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エチカ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第二章 平成四年
21/43

吉野教諭

 三月になった。


 吉野教諭と連れ立って登校するのは、面白い感じがした。


 紅子が作った、同じ朝食を食べて、同じ家から出るのだ。


 綜一が御祖父ちゃん、紅子が御祖母ちゃん、吉野教諭が御父さん、という感じがした。

 実際は養父母と義兄なのだが。


 御祖父ちゃんは時々絵を教えてくれて、御祖母ちゃんは御飯を作ってくれて、御父さんは御仕事に行く、などと空想すると、飯事(ままごと)の様で愉快な気持ちになり、そうでなくても、単純に、一人でないのは寂しくなくて、燐子は嬉しかった。


「もう授業も無いし、登校しなくても良い時期じゃない?出席日数は足りているし」


 燐子の隣を歩く長身の人物が、にこやかに、そう言った。


 冬になって、ステンカラーの黒いコートを背広の上から着ると、吉野教諭の長身には合っていて、春夏のノーネクタイのワイシャツ姿より上品で、様になっている。


 折角(せっかく)ケンより足が長いわけだから、そういうのを生かす服を着たら良いのに、と燐子は思った。


 微妙な話だが、綜一に服装を寄せると、多分、今より見栄えが良くなる。

 其れを、吉野教諭が遣りたがるか如何(どう)かは別として。


 見慣れると、吉野教諭は、服を着せる素材としては別段悪くない事に、燐子は気付き始めていた。最近、幾分腹も引っ込んできた様に見える。


「紅子さんが、残りの高校生活、楽しんで、って言ってくれて。折角(せっかく)だから、通ってみようかなって。御弁当も作ってもらっちゃったし」


 燐子が、そう言って微笑むと、吉野教諭は何時(いつ)もの調子で、良かったねぇ、と言った。


「あたし、誰かに御弁当なんて作ってもらったの、何年振りかなぁ。嬉しー。此の制服も着納めだなぁ。此の制服が気に入って学校選んじゃったから、もうちょっと着なくちゃ」


 実際は、私服の様にして着歩いていたから、着納めも何も無いくらい、三年間着倒したのだが。ウールの生地が痛んで、少し光ってしまっている。


 高校に通えないかもしれなかった燐子は、制服を着る事に多少の躊躇(ためら)いは有った。

 だから何時(いつ)までも、友人達の青春の時間に間借りしている気分が抜けないのだが、其れでも大好きな、宝物の制服だった。


吉野教諭は、へー、と言った。

「制服で学校選んだ事が無いから、そういう意見は新鮮だなー」

「うちの学校、制服可愛いって有名じゃないですか。ブレザーで。学校指定のコートとも合うし」

「そうなんだ」

「…もうちょっと、そういうのに興味持っても良いと思いません?服とか」

「三十六歳男性教師が、うちの高校の制服可愛いなーって?…いやー、ごめん。いいや」

「…いや、もうちょっと言い方有るでしょ」


 話をしているうちに分かってきたのだが、吉野教諭は、結構会話が自虐傾向にあるのだ。


 自分の事を、そんな風に言わなくても、良い先生なのに、と思うと、燐子は、其れに時々イラッとするのだった。


 あの『綺麗なオジサン』が父親では、自分の容姿に自信を持てと言う方が酷だが。


 燐子の苛立ちを他所に、吉野教諭は、はは、と笑った。

「でも、女子高勤務だからねー。そういうのに興味の無い人の方が採用されがちなわけ」

「え?」

「暗黙の了解で、女子高って、女生徒に手を出さなさそうな人を採用する傾向が有ってさ。既婚か、モテなさそうか、とか」

「ええっ?」

「本当、本当。俺の友達、採用の時にハッキリ言われたってさ。貴方は、女生徒から興味を持たれ(にく)そうだから良いですね、って。あ、そいつが独身の時の話ね」

「ひ、酷い」

「いや、飽くまで、傾向ね?でもさ、学校としても、一応対策として、暗黙の了解が有るわけ。で、雇ってもらえたって事はさぁ、そういう事でしょー。ほら、此の前のバレンタインだって。カカオに無関係の人生だもん、俺。其の点では経済を全く回さない人間だから。三十六年間平穏無事、無事って事は何も無いわけ」


