世界地震~仮想西暦2025 ロストテクノロジー後の日本~
草や木、緑の一切ない禿げ山の長い石階段を登ってゆく。
途中、とぎれとぎれに自分以外の人の姿を見るが、誰もが力なくうなだれていて、座り込んでしまった者は、もう動く気配すら見せない。
誰もが絶望の淵にいると主張し、景色をセピア色に染めていた。
やっとの思いで頂上の御堂に着く。
もはや、神社か寺かどうかの判別は、つかない。
説明してくれる人がいないし、説明してくれても、その言葉を信じていいものかどうか。
荒れ果てた御堂の中に入ると、黒々とした大仏が鎮座していた。
どうやら、寺が正解だったらしい。
ここで今日、父と他の震災で死んだ大阪の人々の鎮魂の式が行われると聞いて来たのだが、、、
辿り着いたのは、俺を含めて25人程度。
まばらに2,3人ずつでかたまって、座って手を合わせて祈っているだけで、いつまでも、その式が行われる気配を見せない。
ひょっとして、もう終わった後なのか。
しょうがないので、俺は、適当に手を合わせて、早々にそこから退散することにした。
この景色は、見たことがある。ヤバい。
ここは、一周目の俺が、人々に俺だと気づかれ、囲まれ、すがりつかれた場所ではないか。
一刻も早く、この場所を離れなければ。
「ヨミ様。この悲劇を、未来を変えてくだされ!」
「わかった。過去にこの悲劇を俺が伝えるから!未来を俺が、かならず変えるから!」
二度とあんな約束をするのは、ごめんだ。
山を降りきって、街へ出ると、廃虚となった家々をつなぐように幾つもの垂れ幕がかけられていた。
垂れ幕に書かれてある文言は、全て同じ。
―世界地震2025を忘れるな―
俺のような予知能力者に向けたメッセージ。
街中にメッセージを貼っておけば、誰か未来をみる力を持つ者がいた場合、この悲劇が過去に伝わるだろう。そうすれば、過去が変わり、未来が変わる。つまり、我々の現在が変わるはずという人々の浅知恵。
そんなことしても全て無駄だというのに。
西暦2025年5月の金曜か土曜の深夜か未明。俺達のいる世界では、世界地震という大地震が起きた。
最初の震源地は、日本海海域。それを発端に世界中のプレートが刺激され、世界各地で連鎖的にM7超レベルの地震が起きた。
日本での津波被害は、おろか韓国の被害も甚大だった。津波による山崩れ、山崩れによる土石流が韓国の人々を襲った。それらの被害を他国による攻撃と某国がみなしてからは、最悪のシナリオが続いた。
核ミサイルの発射。それを先導したのが、某大国だという確証のない情報で各国が先取防衛で某大国に向けて核ミサイルを発射。それに某大国も核ミサイルで報復。
核を持たない日本もその応酬に巻き込まれ、東京、愛知、大阪、福岡の4都市に向けて核ミサイルが放たれた。その中で大阪に落ちたミサイルだけが、不発に終わり、俺は、生き残ったが、全ての厄災をくぐり抜けた先に待っていたのは、ロストテクノロジー、人類が築き上げたテクノロジーをほぼ失った世界だった。
携帯は使えないし、テレビも点かない。携帯基地局やテレビ局が崩壊しているうんぬんの前に、それを運営する操作する人材、人が生き残っていない。
テクノロジーを作った人、作れる人、または、修理できる人がほぼ震災で死んでしまった。
俺が住んでいる地区は、今、人口150人程度。大阪全体では、1500人ぐらいしか生き残っていない。
小説家を目指し、働かずに家でただひたすらに小説を書くニート生活を続けていた俺は、たまたま自宅のマンションが倒壊しなかったから、助かったが、俺を養う為に夜バイトに出かけた父は、務め先のファミリーレストランで死んだ。
母と妹は、離婚していて、生き別れている為、消息不明。
元々、少なかった友達は、今は、0人になった。
とにかく人が、たくさん死んだ。
でも、被害は、それだけじゃない。
大地震の影響か核ミサイルの影響かわからないが、ありあらゆる緑、植物が大地から姿を消した。
生気を失い、気づいた時には、全て枯れ果てていた。
新しく種を植えても、育たない。
この星が死にかけている、という噂が人々に広まるのに、そう時間は、かからなかった。
人々の心から一つひとつ色が失われていき、黄土色だけが、荒れ果てた景色と共に残った。
そんなすっかり以前と様変わりしてしまった世界を眺めながら、俺は、O阪電鉄で自宅のある街へと帰る。
O阪電鉄は、近畿一帯に残った唯一の交通手段だ。
テクノロジーのほぼなくなった この世界でO阪電鉄は、わずかばかりに残った日本のテクノロジーを独占している。
電車を動かしたり、駅を運営したりできる人材がO阪電鉄には、何故か揃っている。
O阪電鉄は、震災後、現れた謎の組織で最初、駅や電車や線路を無賃金で修復してくれる彼らを人々は、好意的にみて修復工事を手伝ったりしたものだが、工事が完了すると、彼らO阪電鉄は、真の姿、目的をあらわにした。
街々のいたるところにバリケードや関所を設け、近畿中の交通の便を掌握した。
O阪電鉄を利用しなければ、街から街へ移動できなくし、近畿全土を支配下においた。
それに反抗する者には、彼らは、容赦なく暴力を行使し、屈服させた。
俺は、そのO阪電鉄発行の通行パスを使い、新大阪近くの駅のゲートをくぐり、自分の住んでる街の一般道へと出た。
そこで駅前でいつも座り込んでいる5人のギョロリとした目玉の視線を味わう。
いつ来てもヴッとなる、気分の悪くなる不気味な視線―。
彼らは、なんの為にいつも駅前にいるのか?
