◆苛立つ
イライラする。
前にもこんなことがあった。
中学生くらいになったときだったと思う。
当時の彼女を家に連れて行ったとき、杏花とばったり出会った。
その頃はまだ、家にも毎日のように遊びに来ていて、和也くん和也くんと周りをうろちょろしてた頃だ。
杏花はオレの友達が家に来たときは一緒ゲームしたりしていたし、夕飯は、部活があったから小学生の頃ほどじゃないが、杏花の家で食べることもあった。
「和也くん!今日も和也くんちでゲームする?あ!お姉さんは初めまして?こんにちは!和也くんのおとなりの杏花です」
ペコリとお辞儀をした杏花。隣に居た彼女が、すごく嫌そうな顔をしたのがわかった。
「初めまして。和也の彼女なの。邪魔しないでね?」
するりと腕に手を回して、勝ち誇ったように微笑む彼女。
杏花がきょとんとしている。
大抵、オレの友達は杏花に好意的だった。
年下で愛嬌があるのもあるし、オレの家に遊びに来てるのに、妹分をわざわざオレの前でいびる必要もないから。
「ねぇ、さっきの子、いっつもああなの?」
「ああ?」
「いつも遊びに来てるの?」
「…そうだけど。」
「ねえ、もうあの子あんまり仲良くしないで?子どもでも女の子が近くにいると不安…」
しなだれかかる女に、興味が一瞬でなくなった。
「帰って。そういう気分じゃなくなった」
「えっ!?」
戸惑う女を追い出して、杏花を探した。
家にはいなくて、探し回ると近くの公園で一人ブランコで揺れていた。
「杏花」
声をかけるのビクンと震えて、目をゴシゴシと袖で拭いて振り返った。
目が赤い。
「かずやく…カノジョは?」
「帰らせた」
「わ、わたしが邪魔したから!?」
慌てる杏花が乗るブランコの横に立って、オレは杏花の頭を撫でた。
「杏花が邪魔なわけないだろ。」
「でも」
「杏花が泣く必要ない」
「な、泣いてないもん」
何でだろう。
「もうあの人は来ないから、いつもみたいに遊びに来いよ」
「ほんと?」
彼女のことは好きだったはずなのに、杏花が傍にいるのを嫌がるなら、いらないと思った。
「うん、ほんと」
別に杏花をどうこうしたいわけじゃない。
でも、杏花が傷ついたり、笑ってられなくなるなら、優先するべきことじゃあない。
「アイス食おうぜ。買ってやる。コンビニ行くぞ。」
「え!いいの?」
「ただし150円までな」
「やったー!わたしねぇ、いちごのアイスが1番好き!」
「知ってる」
「え!なんで知ってるの?和也くん心が読めるの!?」
「そーなのー。杏花のことは何でも知ってるのー」
「すごーい!」
多分、それからだった。
思春期なのもあったけど、杏花が少し距離を取るようになったのも。
会えば笑顔で今日あったことを教えてくれるけど、オレの家まで押しかけてくるのが減っていったのも。
オレが、ちょっとでも束縛する女とは付き合わなくなったのも。
あの頃の苛立ちに、近い気がする。
◇◆◇
杏花が元気ないのも、その原因も気づいていた。
気づいていて、何もできなかったんだけど。
いつも陸上部の友達と一緒に学食で昼飯を食べてるのに、最近は学食でも見かけない。
餌でつるように呼び出そうとすれば、行かないとの返答。
思いがけない返答に戸惑いつつ、杏花の両親に通してもらって、久しぶりに杏花の部屋に行った。
そしたら、夜だというのに杏花はこれから出かけるかのような格好で、クローゼットから服を出していろいろ並べていて。
いや、まあうん、いいんじゃない。健全な大学生なんだから、デートくらいいくらでもすれば。
という気持ちと、
心配でそれに口出ししたくなる親心。
和也くんには関係ないって、顔を真っ赤にして部屋を締め出された。
ーーーなに、その反応。
「あら、杏花は?」
「やることがあるみたいですよ。」
「せっかく和也くんが来てくれたのにねえ」
杏花の両親と少し話して、オレは家に帰った。
なんだろう。上手くいかない。
イライラする。
「あークソ」
杏花の告白をなかったことにしたオレが悪い。それはわかってる。
でも「じゃあ付き合おうか」っていうのはおかしいし。
「っはーー」
ボフンと、リビングのソファにダイブした。
最近、杏花の笑顔を見てない。
怒るか凹んでるか、不機嫌だ。
杏花には、笑っていてほしいのに。
苦しいこととか、汚いものとか、オレだけが知ってればいいから。
触れないで、気付かないで、ただ隣で無邪気にニコニコしていてほしいのに。
泣いたり、傷ついた顔したり、怯えたりさせたくなくて、ただ笑っててくれればそれでいいのに。