廃寺院での遭遇
異形は一直線に村から出ていった。
奥深い山林に消えていく。
残されたのは破壊された家屋と炎。
火の勢いはそれほど強いものではなく、村全体が焼けることはないだろう。
怪物が消えたとたんに、消火作業は始まっていた。
逃げ去っていく異形を目で追いながらリシュワは考えた。
追撃するか。それは論外だ。
リシュワとレオネのふたりだけではとどめを刺せる自信がなかった。
返り討ちにされてしまったら、この事件を伝えるものがいなくなってしまう。
そこへレオネが駆け寄ってくる。
「姉さん、どうするの」
リシュワは剣を収めた。
「砦へ戻ろう。追うのは危険だ。あの怪物のことを砦に伝えなければならない。書簡も重要なものではないというし、急いで帰るぞ」
ふと気づくと、十数人の村人に囲まれていた。
消火活動をしていると思っていたら、いつの間にかリシュワたちの周りに集まっていたのだった。
村人たちは口々に言った。
「あんた、名前は?」
「どこから来た?」
「すごい、すごいよ!」
「ありがとう、ありがとう!」
「名前だけでも教えてくれ!」
リシュワは人垣をかきわけながら言った。
「我々はジェントル・オーダーのリシュワとレオネだ。わたしたちはすぐ、怪物のことを仲間に伝える。あんたたちもソルナルから兵隊を呼べ」
もみくちゃにされているレオネの腕を引っ張りだした。
「走るぞレオネ。全力疾走だ」
「うん!」
身体がぶつかるのも構わず、リシュワは全速力で駆けだした。レオネもちゃんとついてくる。
ふたりの足は馬より速い。
強化された脚力の疾走についてこれるものはなく、リシュワとレオネはすぐに村から抜け出ることができた。
そのまま街道を走りながら言う。
「このまま走って帰るぞ、レオネ。一大事だ」
ふたりは走り続け、たまに足を止めて水と食べ物を詰めこむ以外は休まなかった。
シャットンの村を出たのは早朝だったので、真夜中前には砦へ帰りつくことができた。
門にはいつもの門衛がついていた。
リシュワたちは汗を垂らし、息を喘がせながら近づく。
門衛はむすっとした顔だったが、誰何することなくリシュワたちを通してくれた。
砦の明かりに包まれて、息を整える。
夜中だ。
ゲデ・スオーンの工房へ行くか、ダクツの部屋へ行くか。
しばし迷ったのち、ダクツの部屋へ行くことにした。
分厚い樫の扉をあけ、主棟に入る。
広間は暗かったが、まだ燭台が数本灯り、食事の後片付けをしている給仕が数人いた。
階段をあがっていくと、会議室からくぐもった声が聞こえる。
リシュワたちは予定を変更して会議室の扉を開けた。
夜中だというのに、そこには主要メンバーが揃っていた。ダクツもゲデ・スオーンもいる。
ダクツが驚いた様子で立ちあがった。
「リシュワ! やっぱり問題があったのか! シャットンか?」
「そうだ、村が巨大な怪物に襲われていた」
「俺たちもその知らせを聞いたが、ことの真偽について議論していたところだ。目撃者が来たんなら話が早い」
騎士と魔道士が立ちあがって席を譲ってくれた。
「きみたちはここに座りたまえ。疲労しているようだからな」
「ありがたい。走り詰めで帰ってきたんだ」
リシュワとレオネは背嚢をほっぽりだして椅子へ座った。
そして事件のあらましを語り始めた。
怪物の形状、爆発を引き起こす能力、戦った手応え、村の様子などを話し、さいごに付け加えた。
「怪物はわたしに触れたあと、人間の言葉を発した。女、女、人間、俺は人間、と」
ほぼ沈黙のなか、嘆息が漏れた。
顔の前で手を組みながらゲデ・スオーンが口を開いた。