O阪電鉄を利用する者から通行パスを奪うためか。
O阪電鉄の通行パスを手に入れるには、多額の上納金かそれなりのツテが必要で一般人誰もが手に入れられるわけではない。
しかし、他人から奪った通行パスを使ったとあとでバレれば、O阪電鉄からとんでもない制裁を受けることになる。
から、それは、ない。
現に俺は、駅前の5人に今まで襲われたことがない。
なら、彼らは、何故、いつも駅前にいるのか?
噂では、手紙かコロナのワクチンが届くのをあそこでじっと待っているらしいが……
今の時代にそんなものが届くと本気で信じているのか?
毛布をまとっているし、ひょっとして、あそこに住んでいるホームレスなのかもしれない。
あそこは、高架下で雨なら防げるし。
駅前から少し自宅に向かって歩き進んだところで、何処から沸いてきたのか いつもの連中につかまる。
「ヨミ君、そろそろ我々と信仰を深める気になってくれたか?」
「君の予知能力と我々の信仰があわされば、無敵になれるんやで」
「地球様のお怒りを静めるには、我々と君の協力が不可欠なんや」
「そうや。一緒にこの試練を乗り越えようや」
声をかけてきたのは、大地球様教団の信者達―。
大地球様教団は、世界地震が起きる ちょうど2年前ぐらいにできた新興宗教団体だ。
世界地震が起きた時、大地球様教団の大阪支部の幹部達は、いつもの夜の会合の後の打ち上げで同じ飲み屋にいた。
その飲み屋が奇跡的に大地震で崩壊しなかった為、彼ら大地球様教団は、震災後も大阪における勢力を維持することができた。
今や俺が住んでいる地区では、人口のおよそ3割が大地球様教団に所属している。
街に出て歩き、3人の人に会えば、そのうち1人は、だいたい大地球様教団だ。これって、なかなかのストレスだ。
しかも、彼ら大地球様教団は、俺が世界地震が起きる2年前にネットで発表した「世界地震」という題の小説の熱心な愛読者だ。
大地球様教団の信者の中に俺の幼なじみがいたのだ。
それが、きっかけで彼らに俺が予知能力者だとバレてしまった。
未来を「読む」力があることと俺の名字と名前の頭文字をとって、俺が人々から「ヨミ様」と呼ばれるようになったのも、彼らが広めたからだ。
世界地震が起きる前に「世界地震」について小説で書いていたというかえがたい事実、そして、それを大地球様教団によって人々に広められた事により、俺は、震災前は、ただのニートだったのに、今やすっかり予言者扱いされる身分になっていた。
大地球様教団が俺を予言者として人々に流布したのには、理由がある。
それは、宗教と予言の相性の良さだ。
大地球様教団の教祖は、東京在住で世界地震か核ミサイルかどちらかわからないが、死んでいる。
だから、予言者である俺を新しい教祖に、という話ではない。
俺を予言者として祭り上げたのは、俺を教団に引き抜いた時に引き抜いた者が次の教祖として教団内でイニシアチブをとりやすくする為だ。と俺は推察する。
空席になった教祖の座に誰かが就くには、大義名分が必要だ。
ようは、俺は、その動機づけ、きっかけを作る為に利用されているのだ。
だから、教団の俺に対する勧誘は、いつも執拗だ。
暴力を使われないだけ、まだマシだが、今日も勧誘は、自宅のマンションの玄関前まで続いた。
部屋まで上がり込んで来ないだけ、彼らは、まだ理性的な集団と言える。
帰宅して、俺は、ホッと息をつき、学習机を前に座布団の乗った椅子に座る。
原稿に向かい、執筆を始める。
執筆を始めてから、2,3時間後、時計に貴重な電池を使うわけにはいかないから、正確な時間は、わからないが、すっかり日も暮れた頃、三助がやって来る。
「やあやあ、先生。今日も執筆は、順調ですかな」
三助は、俺の担当編集ではない。三助という名もおそらく本名ではない。本名を明かしてくれるだけの信頼関係を彼とは、築いていないし、信頼とは、彼から最もかけ離れた言葉である。
三助は、震災後、どこからともなく、俺のもとへやって来た。
「先生、何か お困りでは、ありませんか?」
彼とは、それが初対面だった。
