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その光景を見ていたら、胸がズキズキと痛み始める。
……何が大して有名でもない伯爵家の息子だから大丈夫だ。俺よりレスターのほうが、よっぽどエミリアに幸せそうな顔をさせられているではないか。
エミリアが望んでいるのはきっと、高価な服やアクセサリーでも、まして権力でもないのだ。本当はそんなことずっと前から知っている。
けれど俺にはエミリアの望むものをどうやって与えたらいいのか、いくら考えてもわからなかった。
エミリアとレスターはその後も小宮殿や塔、通りの店などをずっと楽しそうに回っていた。俺は二人に気づかれないように建物や人々の影に隠れながら尾行を続ける。
仲が良さそうな二人を眺め続けるにつれ、不愉快な気持ちが胸に広がっていく。
一体こんなことをして何になるのだろう。見ていたってどうにかなるわけでもないのに。ただ気分が落ち込むだけだ。
無意味だとわかっているのに、俺は二人の姿から目を離せない。
エミリアがレスターの手を取ってからはさらに苛立ちが増した。
もう軽蔑されてもいいから二人の前へ出て行ってエミリアを連れ戻してしまおうかという思いと、そんなことをしては余計に嫌われるだけだという思いが代わる代わる頭に浮かぶ。
邪魔したいという思いに天秤が傾きかけたところで、エミリアの幸せそうな笑顔が頭をよぎった。
俺といるときよりもずっと穏やかな表情を浮かべるエミリア。レスターといたほうが、エミリアは幸せなのかもしれない。
レスターは俺のようにエミリアを悲しませることも怒らせることもないだろう。
『クロード様、私、もう疲れてしまったんです』
いつかエミリアが諦めたような顔で口にした言葉が頭の奥で響く。
エミリアは俺といることで嫌な思いをしているのだろうか。
俺が婚約解消を認めないせいで、本来なら感じる必要のない苦痛を味わわせているのかもしれない。
「……婚約解消か」
今までは考えるまでもなく打ち消していたその言葉が、やけに重く心にのしかかる。エミリアの申し出を聞き入れたほうが、彼女は幸せなのだろうか。
「……い、いや、違う! 俺は絶対認めない! 婚約解消なんて絶対しないからな!!」
浮かんできた思考を振り払うように、わざと声に出して言った。
けれど、一度浮かんだ思いは打ち消そうとしたところでなかなか消えてくれない。
婚約解消なんて認めない、真摯に向き合えばエミリアはまたこちらを見てくれるはずだ。だって、幼い頃からエミリアは俺がどんなに冷たくしても変わらず俺を好きでいてくれていたのだから。
今は少し機嫌を損ねているだけで、そのうち元に戻ってくれるはず……。
半ば祈りのように何度も自分に言い聞かせる。
しかし二人の後を追う気はもう起きず、俺はしばらく二人の背中を眺めた後、踵を返してファロンの街を後にした。