 あはは、と明るく言う吉野教諭に、燐子は、また自分を(けな)す、と思って、言った。


「いや、先生は…フツーですよ。あの、御父さんがフツーじゃないだけで、って、えっと、ごめんなさい。何か、此の言い方だと、悪口みたいですけど」


 そう、綜一も言っていたが、吉野教諭は『普通』だ。


 嫌味の無い顔なのだ。見ていて、心に何も引っ掛かりが無い。癖もアクも無いから、初対面だと印象に残らない顔だ。


 しかし、言い換えれば、(きら)う要素も特に無い顔、という事で、オマケに、あと数年で四十路なのだと考えると、ハンサムな部類に入れても良い容姿なのではないか、とまで思い始めている燐子である。


 美は一種類ではない。


 若い鮮烈な美しさも有れば、()れた美しさも有る。其の何方(どちら)でも無くとも、そして、若い頃は、顔に別段特筆の有る美を持たなくとも、其の若い状態を維持出来る、という事自体が、一定の年齢を越えると、ある種の美になるのだ。


 しかし燐子は其れを、『普通』という言葉でしか言語化出来ないのである。


 何と無く其れが、今の燐子には、もどかしい。


「いや、分かる。…あのー、うん。分かるよ、うちの父さんへの悪口じゃ無いのは」

 吉野教諭は、綜一の顔を思い浮かべたらしく、そう言いながら、うんうん、と頷いた。

「勇二はなぁ、父さんに、そっくりだったけど」

「ああ…遺影見る限りじゃ、よくスカウト来ませんでしたよねって感じでしたけど」


 そして、紅紫(こうし)の遺影を見る限りでは、吉野教諭と似ているのは顔の造作(つくり)程度だという事が分かる。

 吉野教諭は、紅紫という人より、かなり顔立ちはソフトだ。

 紅紫の顔立ちのきつさは、紅子の方が受け継いでいる。


 雑な感想だが、綜一の外枠に、紅紫の目鼻立ちが入って吉野教諭が出来上がった様な形なので、此の人物が成長過程に居た環境に於いては、ちょっと地味に見えたのだろう。


 見る人は、綜一、乃至(ないし)は勇二の顔を想定して此の担任の体格を見るわけである。

 故に、本人も、自分は地味だと思って育ったのであろう事は、想像に(かた)くなかった。


 綜一の様な、あんな顔が二つも近くに存在したら、大体の人間は地味に見える筈である。


 そういう意味では、あの顔は、違う意味でも呪いと言える。


 だから、此の人物は、もし育った環境が違って、こんな生真面目な性格では無く、自己主張が強い人間だったら、こんなに自分に自信が無さそうでも無く、今頃独身ではないかもしれなかった。

 いや、今となっては、特に悪いところが無いのに、此の人物が、此の年まで(たま)さか独身だ、という点が、接する側に、少々取っ付き難い印象を与えるのだ、という事が、燐子にも分かる様になってきていた。