当時、俺は、生活の基盤である父を失い、小説家になるという目的も失い、確かに毎日、何をすればいいのか大変に困っていた。
ただ大地球様教団の持ってくる炊き出しをもさもさと食って生きてるだけで、行き着く選択は、自殺か入信しかないように思えた。
「先生、クリエイティブな仕事をやってみませんか?」
三助が俺に持ってきたのは、脚本の仕事だった。
テレビが使えなくなった この時代に三助は、人々にエンタメを与える構想を俺に話した。
朝の部、昼の部、夜の部の一日三回に分けて路上で劇をやる。しかも、三回とも内容を変えるし、毎日、違う内容の劇にする。ダブりや使い回しは、一切なし。
その暴君ネロの時代に戻ったような脚本の仕事の依頼に俺は飛びついた。生きる気力が、むくむくと自分の中から沸き上がるのを感じた。
一日三回、一本30分以上の内容の脚本の仕事は、かなりのハードワークだったが、俺は、バリバリ書き続けた。
今まで一度も締め切りを落としたことはない。
俺の脚本の仕事の対価に三助は、一日三食の食事は、もちろんのこと、生活に必要なものは、すべて用意してくれる。
O阪電鉄の通行パスを入手できたのも三助が手配してくれたからだ。
三助は、エンタメ事業だけじゃなく、いろんなことを手広くやっていて、いろんなところにコネがある。ロストテクノロジー後に財をなしたクチでうさんくさいこと このうえない。
「ボールペンのインクがそろそろ切れる。鉛筆削り機と消しゴムは、あるから鉛筆を何本か用意してくれ。B2がいい」
俺は、三助に注文した。
「B2ですか。難しいけど、先生が言うなら、探して揃えましょう。明日の劇の分の原稿は、これで全部ですか?」
「ああ。でも、それで本当にいいのか?最近、自分でもクオリティが下がってきているのを感じるんだが……」
「大丈夫でしょ。なんせ、予言者様の書いた脚本だ。どんな内容でも、みんな有難がりますよ」
そうなのだ。三助が俺に脚本の仕事を持ってきたのは、なにもライトノベルの賞の1次審査に三回だけ通っただけの俺の文才を買ってではない。
他に物語を書く人材が生き残っていないというのもあったが、三助が俺に劇の脚本の仕事をふってきたのは、俺がヨミ様だからだ。
ヨミ様が脚本を手掛けた劇というだけで、それだけで、十分な集客力があるのだ。
俺の文才や脚本のクオリティが正当な評価を受けているわけでは決してない。
「センセ。わたしゃ、もう帰りますが、今日は、女は、どうしますか?」
「ああ。今日も頼むよ」
「わかりました」
三助が帰ってから、30分程で下着姿の女がやって来る。
全身刺青まみれのスレンダーというよりガリガリな世界地震前だったら、絶対に抱くことのなかった女。
「ねぇ、あなたがヨミ様って、ほんとなの?」
女は、行為に及ぶ前に絡みつくように俺の首に両腕をまわしてきた。
甘い匂いが漂う。
香水なんて、この時代にどこから仕入れてくるのだろう?
「本物のヨミ様なら、あたしの未来、占ってよ。ねぇ、いいでしょ?」
女の紫の唇が俺の目の前で妖しく光る。
「占うって、占い師じゃないんだから……」
「なに?できないの?ヨミ様なのに?」
女の不満そうな吐息が俺の顔面にかかる。
密着した視線に耐えかねて、俺は、秘密を漏らすことにした。
バカそうな女だ。なにを言っても問題あるまい。
「俺の未来予知の能力は、予知夢なんだよ。寝ないと未来は、見えない。しかも、もっと言うなら、その未来予知の能力自体も正確には、俺の能力ではなく、他人の能力の副産物にすぎない」
「どゆこと?」
「未来にいる別パターンの俺が過去にいる自分にメッセージを送れる能力を持っている。俺は、その未来いる自分から送られてきたメッセージ、記憶の一部を夢の中でヴィジョンとして受け取っているだけなんだ」
「なに言ってるか全っ然っ、わっかんないっ!」
「わからなくていいよ」
わかってたまるか。
「えと、つまり、ヨミ様は、あたしの未来は、今、占えないってことね」
「そうだね」
「ケチ」
やっぱり、この女には、言っても、わからなかった。いや、わからなくて、それでいいんだけれど。ひょっとして、俺は、誰かに理解されたかったのか?
