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3-5

 一年間、世捨て人のように暮らしてきたが、世間では新しい時代が始まっているのだろう。

 そのあたりも、この旅で経験しておきたいことだった。


 ふたりの足取りは軽く、ときおり旅人や商人の荷馬車とすれ違うだけの、ゆったりした旅だった。

 新鬼人は体力があり、足も速い。

 リシュワたちは夜も遅くまで歩いてから休息に入った。


 街道から少し離れて火を焚いて腰を下ろす。

 周囲は静かだった。

 虫の声とふくろうの鳴き声、焚き火の爆ぜる音。それくらいしかしない。


 大きめのコインのようなコーンドジャーを火で炙りながら、リシュワは言った。

「この身体になってから旅をするのは初めてだったが、思いもしなかったほど楽なものだな。レオネの調子はどうだ」

 レオネはドライフルーツを噛みながら答えた。

「あたしもすごく楽。夜通し歩けると思う。まあ寝ろっていうなら寝るのも悪くないけど」

「この調子なら明日には村を通りすぎてソルナルにつくだろう。予定よりも早く帰れそうだ」

「帰ったら、あの女のコドンと戦うの?」

「そのつもりだ。といっても稽古さ。殺し合うわけじゃない」

「ヘズル・デンスを信用してるの?」


 リシュワはコーンドジャーをかじって咀嚼した。

 しばらく沈黙が流れる。

 ややあって口を開く。

「わからない。でも、なにかある。悪くないものが。あの巨人女は嫌いじゃない」

「そう思ってるのは姉さんだけかもしれないのに?」

「そうだな……」


 翌朝は暗いうちから歩き始めた。

 夕方にはソルナルに達するつもりだった。

 肩を並べて、まだだれも通らない街道を進むうちに薄明るくなってきた。

 それと同時に異変が起こる。

 早駆けの馬が行手から走ってきた。

 騎乗者は必死の形相をしていた。

 リシュワたちに一言叫んで、速度を落とさず走り去る。

「この先には行くな! もう終わりだ!」


 それから次々と馬が走ってきて、速度の遅い荷馬車も連なってきた。

 荷馬車はリシュワが近づいても速度を落とさない。

 しかたないのでリシュワは並走しながら聞いた。

「いったいなにが起きた!」

 御者は商人のようだった。

「悪いことはいわねえ、逃げろ! ばけものだ! とんでもねえやつだ! 逃げるしかねえ!」

 リシュワは走りながら食い下がった。

「わたしはジェントル・オーダーだ。詳しく教えてくれ!」

「騎士だってかなわねえよ、あんなの! 命が惜しけりゃ助けを呼びに戻れ!」

 埒があかないと思い、リシュワは追求をやめた。

 レオネのところへ戻る。

「なにかが起こってる。いってみるしかないだろう」


 リシュワとレオネは村へ向かって走り始めた。

 逃げてくる馬や馬車は多くなり、徒歩のものも混じりはじめた。

 みんな持てる限りの家財を背負って、必死の形相で逃げてくる。


 ドーン、ドーンという爆発音のようなものが聞こえ、遠くから悲鳴が響いてきた。

 もう村へ行って直接様子を見たほうが早い。

 リシュワとレオネは駆けた。


 木々の幹に囲まれた街道を曲がると、一気に展望が開けた。

 大きめのシャットンという村だったが、そこに異様な光景が広がっていた。


 異形がいる。


 家々の屋根よりはるかに高い位置に、肌色の塊が浮いていた。

 長い蜘蛛のような足が蠢き、その物体を空へ持ちあげている。

 膨れあがった胴体の背には、髪の生えた人間の首が生えていた。

 首は奇怪な悲鳴をあげてのたうっている。

 首がひときわ高く叫ぶと、地上へ向けて光線が発射された。

 太い光線は細く収斂していき、そして家が爆発した。

 炎が広がり、悲鳴があがる。

 村から脱出してくる人々であたりはパニックになっていた。


 リシュワは手で庇を作って観察したが、見ればみるほどよくわからない物体だった。

「あれは、いったいなんだ」

 レオネは肩から弓を外して矢の準備をしていた。

「とにかく化け物じゃん! どうするの?」


 コドンの侵攻以後、リシュワたちも異様なものを山ほど見てきたが、これはまた別種のもののように思えた。

 産獣の類とも違う。

 異形の空浮かぶ胴体にはどことなく人間の名残りがあった。