 難点が無い筈なのに何故独身なのだろう、と。


 しかし、其処まで思っても、やはり、燐子には、其の容姿を『普通』としか形容する事が出来ず、折角(せっかく)の分析も、慰めの言葉として言語化出来ず、もどかしかった。


 燐子の気持ちを他所に、スカウトなんて、無い、無い、と言って、吉野教諭は笑った。


「都内とは言え、田舎だったからねー。あの、分かんないでしょ、柴崎で育った人には。最寄り駅まで、車で十分かかったもの。徒歩じゃなくて」

「え?徒歩だと…?」

「三十分とかだったよ。最寄りで。其れでも、同じ小学校の他の家よりは駅が近かった方でさ。家の周りは茶畑で。二つ隣の駅に行くと、夜具地(やぐじ)で栄えた所が有って」


「やぐじ?」

「夜具の生地。布団の上側に模様が有ったじゃない?昔。あれを特産品として織るわけ。()(かく)、夜具地の所は、当時は、まぁまぁ栄えていたけど。二駅、東京駅寄りになったっていうのに、家の周りは、そんな感じでねぇ。あ、最寄り駅周辺は違うよ?一応、郊外でも東京だから。でも、もっと行って、小作(おざく)とか羽村(はむら)になると、また畑ばっかりでね。青梅事件とか有ったらしいから、鉄道は昔から走っていただろうけど、何だかんだ耕作地が多くて。あ、平成だしね、もう。今は、そんな事無いと思うけど。夜具地の方は廃れちゃったよ。そんな場所で、親は、御茶作りながら、ひっそり、画家なんてやってさ。(いま)だに取材も断って、殆ど顔も知られていなくて。顔出しの取材OKしたのなんて、何かの賞取った時の一回だけだね。そんなね、スカウトだなんて、人目に付く様な事。原宿でも歩いていたら話は別だろうけど」


「…行かなかったって事ですか、原宿とか」

 燐子ですら、行った時は、芸能事務所から、名刺を二枚程頂戴したのだ。怪しいから捨てたが。吉野教諭は躊躇(ためら)いがちに笑った。

「…良い奴でさ。御茶農家継ぐって言って。そういう、華やかな事には興味が無いっていう風情で。だから、農業高校出た後、御祖父ちゃんの手伝いしてくれてね。皆、助かったって、喜んで…。で、忘れもしない、内閣総辞職した次の日だったな。オイルショックの年。一九七四年の十二月十日。昼から雨だった日でさ。寒くて…。秋田とかじゃ豪雪だった頃だな」


 吉野教諭の言葉は、其の辺で途切れた。


 燐子は、綜一から、吉野教諭が実家に帰って来てくれた時の話を聞いていた。


 二十一歳、吉野教諭が大学で数学の研究を志していた時に、弟が亡くなり、一家は離農して、今の立川の家に移り住んだ。

 吉野教諭が大学院に進学した後、祖父の紅紫(こうし)さんという人が寝たきりになったので、二十四歳で修士課程を卒業後、研究を諦めて、世話をする為に帰って来てくれたのだという。


 孝行な話である。


 結局、程無く紅紫(こうし)は亡くなったのだと聞いたが、年寄りが居るから病院の近くの土地を買ったのだと綜一は言っていた。


 あの家が建ったのは、(そもそも)の発端が勇二の死と、紅紫の通院の利便性によるものなのだ。其の人達が亡くなって、残された家族は、其処で、勇二が()だ生きているかの様にして暮らしている。


 燐子は、御世話になっている家に横たわる悲しみに、思いを馳せる様になっていた。自分の悲しみも、(つら)い悲しみだが、悲しみという名前である以上、どの人の悲しみも(つら)いものなのだ、と。


