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食堂で昼食を摂った後、マナは言われた通りグァロムの執務室へと足を運んだ。
深呼吸してドアをノック。
「マナ見習い騎士、入ります」
いくら相手が養父とはいえ、上官の部屋に入るのは緊張する。
「入れ」
室内からの入室を許す聞き慣れた声。
マナはそっとノブを回しドアを押し開ける。
まず目に入ったのは執務用の机の前に座すグァロム。
何故かロドリクの姿があった。ロドリクは明らかな寝起き顔に不似合いな正装だ。
「ロドリクさん?どうしてここに……今日は夜勤明けのはずでは?」
本来であれば夜の見張り番の後は夕刻の訓練時間までは仮眠時間となるはずである。そのロドリクがここにいるのがマナにとっては不思議だった。
「衛舎に帰って一眠りしてたら、呼び出しが入ってな。団長殿がお呼びとあっちゃ断れんし。ま、宮仕えの辛いところさ」
言い終わると噛み殺すでもなく大きく欠伸を一つするその姿から、よもや宮仕えなどという言葉が出ようとは。
「朝の話だが、ロドリクにも同行を頼もうと思ってな」
マナの顔に怪訝な色を見てとってか、グァロムが捕捉する。お使いを頼まれたと思ったら保護者同伴だった時の子供のようにマナは少しムッとした。
「私一人では不安ですか?」
確かに城内に出入りする機会がそこまで多くはないが、衛兵として主人の住まう城の構造はある程度把握してるし、案内すると言っても精々居館まで程度だろう。それならグァロムに連れ立って入ったことも何度かある。
「そんなことは無い。無いのだが……まぁなんだ、仮にも大陸の英雄の御子息を迎えるのに、年若い騎士見習い一人というのもな。騎士団からも一人つけた方が良かろう」
いつもの養父にしては歯切れの悪い言い方に、マナは小首をかじける。
「それはまぁ……そうですが……」
相手が彼の英雄の子とあっては、流石に見習い一人で出迎えるのは礼節に欠けるということなのだろう。
にしてもロドリクはないだろう。どこをどう切り取っても、彼は一端の騎士には見えない。
そんなマナの内心を見抜いたのか、ロドリクはやれやれと首を振る。
「こういう時は分かりやすい身分ってのも大切なのさ。これでも『誉高き』ドーラ王国の騎士の一人だからな。いつも言ってるだろ、やる時ゃやるさ」
敢えて誇張したその言い方は、周囲の彼等に向ける目からくる自嘲だろうか。
純粋な貴族階級達からはネズミの騎士団と陰で囁かれているのをマナは王城で嫌というほど目にしてきた。
マナからすれば普段は政治という名の足の引っ張り合いばかりで何もしない他の騎士連中より、実際の任務に赴くことの多い灰の騎士団の方がよほど忠実な王の剣に思えるが……
「それにしても、他の方もいるでしょうに……ロドリクさんだって夜勤明けな訳だし……」
「朝も言ったろ、臨機応変さ。戦場では敵は待ってくれない。いついかなる時だって戦う力を残しとくの
も騎士の務めさ」
言葉上だけは彼を心配するようなマナに、ロドリクは肩をすくめながら答える。マナも納得しかけたが、それを言い訳に職務中に酒を煽るのもどうかとは思う。ここでグァロムに告げ口してやろうか。そんな考えが少し頭をよぎるが、グッと堪えた。
「団長がそうしろと仰るのなら、構いませんが……」
流石にこの場で今朝の件を暴露するのも大人気ない。そこまでするほどロドリクのことを嫌っているわけでもないのだ。
「お前は塔付きになってからしかロドリクのことを知らないのだったな。いい機会だ。同僚の人となりをよく知ることは、団結力の向上にも繋がるからな」
言われてみれば、ロドリクとは一年前に塔付きの見張り番に任命されてから上下番での申し送りで少々話すだけで、それ以前では剣の稽古で教官役に数度見かけたことがある程度である。
私的な交流となると一切ないと言ってもいい。
「分かりました。そういうことならば、よろしくお願いします。ロドリクさん」
マナはきっちりとした礼で頭を下げる。
「ま、任務ってほどのこともなし、そんな気張らずやってこーや」
堅苦しいマナの所作に、にへらと相貌を崩しながら答えた。
やはり、こうゆうところが苦手だ。
「それで、御子息殿はいつ頃こちらに到着なさるのですか?」
