表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エチカ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第二章 平成四年
12/43

 其の晩は、泊っていけば、と綜一が言うので、其の(まま)燐子は、吉野教諭宅に泊る事になった。


 燐子は、止めてもらう予定の、創子(まさこ)という人の部屋に案内される前に、畳敷きの仏間に案内された。


 紅子の父、(こう)()の部屋だったという其の場所には、先祖代々からの物だという、立派な仏壇が在った。


 燐子は驚いた。

 此の家の人達は、勇二(ゆうじ)、という人の位牌に話し掛けるのである。

 まるで、勇二が生きているかの様に。


「勇二、日野倫子さんだよ。勇二くらいの年の子だよ。今度から、うちに住むからね。俺の生徒。…俺の…妹になるのかな?…御前の妹にもなるのかも?宜しくな」


 吉雄教諭は、仏壇の前に立つと、実に自然に、位牌に話し掛けた。

 燐子は、戸惑いながら、吉野教諭の背後に立ち、思わず、どうも、と言ってしまった。


 吉野教諭は、まるで、弟の部屋に気軽に立ち寄ったかの様に、穏やかに微笑んでから、仏壇の在る部屋を後にした。

 燐子が、慌てて、其の後を追おうとすると、綜一に伴われて、盆を持って仏間に入ってきた紅子が、仏壇に話し掛けながらホットコーヒーを供えた。


「ね、他の人は水が良いでしょうけど。勇二はブラックコーヒーなのよねぇ。背伸びしちゃって。本当は苦いのよね?倫子ちゃんもブラックコーヒーが好きなんですって。新しく、うちの子になる子だから、守ってあげてね」


 そして綜一が、明日は御刺身だよ、と仏前で報告した。


「楽しみだねぇ。好きだろう、刺身。倫子ちゃんが来た御祝いに御馳走だからね」


 燐子は、最初は驚いたが、()ぐに慣れ、そして、ああ、此れが此の家の苦しみなのか、と悟った。


―十五年前から仮に、こうなのだとしたら。


 誰も其の、勇二という人の死に納得していないのだ。


 納得なんか出来ないよね、と燐子は思った。




 そして自分も翌日、自宅に荷物を取りに戻ってから、祖母と母と伊蔵の、戒名が書かれた木札が入った古い位牌に、同じ事をしてみた。


 位牌に話し掛けると、何と無く、伊蔵と話が出来た様な、落ち着いた気分になった。


「おじいちゃん、吉野先生に、孫を頼みますって言って、逝っちゃったけど。吉野先生、約束守ったよ。…何か、あたし、妹になるらしいんだけど。何か、変だけど…」


 会いたくないよ、と言って、燐子は泣いた。

「…お父さんに会いたくない。おじいちゃんと、お母さんが死んじゃったって、教えたくないよ。…お父さんの頭の中で()だ生きてるかもしれないおじいちゃんを、殺しちゃう気がする。変な事言ってるって分かってる。でも、おじいちゃんの事、殺したくない。お父さんの頭の中のおじいちゃんだって、あたしのおじいちゃんだもん」


―でも、会わなきゃ。本当に縁を切る為に。


「あたし以外の誰にも、お父さんの頭の中のおじいちゃんを殺させない。おじいちゃんは、お母さんは」


 あたしのだもん、と言って、燐子は泣いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