◆照れる
「えへへ、学校でも和也くんと一緒に居られるの嬉しい」
「いつも家で会うだろ」
「そうだけどー」
にこにこと満面も笑みで目の前の席に座る杏花。
オレの授業のある日に約束して一緒に学食に来たのだ。
杏花の「彼氏とやりたいことリスト」とやらのやりたいことの1つらしい。
「あれ、和也だ」
「珍しい。後輩?ゼミの子?」
杏花の話を聞きながらラーメンをすすっていると、学食に来たサークルの友人たちがオレに声をかけてきた。
そうか、今までの行いからして、そうなるわけね。
めんどくさい気持ちを隠さずにいるオレとは対照的に、杏花はうずうずしている。
ハイハイ、わかってますよーちゃんと紹介しますよー。
「彼女だよ彼女」
「は!?和也が彼女とお昼とかある!?」
「こんなピュアそうな子が和也と!?」
「え、騙されてない?ええーと、なにちゃん?」
「うるせぇ。散れ散れ」
オレの同級生にやいのやいの言われて居心地悪そうにしているかと、向かい側に座る杏花を見ると、膝に手を置いて少し誇らしげににこにこして座っている。
「安藤杏花です!よろしくお願いします。」
「えっ!可愛いー!何学部?何年生?」
「教育学部の1年生です!」
「はじめましてー!おま、1年生って!」
上級生に構われて、ご満悦の様子だ。
慣れてるのか、そういえば。オレの同級生にこうやって紹介されて構われるの。
「杏花ちゃんだ。久しぶり」
悪友たちの後ろから顔を覗かせたのは健太郎。
「健太郎くん!久しぶりです!!」
「たまに見かけてたんだけどね。話すのは久しぶりだね」
「はい!いつも和也くんがお世話になってます!」
「あはは!いえいえ、こちらこそ。」
ぺこりと丁寧に頭を下げる杏花と、笑いが堪えきれないまま合わせて頭を下げる健太郎。
「ええー健太郎は知り合い?」
「そういえば小中一緒って言ってたっけ」
「そうそう。その頃から知り合い。ね?」
「よく遊んでもらいました!」
そんな会話を見ながら、もういいだろ、そんなの、と思いながらオレはラーメンをすする。
健太郎は口が固くて、基本色恋沙汰に首をつっこまないし、あまり他人に干渉もしない。
から、反応が遅れた。
「その頃から、和也は杏花ちゃんラブなんだよね」
「ぶっ」
「小学生の頃からずっと」
「げほ…!」
汁が変なところに入りむせる。
否定する前に、友人たちは顔を見合わせて、ニヤニヤ。
杏花は慌てて後ろに回って背中をさすってくれる。
顔が赤くなっている気がするのはむせたせいだ。絶対そう。
「なに、あの女取っ替え引っ替えしてた和也が…?」
「しっ!それ彼女の前で言っちゃダメだって!」
「一途に何年も想ってたってこと?ええ、意外と可愛いとこあるじゃーん」
「じゃあほら、邪魔しちゃ悪いよなぁ、いこいこー」
勝手に言いたいことを言った悪友たちは、「今度詳しく聞かせろよ」と連れ立ってそそくさと去っていった。
一緒に去っていった健太郎には殺意が沸いた。
ちなみに、健太郎を後から詰めたところ「嘘は言ってないだろ?和也のことだから、どうせ杏花ちゃんに言ってないと思って。」としれっと宣った。
健太郎の一言により、興味本位でいろいろ聞かれ、「未成年とかエッロ!」などとイジられたものの、周りは完全に応援ムードになっていた。杏花が“女たらしの和也の彼女”という色眼鏡で見られることもなく、みんな杏花に好意的だ。
ここまで考えて言ってたのなら怖い。
マジでそれくらい考えていそうで、本当に怖い。
あのまま上級生に絡まれてたら可哀想だろ、とか言って。そういや昔から立ち回りが上手い奴だった。
一方、学食のカレーは半分以上残ったまま、
「か、和也くんが照れてる!」
と、照れもせず嬉しそうな杏花。
「そういえば、和也くんがいつからわたしのこと好きか、聞いてない」
「…いいだろ、別に。いつでも。」
「よくないよ!わたしはねえ、好きだなって思ったのは一緒に夏祭り行ったとき」
「ああ、そう…」
どの夏祭りの話だ。近所のやつだけでも通算10回は一緒に行ってるぞ。
そしてキラキラと期待に満ちた目を向ける杏花。
オレはため息をついて観念した。
「いつからかはわかんないけど、杏花は、恩人だからさ」
「おん…?」
「杏花がいなかったら、まともな人生歩んでねえからな、オレ」
「え、そうなの」
杏花の中では『なんでもできる和也くん』なんだろうけど、実際違う。
勉強や運動は人並みにこなせても、あの焦燥感と虚無感は簡単に消せるものじゃないし、あのまま持っていても碌なことにならないものだった。
「親が毎日喧嘩してると思ったら離婚して引っ越して、苗字変わるわ、急に夕飯は1人で食えとか言い出すわ、学校では腫れ物だわ、全部嫌になってた時期だよ、杏花に会ったの」
「そうなの!?」
「そうだよ。だから突っぱねても冷たくしてもいつも強引についてきて、勝手に楽しそうにしてる杏花にかなり救われた」
「は、はつみみ…」
「初めて言ったからな」
こんなこと、誰にも言ったことはなかった。
『適当で女性関係が派手な、いい加減な奴』というレッテルの方が、楽だったから。
「杏花は何も考えてなかったんだろうけど、あの頃から可愛くてたまらなかったよ」
「え、どっちかっていうと、ウザがられてたような…?」
「最初ほんとウザかったけどな。可愛がり方わかんなかったんだよ。」
接し方も、喜ぶことも、何をしたら笑うのかも、わからなかった。
なのに、ただ隣でゲームしてるだけで喜ぶし、一緒に公園行きたがるし、話を聞いてるだけで楽しそうだし、八つ当たりしても伝わらないから毒気抜かれるし、呼ばなくても着いてくるし。
「ほら、もう予鈴鳴るぞ。全然食ってねぇじゃん」
「わ、わー」
オレがそう言うと、慌てて冷え切っただろうカレーをかっこんでいる。
「急げー」
小さい頃から変わらないまっさらな瞳に焦がれながら、彼女の世界にいることが擽ったくて後ろめたくて、それでいて嬉しくもあった。
いつかは消える“年上への憧れ”が、本当に“恋”ならいいのにと、願っていたのはいつからだったのか。