好きだ
かくして。
和也くんに女の影があることもなく、親たちにとやかく言われることもなく、付き合ったらぎこちなくなることもなく、お付き合いは順調だ。
手を繋いでくれるようになったし、デートも行きたいところ聞いてくれるし、ファーストキスもリクエストを聞いてくれた。
観覧車で、唇に優しく触れてくれたけど「背徳感がやばい」と少し複雑そうな顔をしていた。なにそれ。ムードも何もない。
でも、そのあとわたしのことを抱きしめて、ため息くらい小さく、幸せ、と呟いたのを、わたしは聞き逃さなかった。
◇◆◇
「わー!晴れてよかったね!」
「あっつ…」
夏の夕方、家を出ると和也くんが暑そうにしながらわたしを待っていた。
うーん、甚兵衛かっこいい。
「杏花ママのお下がりのやつ?可愛いじゃん」
浴衣を敢えて短くして、中に長い夏用の涼しいレギンスを穿いた。
お母さんが髪も可愛く編み込みにしてくれた。お化粧も、ちょっと。
ちょっとおしゃれにアレンジした浴衣!という風に見える。
「あんずの花の柄なんだって。わたしの花だよー」
赤地に薄ピンクの花が咲いている。
お母さんが昔、あんずの花が可愛くてこの浴衣を買って、お父さんとデートしたのだそうだ。
わたしの髪を梳かしながら、お母さんが楽しそうに話してくれた。
「ふーん」
興味なさそうに聞いている和也くん。
でもわたしは知っている。
そんなこと言いながら、わたしの話したことはちゃーんと覚えていることを。
だって、この浴衣だって2年前の夏祭りの前に見せたっきりのシロモノだ。
「昔から口では嫌そうにしながら、しっかり杏花の面倒見てくれるんだから偉いわよね。そっかぁ、杏花は和也くんの癒しになってたのねぇ」と、お母さんは笑っていたっけ。
「かき氷食べたいな。あとは射的とヨーヨー釣りとー」
「よそ見すんな、コケる」
リンゴ飴片手にはしゃいでるわたしの手を、和也くんがしっかり握っている。
子どもが迷子にならないように手を繋ぐような。
「和也くんってさぁ、ほんと優しいよね」
「それ。」
「ん?」
チラッと和也くんを見上げると、繋いでいない腕に抱き寄せられた。
「え、な!」
「前見ろって」
きゃっきゃっと、小学生くらいの子どもたちが目の前を駆けて行く。
「ご、ごめん」
近付いた距離に、わたしと違う太い腕に、顔を赤らめたのはわたしだけで。
「それ、杏花限定だから。オレは誰にでも優しくしない」
「な」
リンゴ飴のように真っ赤になったわたしに、和也くんは大変満足そうだ。
け、経験値が全然違う…!
「ず、ずるい…」
「何が」
「わたしばっかりドキドキさせられてる」
「よく言う」
「え?」
「散々オレのこと振り回しといて」
「なにそれ」
「わからなくてよろしい」
はーっとこれ見よがしにため息を吐く和也くん。
む、と頬を膨らませると、ツンと指で空気を抜かれた。
「行くぞ。河原で見たいんだろ、花火」
「う、うん」
「去年は夏期講習だったし、一昨年は近くで見れなかったし」
そんなことまで覚えていてくれるの。
河原の花火のスポットに隣り合わせで座って和也くんを見上げる。
気だるそうに、汗を拭う姿が色っぽい。
「和也くん、大好き」
「ハイハイ」
コテンと、和也くんの肩に頭を乗せると、和也くんはぽんぽんと頭を撫でてくれた。
目が合って、顔が綻ぶ。
パンパンと花火が夜空に咲いて、歓声が上がった。
「好きだよ」
わたしがずっと欲しかった言葉をくれた。
ーーーずっと隣で笑ってて。
花火の音にかき消されながら、和也くんがそう言ったような気がした。
杏の花言葉 乙女のはにかみ、臆病な愛。