「もとは人間、ということか。しかし新種の新鬼人だろうか。新鬼人にしては人間から形が隔たり過ぎているし、精神に変調をきたしているのも確かだ。腑に落ちん」
リシュワは言った。
「ここであなたにわからなければ、誰にもわからないだろう」
「じっさいにこの目で確かめるしかないか……」
ダクツが割って入ってきた。
「いや、それはまずい。俺は行くつもりだが、万一俺とあんたがが同時に死んだら、この部隊が瓦解してしまう。あんたには残ってもらわないと」
ゲデ・スオーンは顔を歪めた。
「されど、ここに籠もっておっては事態がつかめん。怪物の正体は見極めねばならんだろう」
「俺たちが怪物の巣まで行って、詳細を確かめてくる。退治できれば身体の一部を持ってくることもできる。それで手を打ってもらうしかない」
金髪のナッシュが装甲に包まれた寄生腕をあげた。
「リシュワ、きみの見立てでは、その怪物を討つのに何人くらい必要だと思う?」
リシュワは少し考えて答えた。
「並の戦士ではかなわないだろう。人数が多くなればそれだけ犠牲が増えるだけだ。ここにいる新鬼人だけで攻めたほうがいい」
ダクツは唸った。
「少数精鋭でいくか。となると人選は……」
リシュワの後ろに立っていた魔道士が言った。
「我々はひとつ、重要なこと聞き漏らしている。怪物の逃げ去った方角は?」
リシュワはすぐ答えた。
「西だ」
ダクツの横に座っていたコドン戦士が言う。
「シャットンの西というと、連絡の遅れている部隊があったな。今日は戻らなかった。明日戻ると思うか?」
ダクツが身を乗りだした。
「暗い推測が成り立つな。やはり産獣師絡みの事件とみたほうがいいらしい」
レオネの後ろに立っていた騎士が口を開く。
「ここで話していても埒があかん。行ってみるしかあるまい」
ダクツが答えた。
「そのとおりだ、ブルムス卿。ゲデ・スオーンには残ってもらう。不測の事態に備えてナッシュも残す。俺とリシュワ、レオネが向かう。魔道士とコドン戦士もひとりずつ欲しいが、人選はこの晩考えよう」
それからしばらく細かいことを相談し、その会議は終わった。
明日の早朝の会議には、リシュワとレオネも出席するよう求められた。
リシュワとレオネは疲れ果てた身体を引きずって自室へ戻り、泥のように眠った。
翌朝、会議室にはリシュワとレオネの分の椅子も用意され、大テーブルには八席できていた。
しかし、ほかに立っているふたりが、一種不穏な空気を漂わせていた。
ダクツは言った。
「これより不明の異形の探索及び討伐を開始する。出動するメンバーは俺、リシュワ、レオネ、それにヘズル・デンスとフリックだ」
リシュワは立っているコドン戦士と魔道士に目をやった。
「わたしは構わないが、そっちのふたりは納得しているのか。含むものがあるんじゃないか」
ヘズル・デンスの黒い瞳は沈黙し、フリックの目はぎらりと光った。
ダクツが口を開いた。
「おまえたちのあいだでわだかまりがあるのは知っている。だが、それを抜きにしてフリックはこの砦一の攻撃法の使い手だし、ヘズル・デンスも一線級の戦士だ。強敵にともに挑むことによってお互いを尊敬しあえるようになるかもしれない」
フリックが毅然として言った。
「俺は仕事を優先する。謎の異形の調査なんて願ったりの面白い仕事だ。怒りも忘れちまうね。少なくともいっときは」
ヘズル・デンスは腕組みしたまま、ぼそりと言った。
「命令には従う。それだけだ」
ダクツは立ちあがった。
「それでいい。それじゃ出発しよう。俺とフリック、リシュワとレオネは相乗りだ。馬の数が少ないんでな。行くぞ」
最後にゲデ・スオーンが重々しく口を開いた。
「無理をするでないぞ。もしかしたら異形はとんでもないものかもしれんのでな」




