◆後悔する
部活終わりの杏花を捕まえて話そうと思って、グラウンドに向かっていた。
ら、これだ。
グラウンドの端で、過呼吸を起こしていた。
考えるより先に動いていた。
青白い顔をした杏花を落ち着かせる。
なんで?と唇を動かしながらも、杏花が体を預けてくれて安心した。
「あの…杏花は…?」
戸惑いの空気の中、女がオレにおずおずと聞いてきた。たまに杏花と一緒にいるところを見かける子だ。たまに名前を聞くが…確か、りっちゃんとか呼んでいた。リカ?リサ?リウ?うーん何だっけ。
「救急車の音苦手でね。落ち着いたからもう何ともないよ。悪ぃけど荷物持ってきてくれる?連れて帰る」
「は、はい」
りっちゃんはパタパタと走って行った。
射るような視線の主が声を掛けて来た。昨日杏花といた男だ。
「送るなら僕が」
「またこうなったらどうすんだよ。何もできなかったろ」
「………」
「どうせ帰るとこは一緒だしな」
「…っ……!」
語弊はあるが、嘘ではない。
案の定周りはどよめく。
背中をさすってやっていた杏花が抗議するようにオレのシャツを引っ張る。
…なんだよ、誤解されたくない奴でも居るのかよ。
「アンタ…杏花ちゃんの何だよ!?」
「さー?強いて言うなら保護者?ま、何でもいいけど。荷物サンキュー」
「い、いえ!」
「杏花、帰るぞ」
ここを離れたときと違う一触即発の空気に戸惑っていたりっちゃんだったが、手伝って貰って杏花を背中に乗せる。
「お、おろして!」
「こらこら暴れるな。おんぶかお姫様抱っこか二択だ。歩けないだろどーせ」
掠れた声で抵抗した杏花だったが、諦めて首に回した腕に力を入れてしっかりくっついた。肩に顔を埋めたのか、髪が首筋を擽る。
無意識にそういうのやめてくれ。
一度自覚してしまうともうダメだった。
「荷物持てますか?あたしも一緒に行きましょうか?」
「んーこれくらいなら平気かな。」
「今日ずっと調子悪そうにしてて…」
「そう…助かったありがとうね」
りっちゃんは心配そうに背中の杏花に大丈夫?ちゃんと休んでねと声を掛け、オレにはよろしくお願いしますと頭を下げた。
いい子じゃん。
「帰るよ。杏花」
ぎゅうと
「目、閉じてな。」
うんと、首のあたりでもぞもぞ頷いた。
学校を出るあたりで、ふっと杏花の力が抜けた。
当時はこうやって過呼吸を落ち着かせることが多かった。
最近はこうなることがあまりなかったから、体調は落ち着いていたんだろう。
きっと、寝てないんじゃないか。
「オレのせいだよな。」
一番傷つけたくないのに。
泣かせたくないのに。
背中にいる愛おしい存在に、誰より笑っていてほしかったのに。
「全部、エゴか。ごめんな」
聞こえているかわからない謝罪は、夏の風に流れていく。