俺は、女をベッドに乱暴に押し倒した。
「ねぇ、やる前にクスリやらない?」
女は、どこに隠し持っていたのか ピルケースに入ったピンクの錠剤を見せてきた。
「最高にブッ飛ぶよ」
女は、子供のような小さな歯を見せて笑った。
俺の頭にまず浮かんだのは、
何をバカな
という言葉だった。
クスリをやるなんて、世界地震前であろうと世界地震後であろうと、俺が絶対にやらない選択だ。
そこまで考えが及んで、俺は、
待てよ と思った。
俺が絶対にやらない選択ということは、他のパターンの俺も
クスリをやる選択は、してないはず。
なら、クスリをやる選択した先に待っているのは、他のパターンの俺が辿り着けなかった未来だ。
他のパターンの俺が辿り着けなかった結末に俺だけは、ひょっとしたら、この選択で辿り着けるかもしれない。
それは、俺にとって、とても魅惑的に思えた。
俺は、
「いいねぇ」
と言って、女の舌からピンクの錠剤を口に含んで受け取る。
ごくんと飲み込み、それから夢中になって、音をたてて、女の身体にしゃぶりつく。
しゃぶりついたはずだ。
だが、そこで俺の記憶は、ぱったりと途絶えてしまった。
次に俺が意識を取り戻した時、口いっぱいに鉄の味がした。その味がじんと鼻腔にも立ち昇っていることから、それが血であると俺は、理解した。
すぐに命の危険を察する周りの喧騒。異様な雰囲気。
心臓がどんどこどんどこと太鼓のように内側から胸を打つ。
頭上に広がる雲がところどころにしかない青空。周りを四角く取り囲んでいる高い石造りの塀。その塀の中にいる自分とたくさんの人々。
塀の中の人々は、自分を含め、全員上半身裸でよく日に焼け、剣か斧か鉈の武器を持っていて、戦っていた。
すでに体の一部をえぐられ、血をながし、倒れて動かなくなった死体が何体か転がっている。
トロイの木馬の出てくる伝説のアキレスの時代に戻ったかのような殺し合いを皆がしていた。
「なんなんだ、これは?どこなんだ、ここは?」
呆然と立ち尽くす俺の前には、小学5年生くらいの男の子がいた。
その子も上半身裸で手に鉈を持っていた。
「やぁぁぁああああ!!!!」
その小学5年生くらいの男の子が俺に向かって襲いかかってくる。
「ストップ!ストッピング!ストッピング!」
男の子が異国生まれの顔立ちをしていたので、俺は、ろくに覚えていない英語を使った。
でも、彼は、そんなことでは、制止しない。
俺は、いつから持っていたのか覚えていない鉈を使って、男の子の鉈を振り払い、男の子の鼻面に容赦なく右膝蹴りを打ち込んだ。
とっさの判断で一瞬の出来事だった。
男の子は、沈黙して倒れて、そのまま動かなくなった。
死んだのか? 俺が心配して少年に声をかけるより先に、地上の殺し合いとは、関係のない高さの塀の上から、
「先せぇーい!お目覚めですかぁー?!」
と聞き覚えのある声が飛んでくる。
見上げると三助がへらへらとした笑顔をこちらに向け、見下ろしていた。手まで振ってやがる。
その瞬間、俺は、三助に対し、殺意が沸いた。
この状況を作りだしたのは、奴に違いないと直感したからだ。
それから、俺は、上半身裸の殺し合いの人混みから、ちゃんと服を着た人達の先導で隔離され、塀の外へと出た。
塀の外には、すでにワゴン車に乗った三助が運転席に座り、待機していた。
服を着た人達が係員のような動作で半ば強制的に俺をそのワゴン車の後部座席に乗せる。
「先生、ご帰還、大変 喜ばしゅうございます」
と言って三助は、二人きりしか乗ってない車を発進させた。
俺は、しばらく一言も口をきかず、外の流れていく景色を眺めた。
すると、堤防の壁になっているところ一面に麦わら帽子をかぶったマンガのキャラクターが笑っている絵が描かれてあるのが見えた。
そういえば、あの国民的漫画もついに完結しなかったな。
「いったい、何があったんだ。あそこは、いったい、なんだったんだ?」
しゃべるつもりは、なかったが、気づけば、つぶやくように俺から三助に疑問を投げかけていた。
