2-5
ダクツは肩をすくめた。
「そのままだ。コドンは突然出現しただろう、共和国近傍の荒山に。コドンの世界から逃げ出してきたのさ。民族、ほぼまるごとな。コドンは難民なのさ」
もっと話を聞こうと口を開きかけたとき、ゲデ・スオーンがテーブルを叩いた。
「こちらの話はおいおい聞かせよう。まず、そちらの話を伺いたい。ラーヴ・ソルガーにも仲間がいたはずだ。どこに、何人いる?」
リシュワは言いにくいことを言うしかなかった。
「わたしとレオネはほとんどなにも知らないんだ。ラーヴ・ソルガーの仲間が工房を訪れたこともなかった。ただ、どこかと連絡をとっていたそぶりはあった。ほかには世界情勢もまったくわからない。わたしたちはただ産獣術に使う生き物を狩って、人間やコドンから隠れて暮らしてきた。どうしようもないときは戦った。命がかかっていたからな」
ゲデ・スオーンは顔を歪めた。
「なにもしらず、それで殺してしまっては、なにもわからぬままではないか」
「ここから脱出したあと、ラーヴ・ソルガーは友を頼ると言っていた。それほど遠くないところにひとりは仲間がいるらしい。わたしが与えられる情報はそれくらいだ」
ゲデ・スオーンは腕組みしてため息をついた。
「果たして死んだ頭からどれほど情報が引き出せたものかな」
リシュワは驚いた。
「そんなことが……」
しかしダクツが質問で遮ってきた。
「前に聞いた話だと、おまえたちはラーヴ・ソルガーが死ぬと道連れになるということだったが、その問題はどう解決したんだ?」
「ノゼマという老人にあった。新鬼人をふたり連れていて、自らを神柱だと名乗った。その……」
「神柱だと!」
ゲデ・スオーンが黒一色の目を見開いた。
装甲に包まれた腕で頬杖をついていたナッシュが聞いた。
「神柱ってなに?」
ゲデ・スオーンが言った。
「この世界の魔導と産獣術を撚り合わせ、肉体と精神の限界を超越する者だという。本当にその境地に至ったものが現れたのか……。嬢の話を聞こう。細かい些細なことでもいい。気づいたことすべて話してくれまいか」
リシュワは話しはじめた。
「まず最初に。ノゼマは生物とは思えない姿だった。ある意味神々しかった……」
ノゼマの外見からものの言い方、引き連れていたふたりの新鬼人の姿と推測される能力について話し、ノゼマがなんらかの力を使ってレジレスの軛を解いたらしかったのでラーヴ・ソルガーを殺害したことも明かした。
ダクツは逆だった髪を撫で付けた。
「どうやら新鬼人以上の超人らしいな、神柱ってのは」
ゲデ・スオーンは重々しく言った。
「新鬼人どころではない力があるだろう。神柱はわれらの唾棄すべき王侯一族に並ぶ力があるとみるべきだろう。神柱はわれらの王侯が分岐した別の枝、原初の産獣師たちがこの世界で目指した究極なのだからな」
リシュワとレオネが知らなかった知識の並んだ棚が開放されたかのような気分だった。
なにから話しを聞けばいいのか、必死で頭を整理する。
しかしゲデ・スオーンは席を立った。
「神柱ノゼマの捜索に人員を割こう。あとはおまえたちでこの組織について、ほかに知っておくべきことについて話しておいてもらおおう」
ゲデ・スオーンは巨体を揺すって出ていった。
ナッシュも席を立つ。
「ダクツがいれば充分なようだからぼくも行くよ。こう見えて忙しい身でね。きみも下へ行って食事するかい?」
声をかけられたレオネはそっぽを向いた。
「あたしだって話聞くし」
「じゃあまたあとで」
ナッシュも出ていった。
ダクツがリシュワと向き合う。
「さて、なにが知りたい?」
「コドンはどこから来たのか? コドンはなぜわたしたちを襲ったのか? なぜここではコドンと人間が手を組んでいられるのか? わたしたちの知らない間に世界はどう変わったのか?」
レオネも口を出した。
「ここ、共和国の砦でしょ? みんな共和国なの? コドンと戦うんじゃないなら、みんなここでなにしてるの?」
ダクツは足を組んでゆらゆら揺らした。