 色も肌色だったからそう思うのかもしれない。


 ぞっとする相手だが、放っておくわけにもいかない。リシュワは剣を引き抜いた。

「迷う時間も惜しい。いまのわたしたちはジェントル・オーダーだ。村人が逃げる時間稼ぎくらいはしてやらなければならない。しかけるぞレオネ」

「わかった!」 

「わたしは突っ込む。おまえは矢を放て!」


 リシュワはマントを翻して走りはじめた。

 強化された脚での疾走は馬より速い。

 逃げ惑う人々が邪魔なら、寄生脚の跳躍で頭の上を飛び越えた。


 怪物は尖った足先で家々の屋根に穴を開け、壁を蹴散らす。

 思い出したように光線を発して爆発を誘発していた。

 大きいが動きは素早くないようだった。


 村の中央を貫く道を走りながら近づいていく。

 怪物の胴体に矢が突きたった。

 レオネの放ったものだった。傷口から赤い血の流れが見える。

 矢が刺さるなら剣も通用するだろう。


 問題は脚にしか攻撃の手が届かないことだった。

 リシュワの伸びる寄生腕にしても、地上から直接胴を狙うには距離がありすぎた。


 怪物が光線を発し、離れたところで爆発した。

 もう悲鳴をあげるような人間は残っていないようだった。炎が家を舐めるばかり。


 リシュワは接近した。

 脚の一本が目の前の地面に降りる。ここを攻撃するしかない。


 リシュワは寄生脚の力で一気に肉薄し、剣で切り抜けた。

 怪物がなんともいえない叫びをあげる。

 リシュワは振り返って傷の具合を確認した。

 みごとにざっくり傷口が開いていた。

 そこでリシュワはぞっとするようなものを見た。

 長い蜘蛛のような脚の先端は、鋭い爪が生えていたものの、人間の足の形をしていたのだった。

 見上げれば、瘤だらけの胴体も男のものに近かった。

 この怪物は人間が変異したものと考えて間違いないようだった。

 産獣術によるものか、そうでないかは置いておくとして。


 怪物は首をめぐらし、光線を放った。

 リシュワに命中してしまう。熱湯をかけられたように熱かった。

 しかし、光線が収束するまで爆発は起こらない。

 余裕で逃れることができた。熱いだけだ。


 油断すれば命を落とす。

 しかし、コドン戦士の重く素早い一撃に比べれば、ずっと戦いやすいともいえた。

 リシュワは怪物の下を走りまわりながら、次々と斬りつけていった。

 傷は開くが、決定打にはほど遠い。脚を切り落とすのは難しそうだった。

 胴を攻めるにはどうすればいいか。

 空を背景にした胴体には、矢が二本、三本と突き刺さっている。

 効いてはいるが、やはり決定打とはなっていない。

 レオネがうまく頭を貫いてくれれば倒せるかもしれないが、そこまで運に頼るつもりはなかった。


 曲芸的な試みに挑んでみるしかなかった。

 リシュワは脚の一本を狙って、伸縮する寄生腕を伸ばした。がっちり掴む。

 脚の上部を掴み、引き倒すのではなく、自分の身体を持ち上げた。

 リシュワの身体は一気に上昇し、節くれだった脚の関節部にとりついた。


 胴体までもう少し!


 振り落とされるまえに、リシュワは跳躍した。

 黒い弾丸のように跳び、怪物の胴体へ着地することができた。

 崩れた人間の顔をした首が、リシュワの目の前にあった。

 リシュワは剣を振りあげた。

 光線が出たとしても、爆発するまえに首を切り落せる。絶妙なタイミングだった。


 だが、うまくいかなかった。

 たくさんある瘤が割れて、人間の腕が突きだしてきたのだった。

 何本も飛びだしてきた血まみれの腕は、リシュワの身体をとらえ、地上へ放り投げた。

「くっ!」

 危ういところだったが、リシュワは足から着地できた。


 今回はうまくいかなかったが、もう一回試してみるべきか?


 素早く次の手を考えていると、怪物が身をよじらせていた。

 楽器で無理やり人間の声を真似たような音をだす。

「オンナ、オンナ、ニンゲン……ニンゲン、オレハ……ニンゲ……」

 それから表現しようのない叫び声をあげると、怪物は一直線に移動しはじめた。

 それはまるで逃走のように見えた。

 リシュワは警戒しながら様子を見守る。

 怪物は一直線に走り去り、逃げていった。

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