見てくるが、それ以上には関心を寄せようとはしなかった。
調査団の長は人の集まりのなかへ馬を突っこまないよう苦心しながら大きな声を張った。
「ようし、ここで解散だ! みな所定の報告をしたあと休息だ。朝までには戻れよ!」
それから付け加える。
「ついでだ。俺と荷馬車はこのままオブスレット公のもとへ向かう」
調査団の長は馬を進め、荷馬車もあとに従う。
ソルナルは大きな都市だった。
夕暮れだというのに、物資は溢れ、さまざまな色彩が混ざり合っている。
リシュワたちは市場を通りすぎ、まっすぐ丘の上の城へ向かっていった。
ひしめく雑踏はとおり過ぎたが、それでもまだ人が多い。
快くデザインされ、清潔に整備された街なかを進んでいく。
強固そうな石壁に包まれた古城が近づいてくる。
まっすぐそこへ向かうかと思いきや、一行は道をそれた。
しばらく進むと鉄柵で囲まれた大きな屋敷の前で止まった。
柵を透かして豪勢に整備された庭園が垣間見える。
鉄の門に門衛がふたり立っているところまできた。長は声をあげる。
「シャットンの調査を終えてきた。まずオブスレット公へご報告したい!」
門衛は思っていたより事情に通じているらしかった。
「そっちの者は? 新鬼人のようだが」
「ジェントル・オーダー所属の新鬼人たちだ。オブスレット公への書簡を携えてきたという」
左側の門衛がリシュワへ向き直った。左手の指で、右手を叩く仕草をする。
リシュワはすぐに察した。
レオネを伴って荷馬車を降りると、門衛に右手の指輪を差し出して見せる。
「いいだろう。お通しする。馬はここにつないでおくこと」
調査団の長は乗馬をつなぎ、荷馬車は帰らせた。
右側の門衛が先に立って進む。
リシュワたちは整然と整えられた庭園を通っていった。
庭園はよく手入れされ、芝生は夕日の色に染まり、生け垣には一面、赤いバラが花を咲かせていた。
新鬼人となって以降、このような美しい文明の証を目にするのは初めてだった。
産獣師の工房は雑然としていたし、ジェントル・オーダーの砦は整然としているものの、機能的過ぎた。
レオネは目を丸くしてあたりの色彩を瞳に詰めこめようとしているかのようだった。
リシュワは顔に出さないようにしながらも、その美しさに内心ため息をついていた。




