さよなら私の勇者様
勇者の山田サトルに「旅立ちの前に恋人と別れるからついてきてくれ」って、何だかよくわからない用事で俺は呼び出された。
「ヒトミさん、僕は魔王を倒す旅に出なくてはならない」
「え、ええ。ニュースで見たわ。頑張ってね」
ヒトミさん、ちょっと反応薄いんじゃないの、サトルが気の毒だ。
「ヒトミさん、あなたを残していくのだけが心残りなんだ」
「…え?」
「僕はこの旅で死ぬかもしれない」
「ハア」
「泣かないでくれ。それでも僕は行かなくっちゃいけないんだ」
「泣いてはいませんが、そうですね」
サトル、まさかだけど何かおかしくないか。勇者サトルと恋人ヒトミの熱量が違いすぎないか。いや、そもそも本当に恋人なのか?そういえばサトルの恋人なんて聞いたことないけれど。
「ヒトミさん!」
「はい?」
「これでもう会えないかもしれないんだ」
「あ、さっき聞きました」
「君を抱きしめることしかできない僕を許してくれ」
「あ、あの大丈夫です」
「さあ、おいで、僕の胸に」
勇者サトルよ。その「大丈夫」は否定的な意味だと思うぞ。
「すみません。勇者様」と声を絞り出すヒトミさん。
「うん?」
「人々を救う旅に出てくれる勇者様を私は尊敬してますけれど…」
「おうっ、泣かないでくれ!」
「ちょ」
「さあ、おいで。僕の胸に」
「だーかーらーっ」
明らかに嫌がっている。俺は見てていいのか。止めるべきか。サトルの友人としては常識的に見て止めるべきだろう。その人はまったくお前のことを恋人だと、ほんのちょびっとも1ミリグラムも思っていないぞ。
だが、俺はサトルを中心とする勇者パーティの一員で一応「魔法使いヨシオ」だ。何とかしてやることもできる。ヒトミさんに一瞬だけ魔法で恋人役をさせることも不可能ではない。勇者をサポートすることが俺の仕事だ。しかし、しかし…人としてそんなことが許されるのか。
「そこの人」
うん?俺のことか。
「はい、この魔法使いヨシオに何のご用でしょうか」
「何とか言ったらどうなの。あなたこの勇者の保護者じゃないの?」
「うーん」
サトルが不可解な顔でヒトミさんを見る。
「ヒトミさん、彼の前で恥ずかしい気持ちもわかる。でも僕はすでに『みんなの勇者』なんだ。ひとりっきり、君に独占されるわけにはいかない。こいつを連れてきたのは君としっかりお別れしたところを見てもらうためなんだ」
なんと近所迷惑な役目を。
ヒトミさんがまた俺を睨む。頼む。サトルと話してくれ。俺を巻き込むな。ヒトミさんが俺に聞く。
「勇者をあんまり雑に扱うとみんなから悪く言われるし、かといってこういうのほっといていいの?」
俺もなんと言っていいのか。
「なんと言っていいのか」
サトルはなぜか宙空に向かって話しかけている。頭がどうかしてるのか。
「おおっ、なぜ旅に出るこの勇者サトルに恋の鎖は絡みつくのか。ヒトミさんの愛をどうしても断ち切れないこの勇者の剣は何と無力なのか」
何言ってるんだ、こいつ。ホント頭の中に何か湧いてるんじゃあるまいな。
「ねえ、魔法使い。私もう行くから、後頼んでいい?」
そんなご無体な。この馬鹿勇者だって怒らせるとフツーの勇者並みの強さなんだ。
「あのね、この馬鹿も勇者だから勇者なみに強いんだよ。僕じゃ敵わないくらい」
「知らないわよ。あんたも魔法使いなんだから、魔法でちゃちゃっと」
「だとすると、君に魔法をかけて勇者の思いを遂げさせる方が簡単なんだけど」
「仮にも勇者のパーティがそんな無法なことしてもいいわけ」
「だよねえ」
「二人とも何を戸惑っているんだ。勇者サトルにすべてを委ねよ。信じる者は救われるぞ」
怪しい宗教みたいになってるけど。
