◇助けられる
ごめん、って、なに。
抱きしめられたのは、夢?
あれは、なに。
考えていたら、一睡もできずないうちに朝になった。
「杏花ーおはよー」
教室に入るとるんるんで話かけてきたのはりっちゃん。
「どうだった?昨日」
「昨日?」
「槙野先輩とデートだったんでしょ?」
「あ、ああ…」
そんなことはすっかり忘れていた。なんて失礼なんだ。
「暗!テンション低!てか顔ひどいけどどうしたの?…槙野先輩に何かされた?」
「ううん!先輩とは楽しく大会見てきたよ。」
「え、じゃあどうしたのよ?」
「りっちゃん、先生来たよ」
わたしが促すと、りっちゃんは渋々前を向いた。
心配そうにしてたけど、りっちゃんはそのあとの休み時間もそれ以上聞いてこなかった。
りっちゃんの好きなところはこういうとこ。話したくないことは、聞かないでそっとしといてくれる。
お昼食堂で食べたくないって言ったときも、今も。
◇◆◇
眠気と戦いながら、授業を終えて部活をこなした。
調子はあまりよくないけど、早退するほどでもないし、帰って1人悶々とするのも嫌だ。
「昨日のこれ見た?」
備品の片付けをしていると、着替え終わった子たちがいつものように昨日のドラマの話をしていた。
「刑事ドラマだっけ?」
「そうこれこれ、動画上がってるんだけど、このときのヒーローほんとかっこよくって」
たぶん、大きな音ではなかったんだと思う。
ーーーキキイイイィ
耳障りなブレーキ音。
救急車の、サイレン。
映像と音が急激に流れ込んできて、視界が暗くなる。
体に力が入らない。
息が、できない。
ああ久しぶりだなと思うと同時に、意識が遠のく感覚。
「ちょ、杏花?大丈夫?」
今までどうやって乗り切ってた?
そうだ、ゆっくりって、和也くんが、
「どうしよ、救急車?」
その一言で、一気に青褪めた。
「や…っ」
いや!救急車はいや!呼ばないで、大丈夫だから救急車はダメ!
そう叫びたいのにまともに声も出せない。
やだ、やだ、やだ。
「その動画止めて」
なんで、なんで。
「は、はいっ」
「救急車も呼ぶな」
「え?あ、…もしもし、スミマセン大丈夫みたいです。…はい、スミマセン」
すっと手を握られたのは、よく知った大きな手。
「杏花、ゆっくりだって。吐いて。そう」
「…かず…」
「ん、大丈夫だから」
抱き込むようにして背中を撫でる和也くんの手。
すっと落ち着いてくる。
呼吸が、できる。
テキパキと指示を出して、和也くんはわたしを背中に乗せた。
「お、おろして!」
「こらこら暴れるな。おんぶかお姫様抱っこか二択だ。歩けないだろどーせ」
りっちゃんがわたしの荷物をまとめてくれたみたいだ。
ちゃんと休んでねって背中を撫でてくれた。
聞きたいことはたくさんあるのに、ぼーっとした頭では何も考えられない。
なんで、こんなに愛おしいのに。
離れられるなんて、ふられたら、他の人と付き合ったら諦められるなんて、思えたんだろう。
きっと、ずっと追いかけるしか、できないのに。
一生追いつけなくても。