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ダクツが言った。
「新鬼人ともなれば一兵卒とはちがう。隊長クラスについてもらいたいところなんだが、おまえらは昨日きたばかりだ。それは無理がある。だからしばらくは使いっ走りをしてもらう」
リシュワは言った。
「わたしとしては問題ない」
ダクツは頷いた。
「そこで、最初の仕事ととしては、ソルナルのオブスレット公爵へ書簡を届けてもらいたい」
「わたしたちのようなものがいきなり公爵まで会いに行けるのか?」
「それは問題ない。通行証も持たせるし、これもある」
ダクツはテーブルの上からきらりと光る小物を持ちあげた。
指輪だった。
「こいつはジェントル・オーダーの上級構成員の証だ。こいつがあればオブスレッド公爵に会える。今日からこれはおまえたちのものだ」
「馬を貸してもらえるのか」
「悪いが馬は貸せない。数が足りないんでな。新鬼人の足なら問題ないだろう」
「往復で四日というところか」
「それでいい。書簡はそれほど重要じゃないが、おまえたちに行ってもらうことに意味がある。オブスレット公爵にこちらが順調だということを知らせるためだ。こちらは新たな新鬼人を仲間にするなどして、着々と発展していると伝えるためにな」
「道もわかるし、武器もある。あと必要なのは食料だけだ」
「食料はたっぷり用意してやるさ。食料だけでいいか?」
「問題ない」
「よし、話はこれで終わりだ。朝飯を食っててくれ、準備を整える。こっちへ来て指輪を持っていってくれ」
リシュワはいわれたとおりにした。
指輪は金でできており、龍の頭を象ってあった。
目の部分に赤い石がはまっている。
コドンの戦士がぼそりと口にした。
「わたしは期待している、そなたたちに」
リシュワは素早く応えた。
「期待を裏切らないよう尽力する」
ゲデ・スオーンも口を開いた。
「新鬼人は地上人類とコドンをつなぐものだと考えている。ジェントル・オーダーの構成員としていつでも人目が注がれていると留意してことにあたって欲しい。小さな任務だとしてもな」
「了解した、ゲデ・スオーン」
ゲデ・スオーンはレオネに目配せした。
「レオネも忘れるでないぞ。戦士たるもの誇りを持ってな」
レオネは急に話を振られてきょとんとしたが、すぐ返事をした。
「はい! 了解です!」
リシュワとレオネは指輪をはめると部屋を出た。下に行って食事をとる。
朝から酒が供されるわけもなく、朝食では誰も絡んでこなかった。
たっぷりした朝食を味わい、自室へ戻る。
そこにはすでにダクツが待っていた。大きな背嚢が二つ用意されていた。
ダクツは赤い色の筒を渡してきた。
「これが書簡だ。頼んだぞ」
「わかった」
「背嚢の中身は水と食料だ。コーンドジャーと干し肉、ドライフルーツが山ほど詰まっている。足りないことはないだろう。それとこれを」
ダクツは重みのある小袋も渡してきた。
「路銀だ。少ないがな。金を使う機会はあまりないだろうが、ソルナルまでに大きい村もある。そこで入用のものを買ったり、宿に泊まったりしてもいい」
「すまないな。金を見るのは久しぶりだ。そういえばラーヴ・ソルガーの工房にも金はあったはずだが、たてこんでいてすっかり忘れていた」
ダクツはニヤリと笑った。
「それは回収させてもらった」
「抜け目がないな」
「準備が整いしだい出かけてくれ。行く前にはひとこと欲しい」
リシュワはレオネと顔を見合わせた。
レオネも朝食を食べられれば準備は充分らしかった。
リシュワはフード付きのマントを身につけた。
「それならいますぐ出発する。挨拶はこれでいいか」
「そうか。それなら見送ろう」
レオネもマントで身体をくるみ、背嚢を背負って弓を肩にかけた。矢筒は腰に吊るす。
準備万端、三人は主棟を出た。
扉の脇に立っていた漆黒の巨人が声をかけてくる。
「もう出ていくのか、根性なしめ」
ヘズル・デンスだった。
リシュワは鋭い視線を返して答えた。
「任務だ。出ていくわけじゃない。四日もすれば戻ってくる」
「では、そのときには軽く稽古でもつけてもらおうか」
二メートルの巨人がリシュワにのしかかるように言った。ダクツがあいだに入る。
「ヘズル・デンス、リシュワはもう仲間だ。剣を交わすのではなく、手を取りあってくれ。リシュワとて選ぶ道なくしたことだ」
ヘズル・デンスは腕組みして胸を反らした。
「わたしはその女の戦士としての手並みに興味があるだけよ」
ヘズル・デンスは本気でそう言っているように見えた。皮肉っぽさはない。
その言葉を真意ととって、リシュワの戦士としての心意気が燃えあがった。
挑むように胸を反らし、ヘズル・デンスの顔を見あげる。
「いいだろう、ヘズル・デンス。帰ってきたら手合わせしてやる。せいぜい剣のバランスを計っておくんだな。武器の不備をいいわけにできなようにな」
ヘズル・デンスは歯をむきだした。
「もう勝ったつもりか、ちびの分際で」
ダクツはため息をついた。
「約束はしたんだ、これでいいだろう、ふたりとも。やれやれ、お手柔らかに頼むぜ、お嬢さんがた」
ダクツが催促して三人は門まで進んだ。
ヘズル・デンスは腕組みして突っ立ったまま、リシュワたちを見送った。
リシュワはこの砦で、門衛にも恨みを買っている。門衛はぶすっとして黙っていた。
「無事に帰ってこいよ」
ダクツが手を振って送りだしてくれ、リシュワとレオネは短い旅路についた。
砦のある山のふもとには村があった。砦の用事を補うためにできた村だった。
背嚢を背負って、マントで身体を隠し、フードを目深に被って、リシュワとレオネは静かに村を通り抜けた。
村の住人はほとんど人間だが、コドンの姿もちらほら見受けられた。
コドンたちは家具屋と鍛冶屋に用事があるようだった。
平和な村を過ぎ、街道へ踏みだす。
かつて知った場所ではあったが、コドンの侵攻以降で足を運び入れるのは初めてだった。
なかば未知の旅ともいえよう。
それでも、周囲の穏やかな風景が、リシュワとレオネをリラックスさせた。
ラーヴ・ソルガーに囲われて以来、一年ぶりの自由を満喫する。
夏前の日差しは柔らかく、空気は生気に満ちていた。




