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「じゃあ次はあのカフェに行きたいです。ガイドブックに載っていたので気になっていて」
「ああ、あそこ有名だよね! 行ってみようか!」
手を繋いだまま、白い壁に水色の屋根の、童話にでも出てきそうな可愛らしいカフェまで歩いていく。
なんだか不思議な気分だった。
楽しいし、心がすごく穏やかだ。
レスター様はクロード様のように冷たい態度を取ったことなんて一度もないし、大抵のことは肯定的な言葉を返してくれる。
何も私に対してだけじゃなくて、レスター様は元々みんなに優しいのだけれど。
(クロード様も見習って欲しいわ)
私に婚約解消を申し出られたことで反省したという割に、押しつけがましいことばかりしてくるクロード様を思い出して小さく息を吐く。
(……でも、フェアリーガーデンのときのクロード様は私のことをちゃんと考えてくれていたわよね……)
わざわざ私が好きだと言った映画を観られるよう劇場を予約してくれて、私の趣味に合わせてお祭りを回ってくれて。
私はあの時確かに嬉しかった。映画が観られたことも嬉しかったけれど、クロード様が私を想ってしてくれたのだと思うと、幸せな気持ちになったのだ。
……その幸せな気持ちは、翌日あっけなくぶち壊されたわけだけど。
レスター様に手を引かれて歩きながら、悶々とクロード様のことを考える。
やっぱり嫌いだ。クロード様のことなんて二度と信用するものか。もうクロード様のことになんか気を取られたくない。
(……ん?)
ふと、前方の建物の影に、見慣れた銀色の髪が見えた気がした。
帽子を被っていたのではっきりは見えなかったけれど、確かに見覚えのある色だった。目を凝らして見ようとするけれど、人影はすぐに建物の裏に隠れてしまう。
(……そんなわけないわ。ここにクロード様がいるわけないじゃない)
きっとクロード様と同じ髪色の青年がいたのだろう。
こんな場所まで来てクロード様がいたかもしれないと思うなんて。さっき気にしたくないと考えたばかりなのに、自分に心底呆れてしまう。
「エミリアさん、どうかした?」
「いいえ、何でもありません」
不思議そうな顔をするレスター様に笑みを返す。
クロード様のことを考えるのは、いいかげんやめにしよう。せっかくレスター様とファロンの街まで来ているんですもの。
余計なことは考えないでいたい。