「あのさ、ヒトミさん。悪いけど一回だけ抱きしめられてやってくれない?」
「いやよ絶対。それだけで済まない気がするし」
確かにな。サトルは勇者だけど、控えめに言ってドスケベだ。控えめに言わないとピー音が入るくらいの変態だ。
「あのさ、勇者サトル」
「なんだ。魔法使いヨシオ」
「ヒトミさんはお前のような尊い者に抱きしめられるのは恐れ多いのだ。俺もそう思う。今のお前に一般人が抱きしめられたら、精神が崩壊するだろう。それほどお前のオーラは強いのだ。お前が気がついていないだけでな」
「おおう。何と俺としたことが」
サトルがもう一度ヒトミさんに向き合って近づく。ヒトミさんが思わずヒッと息を吞むのがわかった。
「すまなかった、愛するヒトミよ」
いつの間に呼び捨てに。
「これでお別れだ。僕は行かなくてはならない」
「…それ聞くの3回目です」
「お別れのキスをしてあげよう」
「やだってば」
「照れなくてもいいのだぞ。ヒトミ」
呼び捨て。
完全に固まって恐怖におののくヒトミさん。俺の言ったことが理解できない勇者にもう一度、俺は言う。
「だから、勇者」
「なんだ。魔法」
魔法って俺のことか。呼び捨てよりひどいな。
「一般人はお前の接触で精神に負担を覚えるんだ。聞いてなかったのか」
「キスもだめか」
「駄目にきまってるだろう」
「けち」
…それが勇者のいうことか、情けない。
「ヒトミさん、勇者に別れの言葉をかけてやってくれ。せめての慰めに」
俺はヒトミさんの方を見てそっとウィンクをする。話を合わせ恋人っぽくまとめて、この茶番を終わりにしようじゃないか。
「…ハア」
そんな嫌そうなため息をつくなよ。俺が何をした。
「勇者様、魔王討伐、頑張ってね。生きて帰ってください。…ダ、ダ、ダイスキデス」
俺の口パクの指示通り、ヒトミさんが勇者に別れの言葉を言った。「大好き」はかなりの棒だが。
あらら、サトルが号泣している。ホントにこいつ馬鹿なんだなあ。こいつとパーティ組んで、魔王討伐って大丈夫なのか。マジ心配になってきた。
「さあ、サトル。行こう。俺たちは人々を救う旅に出なくちゃいけない」
「うむむ、ヨシオ。わかっている。わかっているが」
サトルが涙をボタボタ流しながらヒトミさんを見る。ヒトミさんがドン引きで後ずさる。
「ヒトミ、いやヒーちゃん」
…ヒーちゃん。
「これで僕は命を落とすかもしれない」
「…はい。4回目です」
「命がけの旅に出るこの僕と、せめて一夜の…ムフフ」
仕方なく俺は勇者に魔法をかけた。さすがに勇者にこれ以上の醜態は許されない。一緒のパーティに参加する俺の評判にも関わる。上手くいくかは判らないが、眠りに落ちて夢の中で望みを叶えることが出来るという魔法である。自分の夢の中なんだから好きなようにすればいい。
…うまくいったようだ。油断していたからだな。勇者が崩れ落ちて寝息を立て始めた。俺は奴の体を支える。
「ふう、誠にすいませんでした。サトルのことは許してやってください。悪い奴ではないんです。…いや、だいぶ悪い奴ですが勇者であることは本当で、これから命がけの旅に出るのも本当なんです」
ヒトミさんが勇者をおぶった俺を見て、頭をふる。
「ううん。ごめんなさい。あなたは無関係なのに私を守ってくれたのね。ありがとう」
あれ?何かいい雰囲気?とりあえず2時間は眼を覚まさないはずの勇者を俺は乱暴に地面へ落とす。
「いえいえ、どうってことはないんです。マサルがホントに迷惑をかけましたね、ヒトミ」
「…ヒトミ?」
「僕はこれで魔王を倒す旅に出なくちゃいけません。もう帰って来れないかもしれない」
「…」
彼らはいつになったら旅立つのだろうか。
勇者が旅立てない、という話が好きなのです。書いてて楽しいです。