 二人の間の沈黙を、上空から聞こえてくる轟音が破った。

 飛行機である。


 吉野教諭が、少し顔を(しか)めて、言った。

「立川の人ってさ、飛行機の音、平気だよねぇ」

「あ、気にした事も無かったですね。(たま)に、そう言われますけど」

「横田基地からの飛行機の音がさ、青梅住まいの頃も(たま)にしていたけど。あの、ヘリコプターとかも、結構来るよね、緑町(みどりちょう)に駐屯地が在るから」

「あー、福生の方が飛行機の音が酷いって聞きますけど」

「離着陸の音ね。飛行音とは、また違うらしいね」


 吉野教授の言葉に、へー、と言いながら、話題が変わった事に、燐子はホッとしていた。


 そろそろ学校である。

 以前は自転車通学だったが、引っ越しを機に売り払ってしまったのだ。

 結構歩くが、誰かと会話しながらの登校は苦にならない。


 吉野教諭も、最近車通勤を止めたらしい。

 理由は知らないが、徒歩通勤は運動になるので、良い傾向である。




 吉野教諭は、採点等の作業途中に、凄くガムを噛む事を、燐子は、同居して知った。


「煙草が止められなくて。父さんが嫌うから、部屋で吸えなくて、ベランダで吸う習慣でさ。ガムは其の代わり」

「や、其れは分かりましたけど。(ごみ)…」


 吉野教諭の自室の塵箱(ごみばこ)が、(ごみ)でパンパンなのだ。噛み終えたガムが包まれた紙で、層が出来ているらしかった。


「最後に(ごみ)捨てたの、何時(いつ)です?」


 あー、と、吉野教諭は、気不味そうに笑った。


 燐子は、ああ、と言った。

「や、いいです。自分の部屋に掃除機掛けたついでに、掃除機掛けるか聞こうかと思って。でも、(ごみ)から先に捨てますね」

「…良いの?前から思っていたけど、掃除、何時(いつ)も真面目に遣るよね。学校でも。掃除当番代わってもらってから仲良くなったって言っていた子も居たな、そう言えば」

「そう言うと良い話みたいですけど、ま、善意ってより、何か…生理的に駄目で。こういう、何だか、よく分からない(ごみ)が溜まって、誰も捨てない塵箱(ごみばこ)とか、一週間以上掃除機掛けない畳とか。…いや、ある意味ね、芸術だとは思います、此の…ほぼ同じ種類の銀紙とティッシュの塊は」


 あと、以前、何に使ったのか、よく分からないティッシュの(ごみ)でパンパンの塵箱(ごみばこ)の上に、吸殻を落とした奴が居て、面白い様に燃えたのだ。

 ちょっとした小火(ぼや)騒ぎになって、其の家の親が出てきた。

 吸殻を落とした奴は其の部屋の(あるじ)で、当時の燐子の彼氏だった。

 そいつは親の足音を聞くや、あろう事か、()だ裸の燐子を、小火が起きたばかりの自室の押し入れに、燐子の中学のセーラー服毎(ごと)押し込めた。

 そいつの部屋に燐子が居た事は、親にはバレなかったが、そいつが親に殴られるのを、コッソリ制服を着ながら、燐子は押し入れの襖の隙間から見ていた。


 別れた直接の原因は小火(ぼや)では無かったが、伊蔵の言っていた通り、一事が万事、という気がする燐子である。

 小火(ぼや)を起こす男とは付き合わない方が良いのだ。


 ケン達の部屋の時は敢えて片付けて遣らなかったが、あれ以来、自分の居住スペースの近くに燃え(ぐさ)が在る様な気になって、(ごみ)に耐えられず、自主的に捨ててしまう燐子だった。心の(トラウマ)と呼ぶ程の事は無いが。

 そして、燐子は、また、豊の家の女の子の事を思い出した。

 (ごみ)は、出すに越した事は無いのだ。


 吉野教諭は、複雑そうな顔をした。


「芸術って…あ、何か、無理に褒めようとしてくれてない?ごめん」

「いや、()(かく)、自分の部屋の塵箱(ごみばこ)のついでに(ごみ)捨てちゃいますね。掃除機も掛けちゃって良いですか?直ぐ終わります」

「…悪いね、何か」

「いや、御世話になってる身ですし、此のくらいは」


 塵箱(ごみばこ)(ごみ)を、手持ちの(ごみ)袋に捨てた燐子が、吉野教諭の、本だらけの部屋の、グレーのカーペットに掃除機を掛け始めると、吉野教諭は、珍妙な物を見る様な顔をした。其れは、燐子が初めて見る表情だった。


「…如何(どう)しました?」

 燐子は、一瞬、驚いて、掃除機を止めた。


「あ、いや、母親以外の女の人が、自分の部屋に掃除機を掛けている光景が信じられなくて、脳が理解を拒絶し始めた。いや、妹は二人同居してたしな、昔は…いや、君、もう俺の妹、か?…訳分かんなくなってきたな…」

