◇抱きしめられる
「今の男、彼氏?」
聞き慣れた、聞いたこともない低い声。
ビクッと震えてしまったけど、わたしは振り返って声の主を睨んだ。
コンビニの袋を持っているから、夜食でも買いに行ったんだろう。
「だったら、何?」
何も、今会うことないのに。
なんで、そんな不機嫌そうなの。
ふいっとそっぽを向いて、会話終了とばかりにわたしは家の方に歩き出した。
和也くんは後ろをついてくる。
「ずいぶん遅いお帰りですこと?」
「遅くないよ!お母さんには連絡してるもん」
「まあ男女がこんな時間まで出かけるなんてやることは一つか。」
なに、なにそれ。
「せ、先輩はそんなんじゃ」
「ふーん、先輩なんだ。部活の?優しくしてくれた?」
カッと頭に血が上る。
わたしは立ち止まり、和也くんを睨む。
「だ、だったら何!?和也くんに関係ない!」
「あるよ」
「ない!」
「あるって」
「なんで!」
「杏花の保護者だから」
和也くんの表情から、感情は読み取れない。
「和也くんのバカ!何でそんなこと言われなきゃなんないの!?」
「ちょ」
力任せに叩こうとして振り上げた右手は、簡単に手のひらで止められた。
「バカバカバカバカ」
反対の手で和也くんの胸をポカポカ叩きながら、腹が立つやら悲しいやら。ボロボロと涙が出てきて、もうどうにでもなれ!だ。
「ひどい!わたし、和也くんが好きだって言ったのに。」
ほとんど力の入ってない左手を和也くんは止めなかった。
「和也くんがわたしのこと妹みたいにしか思ってないのも知ってるよ」
もう無理だった。
何も言わないで想っているのも、“妹”として隣で笑っているのも。
「和也くんの邪魔にならないように、ちゃんと諦めようとしてるのに!」
はらはらと涙が落ちるのと一緒に、ハッキリ振ってもくれない和也くんを恨みながら、わたしは和也くんの胸を叩いた。
「杏花…それは恋愛の好きじゃないだろ」
視界が滲んで、和也くんの表情は見えない。
「どうして!どうして和也くんがわたしの気持ちを決めるの!」
右手を握る体温が、どうしようもなく、愛おしいのに。
とん、と、和也くんの胸を叩く。
「好き」
興味ないのに、話を全部聞いてくれるところも、
ーーーとん。
「好き」
勝手に決めているようで、全部わたしの好みで選んでくれてるところも、
ーーーとん。
「好き」
口が悪くてもおばさんを大切にしてるところも、
ーーーとん。
「好き」
いい加減そうに見えて細かい気遣いをしてくれるところも、
ーーーとん。
「好きなの、和也くんが」
全部ぜんぶ、大好きなのに。
「大好きなの。なんで、信じてもくれないの」
ずっと、和也くんだけがすきなのに。
「わ」
え?
ふわりと温かいものに包まれた。よく知った、和也くんのにおい。
和也くんの空いていた手が頭に回されて、抱きしめられていると、気づくのに、時間がかかった。
どれくらい、そうしていたんだろう。
「…ごめん」
そう呟いて、和也くんはわたしを放した。
「…かず…」
何も言わずに、遠ざかる和也くんの背中。
なに、それ。