◇手懐けられた
和也くんは3つ年上の近所のお兄ちゃんだ。
小さい頃は後ろを着いて回って、ぶっきらぼうでも優しい和也くんが大好きだったし、大きくなっていくにつれてだんだん話すことも少なくなっていったけれどそれは変わらなかった。
小さい頃だっていつも一緒にいたわけじゃなくてお互いの友達と遊ぶことの方が多かったように思うし、気が合うというよりはわたしが一方的に懐いて面倒を見てくれてただけだから兄妹という表現がきっと1番近い。
和也くんはわたしを本当の妹みたいに思っていることも、わかってる。
たまに、女の人と歩いているところを見かけることもあって、わたしの知らない和也くんがいることも知ってた。
わたしもそうだった。お兄ちゃんだと思ってた。
それが変わったのは、2年前。
事故だった。
お母さんが部活で遅くなったわたしを迎えに来てくれて、わたしを助手席に乗せた車に対向車が突っ込んできた。
ブレーキの音と、ガラスの割れる音と、遠くでサイレンの音が聞こえた。
目が覚めたら病院のベッドで右足が動かせなくて、お母さんは暫く意識が戻らなくて、単身赴任中だったお父さんは仕事を放り投げて駆け付けてくれて泣きながら抱きしめてくれた。こっちに帰って来れるようにするとは言っていたけれど、ずっと一緒にいてはくれない。
和也くんのお母さんはたまたま入院していた病院で看護師をしていて、何かと気にかけてくれていた。でも、もちろんそれも忙しい仕事の合間に、だ。
和也くんもお見舞いに来てくれたけど、久しぶりにまともに顔を合わせたのに話せることもなく、持ってきたフルーツを剥いてくれた。
「無事でよかった。お大事に」
と、ぽんぽんと頭を撫でてくれたのを覚えている。
お見舞いに来てくれた友達も、どう声をかけていいかわからずに戸惑っていたのだと今ならわかるけれど、そのときはそれがどうしようもなく辛かった。
リハビリも頑張って、退院できるというときになって、和也くんが来てくれた。
「杏花ちゃんのパパがいない日はうちに寝泊まりしたらいいんじゃないかしら?おばさん帰り遅いことも多いけど、ご飯くらいは温めるだけにしておくわ。いいわよね?和也」
「別に、構わないよ」
迎えに来てくれていた父親も、それなら安心だとわたしが口を挟む間も無くトントン拍子に和也くんの家にお世話になることになっていた。