「の、脳が?」


 教師になれるくらい頭が良いと大変だな、と思い、燐子は思わず聞き返してしまった。


「あ、あのー、脳が?」

「うん、脳が…」


「や、そりゃ、何かの病気じゃないですかね?そうじゃないなら、自分で掃除機掛けた方が良いですよ?今日は、もう、パパッと掛けちゃいますけど」

「あ、うん。えっと、有難う」


 ()だ戸惑った表情をしている吉野教諭を見て、燐子は、思わず笑ってしまった。


 あのさ、と、吉野教諭は言った。

「煙草、嫌い?」


「どっちでもないですねー。ただ、金が掛かる趣味だから、自分じゃ、酒も煙草も遣る気は無いです」


 付き合いで格好付けて()かしていた時期も、煙草の臭いは其れ程好きでは無かった。

 そして、腹も膨れない物の値段にしては高い気がした。

 今では単純に、伊蔵や歴代の彼氏を思い出す臭いなので、嗅ぐと少し心が萎える。

 酒も父親を思い出す臭いだし、好きだとは言い(にく)いが、例え恩人でも、其処まで教える義理は流石に無い。


 吉野教諭は、不思議そうな顔をして、言った。

「趣味?趣味かな?」

「嗜好品って、結局、趣味だと思って。何の腹の足しになるわけでも無いし、健康が如何(どう)とか言われても止められないなら、自己責任でしょう?好きで遣る趣味でしょ。コーヒーもガムも、酒も煙草も、あたしには同じです」

「…そっか」


 燐子は、吉野教諭の次の言葉を待たず、再び掃除機を掛け始めた。


 生意気な事を言ったな、と燐子が反省したのは、十二年程後に、煙草を止める大変さを知り合いから聞いてからの事だった。ニコチンが切れると眠気と倦怠感が酷く、結局また吸い始めてしまうのだという。所謂(いわゆる)中毒症状で、其れを知って以降、煙草を止められた人間を尊敬している燐子だが、此の時は、そんな事は知らない。


 伊蔵が止められたのだから止められるもの、という程度の認識だった。

 実際は違ったのだろう。

 煙草を止めるくらい伊蔵は倹約してくれていたのだ、燐子の為に。


 掃除機を掛けながら、燐子は、何とは無しに吉野教諭の部屋を見た。


 机の隣に置いてあるパソコンデスクには、洋風の墓石かと思う程大きいパソコンが在る。


 そして、結構立派なダブルベッドの周りに、金属製の本棚から()み出した本が(うずたか)く積んであって、此れは此れで燃えそうだな、と燐子は思った。


 別に、塵箱(ごみばこ)と本の事を除けば物は少なく、汚い部屋だとは思わない燐子だが、掃除機が掛け(にく)い。


 四角い部屋を円く掃く、という形で作業を終了させた。

 燐子にしては雑な作業だったにも関わらず、相手には恐縮された。


「…有難う」

「いえ。良いベッドですね。デカいっていうか、…長い?」

「あー、ロングサイズのダブル。普通のベッドって何か、心許無(こころもとな)くて。足が、何か」

「背が高いと大変ですね」


 燐子も、同世代の女性の中では背が高めだが、流石に寝具のサイズに困った事は無い。


「いや、別に普通のでも寝られるけど、何と無く、ゆったり寝たくて、ベッドだけ贅沢しちゃった」

「気持ちは分かります」


 紅子が、毎日、全員分のシーツを替えてくれるのを知っている燐子からすると、此れまで見た、どの男性の寝具よりも清潔に見えた。

 そう思うと、別に不快な臭いもしない、良い部屋である。

 比べるのも失礼だが、歴代彼氏の、どの部屋より広くて清潔である。

 恐らくシーツも、紅子の御蔭で、洗濯済みの、良い匂いがするのだろう。


「良い夢見られそうなベッドですね。じゃ、此れで失礼します」

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