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3-3

 リシュワが見守っていると、ゲデ・スオーンは身体を起こしてひと息ついた。

 顔の前にあった空間の歪みが消える。

「クティノディア式の強化版だの。施術されたのはリシュワのあとか?」

 リシュワが答える。

「たしかそうだった」

「人間の身体における施術の許容度を試したのだろうな。レオネは信じがたい再生力を持ち、身体能力も一級なはずだ。そのぶん寿命はかなり削られている。遅くとも半年以内に根本的な再施術をしなければ身体が動かなくなるだろう」

 リシュワは胸が締めつけられた。

「あなたにはそれができるのか、ゲデ・スオーン?」

「できる。すべての産獣部品をグリゴーラ式に交換しよう。いままで通りとはいかないが、寿命ははるかに伸びる。しかし、素材集めをせねばならぬし、すぐにとはいかぬ」

「頼む。そのためならなんでもしよう」

「ここに来たのがよかったね。ラーヴ・ソルガーのもとにいたらいつ死ぬかわかったもんじゃなかった」


 レオネはこころもち青ざめた顔で、瓶詰めになっているラーヴ・ソルガーの首を睨んだ。

「ホント、最悪じゃん、このジジイ……」

 リシュワはレオネが胸甲を身につけるのを手伝って言った。

「それももう済んだことだ。やつは殺した。この先を考えないとな。わたしたちはまだ生きている、強力な戦士として」


 ゲデ・スオーンは巨大な机に歩いていき、ペンでパピルスになにごとか書きこんでいた。

 リシュワとレオネは施術台に腰かけて待った。

 やがてゲデ・スオーンは顔をあげた。黒一色の目でこちらを見て口を開く。

「おまえたち用の丸薬は成分がわかった。明日から作りはじめよう。レオネの再施術の準備もはじめる。くれぐれもジェントル・オーダーから離脱するんじゃないぞ、命が惜しければな。今日はもう行ってよい」

「頼むぞ、ゲデ・スオーン」

「ありがとう、ゲデ・スオーン」


 ゲデ・スオーンの工房をあとにし、ふたりは主棟の広間に戻った。

 もう兵士たちの姿はない。

 給仕たちが後始末をしている。

 燭台のろうそくも数が減らされ、薄暗くなっていた。

 あれだけ大勢の人間が飲み食いしたというのに、ほとんど乱れていない。

 清掃が行き届いていた。衛生に気を使っているというのは筋金入りらしい。


 リシュワとレオネは階段をのぼり、自室へ戻った。

 太い閂を通して扉を閉ざすと、やっと気分が安らいだ。

 ふたりとも自分のベッドに腰かける。


 レオネは胸甲の革帯を外しはじめた。

「せっかくのふかふかベッドだし、鎧外して寝てもいいでしょ」

「いいだろう。扉は頑丈だ。寝込みを襲われることもないだろう。寝起きで飛び出せといわれることもないだろうしな。わたしはまだ鎧を脱いで寝る気にはならないけど」


 レオネは胸甲を外し、腕や腿の装甲も取り、着衣とブーツも脱ぎ捨てた。

 全裸になってベッドへ横になると深い吐息をつく。

「はぁー……。こんなの何年ぶり?」


 リシュワも剣帯を外して横になった。右腕で頭を支えてレオネに顔を向ける。

「長い一日だったな。先のことの目処も立ったし、ゆっくり眠ろう」

 シーツにくるまって、レオネは灰色の瞳でリシュワをみつめてきた。おもむろに口を開く。

「新鬼人でいることって怖いんだね。考えたこともなかったけど」

「ラーヴ・ソルガーが劣悪だっただけだ。ゲデ・スオーンは親切なようだし信頼できる。ジェントル・オーダーも野盗のようなものじゃない。心を許して仕事に加わることができるだろう」

「いつまでもいられる?」


 リシュワの脳裏にふたりの人物が引っかかった。

 酒によってがなりたてるフリックと、じっとこちらを睨みつけてくるヘズル・デンス。

 レオネもきっとふたりを気にして言っているのだろう。

 リシュワは諭すように言った。

「いつまでいられるかはわからない。こちらの図太さによるかもね。わたしたちが殺したのはジョイスとメダ・ポルスだけじゃない。もっと多くを殺してきた。ジェントル・オーダーの別部隊という可能性もある。これからもわたしたちを責める相手は出てくるかもしれない。人を殺すというのはけっきょくそういうことだ。怨恨は長く尾を引く」

「あたしたち嫌われる?」

「どのみちここまでは、わたしたちに選択肢はなかった。生き残るためにやってきた。フリックもヘズル・デンスもそこをわかっている。だから手出しを抑えている。彼らの忍耐が続いているうちに、手柄を立てて仲間であることを認めさせよう」

「けっきょく誰かほかの人を殺して機嫌をとるしかないの?」

「これからする仕事が殺しとは限らない。逆に救えるものは救っていこう。わたしたちのように、産獣師に捕らわれているものを見つけるかもしれない。それがジェントル・オーダーの仕事のようだからな」


 返事のかわりに寝息が聞こえてきた。

 レオネは眠りに落ちていた。安らかな寝顔をしている。


 リシュワは立ちあがり、燭台まで歩いて行った。

 左腕の鉤爪でひと薙ぎして炎を消す。

 そして自らも眠りについた。

 深く、快い眠りだった。




 小鳥の囀り、犬の吠え声、馬の嘶き。

 リシュワは目が覚めた。

 カーテン越しに柔らかい光が差し込んでいる。

 こんなによく眠れたのは新鬼人となってから初めてだったかもしれない。

 リシュワは眠りの余韻を味わうために、寝返りをうち、鎧の硬さに眉を顰めた。

 今晩からは自分も鎧をとって寝よう。


 もういちど眠りに落ちようとうつらうつらしていると扉がノックされた。

「ローラです。リシュワさま、すぐ会議室へお出向きになってください。みなさまお待ちです」


 リシュワは一気にしゃんとした気分になった。ベッドから抜けだして大声で聞く。

「会議室とは地図のあった部屋でいいのか!」

「そうです」

「わかった、すぐ行く」


 リシュワはレオネを起こして鎧をつけるのを手伝った。

 身支度が終わるとすぐ会議室へ向かった。

 歩いて数歩、会議室の扉を叩く。

「リシュワだ」

 ダクツの声がした。

「入ってくれ」


 リシュワとレオネが入っていくと、丸テーブルは満席だった。六脚の椅子、すべてが埋まっている。

 ゲデ・スオーン、ダクツ、ナッシュ、それに人間の騎士、魔道士、コドンの戦士が腰かけていた。

 ダクツは溶岩の腕をあげて挨拶してきた。

「いまは席がないから立ったまま聞いてくれ。時間はかからない」


 初めて顔をあわせた騎士、魔道士、コドン戦士は興味津々といった様子を隠さず、

 リシュワとレオネを値踏みしているようだった。


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