「あそこは、いわば、闘技場です。現代版コロシアムと言えば、わかりやすいですかね。先生が書いた劇じゃ満足できない下衆な連中が、娯楽を求めて、人の生き死にを見に来るんです。時々、金や物を賭けたりなんかしてね」
「で、どうして俺は、あそこにいたんだ?」
「先生、最後に相手した女は、覚えていますか?あの女が先生に飲ませたクスリは、とんでもない粗悪品でしてね。気持ちよくなるどころか、記憶も意識も全部、ブッ飛んじまう代物だったんですよ。まったく、ブッ飛んでる時の意識がない先生は、まるで獣で大変でしたよ。あとの流れは、わかるでしょ?先生、物書きなんだから」
「俺を奴隷商人に売り飛ばして、あそこにぶち込んだだけじゃなく、お前、俺から内臓かっぱらったろ」
俺は、まだ縫い目のある腹部をなぞった。
「腎臓か?肝臓か?」
「いやぁ~、バレちゃいましたか。でも、先生がブッ飛んじゃって、こっちは、こっちで大変だったんですよ。大事な収入源の一つがなくなったわけですから。わかってくださいよ〜。大丈夫、ちゃんとフォローしますよ。新しい内臓をそろえますから、心配なさらず」
俺は、後ろからコイツの首をしめてやろうかと思ったが、運転中にそんなことをすれば、自分も犠牲になるのは、明々白々だったので、こらえた。
「そういえば、運転してる これは、いったい、どうしたんだよ」
「はい?この車ですか?そんなもん、払うもんさえ、きっちり払えば、テクノロジーロス後でも、大抵は、揃えられますよ。まるっきりの新車を用意しろと言われたら、さすがの私でも無理ですが」
「この車は、どこに向かってる?俺をどこに連れて行く気だ?」
「ある御方が、お呼びなので、その人のところへ向かってるんですよ。いやぁ、タイミング良く、先生の意識が戻って、ほんとに良かった」
「ある御方って、誰だよ。もったいぶらずに誰なのか言えよ」
「新しいこの国のリーダー、いや、世界のリーダー。ジャパニーズユニオンのTEN―JOE様ですよ」
「テンジョー?」
誰だ、それ?
てっきり、そのまま車でそのTEN―JOEとかいう奴のところに連れて行かれるのかと思ったら、途中で気球に乗せられた。
車では、道路が地震の影響で寸断されているところがあるので目的地まで辿り着けないと云う。
なら、O阪電鉄は、利用しないのかと訊いたら、三助は、
「あんなのとっくに人々の反乱にあって、潰れましたよ。今は、遠くへの移動は、気球がベターです」
と言って笑った。
O阪電鉄が潰れた?!
「おい、三助。俺は、どれくらいの間、ブッ飛んでいたんだ?」
「2年ぐらいですかね」
「2年……」
俺は、取り戻せない時間の多さに言葉を失った。
その間、眼下の景色は、どんどん進んでいき、海へと出る。そのまま、海の上を進んでいくのかと思ったが、俺は、重大な間違いに気付く。
海面から、電波塔の頭だけが出ていた。
「ここは、街だったのか?」
「ええ、私達の住んでいた地域は、大丈夫でしたが、日本のほとんどが こんな感じらしいです。O阪電鉄が情報統制していたんですよ」
その後、沈没した都市の上空を進んでいき、何個も気球を乗り継いでいく。
やっと陸地らしい陸地に着いたと思ったところで、またそこから、船での移動。
船と言っても、豪華客船などのクルーザーではなく、カヌーのような小舟。しかも、手漕ぎ。
運転、案内するのは、三助。
「先生、着いたら、驚きますよ~」
と言ったきり、三助は、目的地について何の説明もしなかった。
いくら、こちらが訊ねても、
「着いてからのお楽しみ」としか言わなかった。
船で出発してから、体感で2,3時間後、海上に白い石造りの古代ローマのような都市が見えた。
船でその都市の水路にそのまま入場すると、ロストテクノロジー後とは、思えない数の大勢の人がひしめき合い、手を振ったり、ハンカチを振り回したり、紙吹雪を投げたりして、すごい歓声を上げていた。
「なんのお祭り騒ぎなんだ、これは?」
「みんな、先生を歓迎してるんですよ」
「は?」
見ると、人々の視線は、すべて俺に向けられている。
みんな、狂ったように笑顔で陽気だ。
なんなんだ、この雰囲気。俺を歓迎?こんな大勢の人が、何故?
