◆相談する
「馬鹿だろ」
掻い摘んで話すと、奴は開口一番ため息混じりでそう言った。
わかっていたが、そう言われることも予想していたが、何でオレはまたこいつに相談しているんだろうと頭を抱えた。
「急に呼び出すから、どーせそんなことだろうとは思ったけどさ」
呆れたようにメニューを手に取る健太郎。
いや、これは呆れている。自分でも自分の行動に呆れたくらいだ。
それで急に居酒屋に呼び出してこんな話をすればこんな反応にもなる。
「応えてあげりゃいいだろ。部活の先輩とやらに嫉妬するくらいなら。悠長なこと言ってると掻っ攫われるぞ」
「簡単に言うなよ」
「簡単だと思うけど」
オレはいたたまれなくて枝豆をつまむ。
「好きかどうかで言ったらそりゃ好きだけど」
「まあそうか。」
「だよ。」
「恋愛感情か家族愛かって、和也にとってそんなに大事かなあ」
「そりゃ…」
大事?
そもそもオレは何で悩んでいるんだ?
ああうんそう、妹として、傍にいてほしい、から。
「じゃあさ、杏花ちゃんが兄と慕って傍にいてくれたとして、彼氏紹介されたとしたら許せんの?」
「………」
「その先輩じゃなくて…そうだな、外見よし、学歴も収入もいいし、人当たりよくて友達も多くて完璧な男だったとして、杏花ちゃんのこと大好きでめちゃくちゃ大事にしてて、杏花ちゃんもその人が好き。」
想像しようとして、
「……無理、かも…」
ハラワタが煮えくりかえりそうになって、強制終了した。
「じゃあ覚悟して和也が幸せにするしかないんじゃない」
「それとこれとは…」
「和也の場合それでいいと思うんだけどね、付き合う理由なんて。どうせ杏花ちゃんが何より優先なんだから。」
「そんなことは」
「ない?」
「………」
ぐっと言葉に詰まった。
思い当たる節が山ほどある。
実際、友達や女よりも、学校よりも杏花を優先した経験が。
頭を抱える。
「ただ…泣かせたくない、だけで」
もう杏花の涙は見たくない。笑っててほしい。
だからだ。
だから。
何処の馬の骨ともわからない男にとられたくない気持ちが湧いてきたり、抱き締めたくなったりしたくなった、それだけで。
…いや、泣かせたのは、オレか。でも。
「可愛い妹なんだよ杏花は。オレにとっちゃ禁忌領域っつーか」
「禁忌領域、ねえ」
健太郎がオレの言った言葉を舌で転がしている間に、オレは少しぬるくなったビールを一口飲む。
「わざわざそう思わなきゃなんないくらい身近にいたわけか。根が深いな」
どういう意味だと目で問う。
「そうでもしないと、年齢の分無防備に寄ってくる女の子に理性なんて保ってらんないもんな。そうやって何とも思わない振りをするのが習慣になってんだろ」
「は…?」
ドキリと心臓が嫌な音を立てた。
「同じ部屋で2人っきりで、無邪気に和也くん和也くんって甘えてくる訳だろ。全幅の信頼を寄せて慕ってくれる可愛い子がさ」
「ちょ、」
「そんなん、兄貴分としては裏切れないよなぁ」
「待て待て待て待て」
誰のことだ。
いや、オレだ。
それはわかる。
第三者からどう見えるか、言葉にしたことがなかっただけで。
「今言ったの…昔、遊びに行ったときの記憶なんだけど、あんまり変わってないみたいだね」
淡々と言う健太郎から、悪意は伺えない。
なのに、オレは全力疾走した後みたいに心臓がドキドキいっていて、冷や汗びっしょりだ。
「え?…は?」
ビールのジョッキを手に取るとそれも汗をかいて、じっとりしている。
「なんでそんなことしたか考えてみろよ。今回のことも、告白されたってときのことも。和也が束縛しない、杏花ちゃんと居ても怒らない女の人としか付き合わないのも。」
健太郎はオレを見据えて、一言ひとこと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「俺には、全部杏花ちゃんにずっとそばにいてほしいから、そうしてるようにしか見えないんだけど」
言葉の出ないオレに、ゆっくりと諭すように健太郎は続ける。
「杏花ちゃんが家族愛を恋愛感情と取り違えてたらと思ったら怖いもんね。それで離れるくらいなら、応えないで家族の延長で傍にいてくれた方がマシって。」
何を言っているんだと、笑い飛ばしたいのに。
そうできたらよかった。
「打算なしの告白で流石にクラッときたんじゃないの」
はくはくと、言葉にならない。
口が空回りした。