特別勤務ということで監視の役割は交代してきたが、何せ朝方初めて知らされたのだ。何の準備もしていなければ、詳しい話もわかっていない。
「それなんだが、つい先程冒険者ギルドを出たとの報告があった。何事もなければ半刻程でこちらに着くだろう」
「半刻ぅ⁉︎もう準備して向かわなきゃいけないじゃないですか!」
グァロムの執務室から正門まではそこまで離れているわけではないが、マナの荷物が置いてある塔まで行って戻ればそれだけで半刻かかってしまう。
だというのに、マナは衛兵としての職務のために簡易とはいえ鎧姿である。有事ならともかく、王の御前に参上するのにこのままというわけにもいくまい。
今から家に着替えに帰るか、いやそんな時間もありはしない。そもそも、こんな状況に合った服など家にもあったかどうか……
「そのままでも良いんじゃないか?一応貴人の護衛ということなら鎧付けてても問題ないだろ」
マナの苦悩を見て取ってか、ロドリクが助け舟を出す。
それもそうだが、自分はきっちり正装姿のロドリクに言われるとなんだか釈然としない。
午前中に用意しに帰らなかった自分が悪いが、そもそもが急な話ではあるし、この軽鎧は言うなれば騎士見習いの正装だ。特に問題はないのかもしれない。しかし――――
「アミュ様の御子息の前に出るのにこの格好もなぁ」
思わず小さく漏れた年頃の少女の心の声に反応してガタンと椅子の倒れる音が響く。音の方を見るといつも厳しい顔を常以上に強張らせる養父の姿があった。
「あくまでただの案内役だ。仮にも騎士見習いが公私混同するな」
グァロムはギロリと音がしそうな視線でマナを睨め付ける。騎士団長として職務に専念しろと言いたいのだろう。
「直ぐに!御子息のお迎えにあがります!」
気恥ずかしさから言うが早いかマナは部屋を後にする。廊下の方からバタバタと走る音と、鎧の揺れる金属音が響いた。
マナが部屋を出るのを見送ると、グァロムは倒れたイスを起こしてどかりと座り込む。次いで出たのは大きな溜息だ。
「鬼の団長殿も娘の前では一人の父親ってわけだ」
グァロムのことを文字通り鬼と言ってのけながらニヤニヤと笑うロドリク。グァロムは他の団員が向けられたならば身震いするような鋭い視線で睨み返すも、彼はそんな事は意に介した様子もなく、だらしない笑みを続ける。
「それで、俺は悪い虫がくっつかないようお目付役ってわけですか」
「そうではない。理由はさっきも言った通りだ」
ロドリクは「分かってますよ」とでも言いたげな様子で適当に相槌を打ちながら立ち上がる。
「それじゃ俺もさっさと向かうとしますかね。遅れて行っちゃ、お堅い見習い様に何言われるかわかったものじゃないですし」
へらへらと笑いながら退出するロドリクを尻目に、先ほどとは違う理由で溜息が出る。
優秀だが、察しの良い部下も考えものだ、と。
「娘とは、存外難儀なものだな」
疲れたように机の上で組んだ手に額を乗せ小さく呟く姿は、騎士団を纏める男ではなく、娘を持つ一人の父親であった。
その双眸は遠い過去に向けられていた。
思い出すのはあの夜。
彼の人生を大きく変えた、灰の降る夜。
気付けばあれから十年余り。初めて会った時は幼児だったマナが、あんな風に異性に興味を持つとは思ってもみなかった。それは恋愛感情の類でないのだろうが。
とはいえ現状はどうなのだろう。周りには同年代の同性は少なく、殆どが年上の男ばかり。少女の成長過程には相応しくない状況なのではないか。学校か何かに通わせた方がいいのではないか。
しかし騎士になるのはマナ自らが望んだことでもあるわけで、そのために厳しい訓練にも耐え、他の見習いに比べても剣術や座学において劣ることはない。だがその分年相応の青春などは送れてないのではないか。そのせいで将来悪い男に引っかかったりするのではないか。いや、その時は俺の手で――――
三度の溜息。いけない。最近はこの手の悩みばかり増えていく。
子はいずれ親元から巣立つものと知識では知りながら、それはまだ先の事と考えないようにしてきたツケが、そろそろ回ってきたということか。
「子の成長とはこうも早いものなのか……ヘレナ」
グァロムの腹心の部下すら知らぬその名を呟く。
彼女にもマナのような時期があったのだろうか。だとすれば今彼女が側にいてくれたならば、どれ程心強かったことだろう。
灰の騎士団団長、否、娘を持つ父親の苦悩は増えていくのであった。