「先生がブッ飛んでいる間、先生が書いた劇の脚本は、世界中で翻訳されて、公演されたんですよ。今や、先生の人気は、現代のシェイクスピアです。驚きましたか?」
俺の脚本が世界中で公演?確かに歓声を上げている人々の割合は、外国人が多くを占めている。
船を降り、水の都のような都市の白い石畳に上がると、一番に白髪をポニーテールにした清潔そうな男が手を差し伸べてきた。
「初めまして、私は、ジャパニーズユニオンの代表をしております TEN―JOEです。ヨミ様、歓迎いたしますよ」
俺は、彼と握手を交わし、彼を正面からまっすぐに見た。
特徴的なのは、白髪ポニーテールだけじゃない。時代錯誤の貴族が着るようなフリフリのついた真っ白な服を彼は、着ている。下は、シワが一つもないアイロンをかかしたことがないと主張しているピンと張った黒の長ズボン。2・5次元俳優のような美形な顔立ちでジェンダーレスに見えなくもない。
こいつがTEN―JOE。新しいこの国のリーダー。
俺は、自然と息を飲んでいた。
「さあ、ヨミ様。こちらへ。世界の各国首脳が、あなたを待っています。」
「世界の首脳達が!?」
俺は、声が上ずり、それからは、緊張の連続だった。
TEN―JOEに案内されるまま、俺は、各国首脳一人一人と挨拶をした。外国語を何一つとして、マスターしていない俺は、終始、たどたどしく、あわあわとし、正直、その間の記憶が、ほとんどない。
TEN―JOEに会うまで案内役を担っていた三助は、いつの間にか消えていた。きっと奴のことだ。謝礼だけ、受け取って、さっさと何処かへ帰っていったのだろう。
各国首脳との挨拶が終わると、TEN―JOEは、この後、俺の凱旋を祝して、俺が書いた脚本の劇を連続でオールナイトで公演するイベントが行われることを教えてくれた。
そのイベントの終演後、舞台上で劇の作者として、集まった観客に挨拶してほしいと頼まれたので、俺は、こころよく応じた。
世界各国の首脳も見に来ると言われ、また緊張感が走るが、一番にシビれたのは、その俺の脚本の劇が行われるという舞台を見た時だった。
キャパ300人は入れる黒一色の密閉された空間。2階席は、ないがライトアップできる ちゃんとした照明が用意されている。
今まで野ざらしで公演されていた俺の劇が、こんな世界地震前と遜色ない立派な舞台で演じられる。
こんなクリエイター冥利に尽きることはない。
俺は、素直に感動した。
公演がついに始まり、俺は、最後の挨拶のために舞台袖で待機しておくようにTEN―JOEに言われ、そのとうりにしていた。
そして、誰よりも早く異変に気付く。
満席の観覧席に白いスモッグがたかれたのだ。
俺の脚本にそんな演出をする劇があったか?
しかも、舞台ならいざ知らず、客席にスモッグなんて。
俺は、思わず、舞台袖から顔を出した。
しかし、客席は、何の異変も起きてないかの如く、しんとしずかだった。
スモッグがたかれているのに、誰一人として、咳込み一つしない。まるで、深い眠りに落ちたようだ。
何かが、おかしい。
そう思った時、誰かが、後ろから俺の頭部に黒い布袋を被せた。
くっ……くるしい!!
と思ったのも、束の間、全然、苦しくはなかった。
俺が後ろから被せられたのは、黒い布袋ではなく、ガスマスクだった。
全然、息苦しくないし、視界は、クリアだった。
俺は、白いスモッグが、劇場である館内に充満し、やがて薄れて消えていくまでの長い間、後ろから何者かに力強く抑えつけられ、身動き一つできなかった。
スモッグが完全に消えてから、舞台上にガスマスクをつけた男が現れ、俺を手招きする。
俺は、後ろから抑えつけていた者にゴミのように舞台上に放りだされる。
悔しくて後ろを振り返ると、俺の2倍近く身長も体重もあるゴツい男が黒スーツにガスマスク姿で腕組みして立っていた。
とても敵わない。
「それでは、ヨミ様。終焉後に挨拶してもらおうかな。なんてね」
と舞台上のガスマスクの男は、爽やかな声で悪びれずに俺に言った。こちらの男は、すらりとしている。
が、俺よりは、タッパがある。勝てる気がしない。
その男は、俺の目の前でガスマスクを取って、素顔を見せた。取る前からフォルムでわかっていたが、その男は、
TEN―JOEだった。
「あんた、まさか、全員、殺したのか?」
俺は、静かになったまま、誰一人として動かない客席に目を配り、訊いた。
「いやいや、ただ眠ってもらっただけだよ。永遠にね」
TEN―JOEは、本当に一切、悪びれてない声で言った。
「なんで、こんなことを……。なんの為に?」
「権力闘争。わかりやすく言うなら、そんな感じかな。今日、ここには、世界各国の首脳が集まっていると言ったろ?君の劇を観に、世界の頭が勢揃いして、一箇所に集まってくれたから、それを利用させてもらったというわけさ。本当は、世界地震を起こした時に決着がつくはずだったんだけど、我々が予想していたより、被害が甚大で我々が用意していた頭が世界の頭にならなかったから、ここまで計画が立ち遅れてしまった。が、ついに念願、叶ったよ。君のおかげでね。ヨミ様」
