◆抱きしめる
恋愛感情ってなんだろう。適当な付き合いしかしてこなかったから、よくわからない。
たぶん、そんなことをしているうちにとっくに“恋”は通り越したんだろう。
“好き”という表現は少し違う気がする。
何より大切で、大事にしたくて。
泣いてほしくなくて、真綿にくるんで、全てのことから守りたい。
穢したくない。無垢で綺麗なまま、そこにいて欲しい。でもオレの方に手を伸ばして欲しい。
焦がれる、渇望する、という表現の方がしっくりくるかもしれない。
結局のところ、「覚悟して和也が幸せにするしかないんじゃない」というところに行き着くわけで。
と、ごちゃごちゃ考えていると、杏花がまたごちゃごちゃ言い始める。
「だって、和也くんがわたしのこと好きになるわけない」
「はあ?」
「和也くんのは、恋じゃなくて、」
「どうして杏花がオレの気持ちを決めるの?」
「う、ずるい…だって」
昨日杏花に言われたことをそのまま返せば、じわじわと涙を浮かべる。
思わず盛大にため息が出た。
「あーめんどくせぇ」
「へ」
「人の話聞かねえし、すぐ泣くし、突き放してもついてくるし、泣き虫なくせに1人でなんとかしようとして結局泣いてるし、不器用なくせに自分でやろうとして失敗して泣くし、好き嫌い多いし、頑固だし、わがままだし!」
「え」
「お前ほんとめんどくせぇんだよ!!」
イラっときて言い放てば、杏花は掴んでいたオレの手を力任せに跳ね除けた。
「なにそれ!」
「あ?」
「和也くんだって!何考えてるかわかんないし、口悪いし、女たらしだし、意地悪ばっかり言うし、わたしの意見聞かないし、強引に全部決めてすぐ置いてくし!」
「……おい」
怒りながら、杏花はまた涙を零した。
「なのに優しくするし、1人で解決しようとしても先回りだし、諦めようとしてもさせてくれないし、しんどいとすぐ気づくし、甘やかすし!」
「お、おう」
「そんなのずるいー!」
外で転んでびぇびぇと泣いているガキと目が合ったあのときと重なった。
「泣くな」
あの時みたいに袖でゴシゴシ拭いた。
「初めて家の外で会ったときも、泣いてた」
「お、覚えてないよ」
目が離せなかったから、手を引いて家まで連れてった。
「そのめんどくさいの全部、杏花じゃなきゃ付き合ってねぇんだよ」
大袈裟なくらいため息を吐いて、杏花を見る。
「たぶんさ、もうとっくに恋とかじゃねえんだよな。」
気づいたら隣にいるし、手がかかるし、危なっかしくて一生目が離せないんだろう。
「泣かせたくないし、杏花は笑ってるのがいいし、他の男といるのは嫌だし、ずっと一緒にいたいと思うのは杏花だけだし、それって好きってことでよくねぇ?」
「なにそれ、なにそれー!」
杏花はベッドの上で足をバタバタさせる。
「だって…告白したのに」
「うん」
頭を撫でると、ポロポロと涙が落ちた。
「好きだって言ったのに」
「ごめんって」
「思い出ちょうだいって言う練習も、したのに」
「………は?」
「思い出ちょうだい、って…」
「おま、どこでそんなこと覚えてくんの!?」
大きなため息を吐くと、杏花はきょとんとオレを見上げる。
「ちゃんと諦めるから、1回ぎゅってしてって…」
「………あーハイハイハイ。」
今のは勘違いしたオレが悪かった。杏花がそんな破廉恥なお願いする子じゃなくて安心した。
「すぐ、泣く。」
指で、杏花の頬を流れる涙をぬぐう。
杏花の、少し陽に焼けた化粧っ気のない柔らかい肌に触れた。
その頬に手を伸ばしかけて戸惑ったのは、きっと一度や二度じゃなかった。
「泣き虫」
「い、いつもは、こんな、泣かない」
「そ」
「和也くんといるときだけ」
「…そぉ。じゃあこれからも、泣きたいときはオレんところな」
コクコクと頷いて、杏花は少しオレに近づいてくる。
「ね、好きってほんとに?」
「ん」
「もう一回言って」
「好き」
「もう一回!」
「好きだよ」
ぴょんと飛びついてくる杏花を受け止めて、抱きしめ返した。
「う、ウソだったって言っても、もうダメだからね!!」
「うん」
ぎゅっと、子どもみたいにしがみつく杏花に思わず笑いそうになった。
「わたしの方が、大好きだから!」
慰めるためではなく、落ち着かせるためでもなく抱きしめたかったのは、オレの方だ。
「さあ、それはどうかな」
ただ抱きしめるだけで、こんなに満たされることがあるのなんか知らなかった。
女の涙に面倒臭い以外のことを思うのなんて、杏花だけだ。