「本当になにもしらないようだな。話は長くなりそうだ。まず共和国について知らせよう。共和国は消滅した。コドンの侵略を受けて壊滅してな。いまその土地はコドンの国になっている」
リシュワの声は思いもよらず震えていた。
「そんな気はしていた。わたしたちのいた工房も共和国領内なのに、もうずっと共和国兵士を見かけなかったしな。それにわたしたちは共和国で戦って重傷を負い、共和国で施術された。傷が癒えて共和国を去るとき、ほぼ廃墟だったが、それはわたしたちのいた一画での話にすぎないのではないかと薄く希望をもっていたのだけど」
「俺は隣のソルナルの兵士だった。ソルナルも激甚な打撃を受けた。コドンのドラゴンはそりゃあ手のつけようがなかったからな」
「ソルナルはどうなった?」
「国家再建中だ。コドンと手を組んでな。コドンが和平に動くなら、その手をはねのける余裕なんかなかったんだからな」
レオネが聞いた。
「敵になったり味方になったり、コドンっていったいなんなの?」
ダクツは微笑んだ。
「実際に敵になったり味方なったりだ。これは大きくふれられていることだが、コドンはこの世界へ侵入してきたとき、種族全体が恐慌状態に陥っていたという。パニックになり凶暴に暴れた。それがあの侵攻の事実だったというわけだ。冷静さを取り戻したコドンは理知的な種族だった。それでほうぼうへ謝罪と和解を申し入れた。コドンの恐ろしさをみせつけられたあとになっては、戦う道を選ぶ国はなかった。少なくとも表だってはな。周辺諸国と協議したうえ、壊滅した共和国の土地を与えたのさ。周辺諸国はもともと共和国をよく思ってなかったしな」
リシュワは右手をあごに当て、目を左右に揺らした。
「はいそうですか、とすべてが納得できるわけじゃないが……」
「これが現実だ」
「そういうことになるか。で、いまいるこの集団の構成と目的は?」
「俺たちは友愛騎士団。コドンと人間の混成軍団だ。物資の援助はソルナルとヘグナスから受けている。まあそっちには攻め入ってくれるなということだな。敵は王侯貴族派のコドン。ラーヴ・ソルガーはその一派だった。コドンも一枚岩じゃないのさ」
「なるほど。どっちが優勢なんだ?」
「圧倒的にこちら側だ。王侯貴族派は数が少ない。だがやつらの目的が果たされると、俺たち人間にも致命的だ。やつらの目的はもとの世界に封印されている王侯貴族をこの世界へ呼び込むこと」
「王侯貴族が来ると、コドンが向こうについてしまうのか?」
「いや、コドンの大部分はずっとこちら側だろう。王侯貴族を憎んでいるからな。もともとコドンたちは王侯貴族の圧政から逃れるために大きな犠牲を払ってこちらの世界へやってきた。王侯貴族だけもとの世界へ残したままな」
「王侯貴族というのはそんなに特別なのか?」
「コドンの平民だって俺たちからすれば恐ろしく強かっただろう。それが束になっても反乱にならなかったというんだからな。コドンの王侯貴族はこちらの世界から追放された初代の産獣師たちだという。何千年も生きてんだよ。おのれの肉体を改造し続けて、一体一体が神のように強大らしい。しかも嗜虐性があり支配欲も強い。そんなものがこちらに現れたら大惨事だ。俺たちはそれを防ごうとしている。王侯貴族派産獣師を狩ることによってな」
「平民に出し抜かれる神々か。神話とはそういうものかもしれないが……」
「笑い話じゃないぜ、あいつらの恐れようをじかに感じたらな。それにコドンには大きな弱点がある。コドン全体の弱点であり、王侯貴族の召喚へもつながるものだ。コドンはそれを人類に明かしてでも、王侯貴族がこちらの世界へ来るのを防ぎたかったわけだ」
「コドンが全滅するほどのものか?」
「そうだな、それは詳しく言えない。要はコドンを守ることが貴族の襲来を防ぐことであり、王侯貴族派は逆をして人類をも支配しようとしているってことだ。ずいぶん話が長くなったが、当座の知識はこれくらいで十分だろう。ようこそ友愛騎士団へ」