「世界地震を起こした?何を言って」
「わからないかい?予知能力者なのに?世界地震を起こしたのは、僕らさ。僕らが世界中のプレートに核爆弾を仕込んで、爆破し、意図的に地震を引き起こした犯人だよ」
TEN―JOEは、笑顔で喜々として語っている。自慢話をする子供のように。
「狂ってやがる。たくさんの人が死んだんだぞ。何が目的でそんなことをしたんだ!」
「だ~か~ら~、世界征服だよ。世界征服。世界征服には、犠牲は、つきものだろ?」
そう言って、TEN―JOEは、俺に銃口を向けた。
「我々が一番、計算外だったのは、我々が世界地震を起こす前に世界地震を予言する者がいたことだ。計画が君のせいで頓挫するんじゃないかと我々は、ヒヤヒヤしたが、人々は、君の話に耳を貸さなかった。結果、未来は、変わらず、我々は、勝利した」
「そして、最後に俺を殺して完全勝利。パーフェクトゲームってことか」
「それは、君の予知かな?それとも、ただの勘?」
TEN―JOEは、そこで銃口を下げた。
「ここで、我々から君に一つ提案がある。我々は、世界を手にしたが、それは、現在での話だ。我々は、未来を手にしたい。つまり、未来永劫、この地球と人類を支配下に置いておきたい。そうするには、我々は、どうすればいい?君なら、その答えを知っているんじゃないか?」
俺は、少し黙って考えた。
「それを教えれば、俺の命の保障は、してくれるのか?」
「命の保障どころか、我々のスーパーアドバイザーとして、かなりの好待遇の生活を約束しよう。もちろん、君に本当にそれだけの能力があればの話だが」
そこまで聞いて、俺は、乾いた笑みを漏らす。
吹っ切って、今まで、誰にも話さなかった事を
「一つ良いことを教えてやる」
と話しだす。
「因果律を支配しようとする者は、因果律によって滅ぼされる」
そこまで言って、一区切りをつけ、黙っていると、TEN―JOEは、頭の上に
? が浮かびそうな顔で固まった。
やはり、何もわかっていないので、話を続ける。
「俺も初めて、この能力に気付いた時は、あんたらと同じ考えだった。これで未来を自分の思うままに変えられる。自分の望む未来を手にできるって。だって、未来が先に見えているんだから、自分の不都合な未来は、避けられると誰だって思うだろ?でも、未来が見えているから、というその余裕や過信が原因で結果、自らの望まない未来を招くこともある。結果を変えたくて、過程を変えても、結果が変わらなかったりする。俺がこの能力でギャンブルで当てた最高額は、いくらだと思う?9万円だよ。100万でもなく、1000万でもなく、1億でもなく、たったの9万。それは、予知能力を使って、9万円を当てるということが丸々、セットで予知した未来だったから、当てられたんだ。どういうことか、わかるか?例え、一億円の当たるナンバーくじの数字を予知できても、当たって、一億円を手にするということとセットで予知できていなけりゃ、一億円の当たるナンバーくじを買うまでにかならず、事故にあったり、トラブルに巻き込まれたりの邪魔が入って、結局、なんらかの理由でくじを買えず、当たらないという結果になる。つまるところ、それが運命というやつだよ。予知能力なんか持っていると、その運命という力の大きさをまざまざと味わうことになる。嘘みたいな話だけど、神は、いるのさ。運命という名の神はね」
「長々とした講釈は、いいから、結論から言えよ。結局のところ、君に我々の望む未来を用意する力は、あるのか、ないのか」
TEN―JOEは、また俺に銃口を向けてきた。
「俺達、予知能力者に未来の予知する力はあっても、未来を変える力はない」
「そうか、実に残念だが、君は、もう用済みだね」
スッパンッ! と乾いた銃声がTEN―JOEの方から響く。
俺は、倒れて、頭を打ったが、死んではいなかった。
誰かが、俺が撃たれる前に舞台袖から俺を押し倒し、盾になり、俺のかわりに撃たれた。
「大地球様教団の者です。ヨミ様、お逃げください……」
撃たれた女性は、まだ10代に見える程、若かった。
「お逃げください!」
舞台袖の俺より身長も体重も2倍近くある黒スーツの男は、俺が全く知らない大人達5人に取り押さえられていた。たぶん、大地球様教団の人達だ。
俺は、何処から沸いてきたのか、たくさんの盾になってくれる大人達に囲まれ、先導され、劇場を後にした。
後ろからは、
「逃がさないぞ!ヨミー!」
と叫ぶTEN―JOEの声と銃声が、どこまでもどこまでも追いかけてきた。たぶん、5人以上は、犠牲になっている。
逃げ続ける俺がスロープを通って、大階段の下り坂に辿り着くと、そこには、カプセル型のボブスレーのような乗り物が用意されていた。
「私達が独自に作ったタイムマシンです。光を超える速さで過去へと戻れます。一人乗りの片道切符です。さぁ、ヨミ様、お乗りください!」
大地球様教団と思える女性は、目を輝かせて、俺に言った。
独自に作ったタイムマシン!?なんだ、その不安しかない乗り物!!
「あの、俺にこれに乗って、どうしろと?」
「過去に戻って、この悲劇を変えてください。未来を読める力のあるあなたなら、より良い未来に変えて、この世界を救えるはずです」
また、これか。悲劇を変えろ。未来を変えろ。なんて、マンガの主人公でもないのに、なんで俺が。
と考えている間にも、後ろから、どんどんと銃声は、近づいてくる。
切羽詰まった状況に俺は、ええい!ままよ!とタイムマシン(自己申告)に乗り込んだ。
タイムマシン(自己申告)は、猛スピードで発進し、俺は、光の渦へと飲み込まれた。
意識が遠のく。
目覚めると自宅のベッドの上だった。まさかの夢オチ?
いや、違う。三助が用意した学習机がなくなっている。
いや、三助と出会ったあたりからが、もうすでに夢だったのかもしれない。
どこからが、夢だ?
戸惑っている俺の後ろでふすまが開く。
「起きたか?今日、朝ごはん、なににするう?」
「親父?」
「どないしたんや?お化けでも見たような顔して」
久しく見ていないカレンダーを目にすると、今は、どうやら、西暦2023年の9月のようだった。
世界地震が起きた2025年の2年前……。
「ごはん、どないするんや?」
「今日は、外で食うてくるから、ええわ」
俺は、なるべく、平静をよそおって答えた。
「そうか」
親父は、何も怪しまず、リビングへと戻っていった。
タイムマシンが成功したのか?
いや、とても、あんなちゃちなボブスレーが、まともに機能したとは、思えない。
なら、いったい、どういうことだ?
おし、わかった。つまりは、こういうことだろう。
俺の頭がおかしくなったのではなければ、今までのが、すべて、予知夢だったということだ。
未来の俺から送られてきたメッセージが今までよりも膨大過ぎて、継承された記憶が鮮明過ぎるから、さも時間旅行をしたような気分を味わっているが、実態は、今までの予知となんら変わらない。
これは、平常運転だ。俺は、何もパニクって、なんかいない。
でも、予知だということは、これから、ああいうことが起きるということだ。つまり、世界地震は、起きる。
なら、今からやるべきことがある。
俺は、部屋着から外出用の服装に着替えて、自宅のマンションを出た。
俺が今からやるべきこと。
そう、焼き肉を食べにいかなくては。
世界地震後、近所や新大阪駅があったあたりに、たくさんニセ鶴橋の焼き肉店が露店でできたが、あんなのは、本当の焼き肉ではない。
食べられるうちに本物の焼き肉を食べなくては。
世界地震が起きたら、食べられなくなるものが、たくさんある。
今、食べなくて、いつ、食べる?
一番に頭に浮かんだのは、マスターのサイコロステーキだ。2023年あたりなら、サイコロステーキのタレは、すでにポン酢から普通の焼き肉のタレに変更された後だ。俺が頼めば、マスターは、ポン酢ダレを出してくれるだろうか。
いや、待て。貴重な一回の食事にそんなギャンブルは、できない。
リーズナブルかつ満足度を優先するなら、ここは、やはり、ラーメン。となると、今、行くべきは、塩元帥かラーメンステーション。
考えながらも、俺の足は、すでにラーメン店へと向かっていた。
その道すがら、若い男女とすれ違う。仲の良さそうな普通のカップル。
そのカップルの男のほうに猛烈な見に覚えがあった。
髪は、黒だが、間違いない。
TEN―JOEだ。
俺は、そのカップルを普通に見送り、ラーメン店へと向かう。
普通の物語の主人公なら、これをきっかけに世界征服を企む組織にかんぜんと立ち向かい、予知能力やその副産物的な効果でできたタイムリープの能力を駆使して、かならずやハッピーエンドへと導くことだろう。
だが、考えてもみてほしい。俺の予知は、決して運命をねじ曲げる程、強力なものではないし、しょうみな話、ただのニートである。
ただのニートが世界征服を企む組織にたった一人で挑み、世界地震という危機から人々を救う。そんなことが可能かどうかを。
物語としては、そういう未来があっても、いいのかもしれない。
だが、俺の生きる世界では、それは、無理すじだ。
だから、俺は、何もしない。
どのみち、人類は、復興する。
そういうエンドが決まっているのに、あえて、手を加えて、変える必要はないし、変える気もない。
あれ、ひょっとして、もう未来、変わった?