素直な気持ち
木の陰から怪しく覗き込む人影が…。
覗き込んだ先には一人が一匹の相手をしている姿があった。
警備がいたら完全に不審者で捕まる。
何故こんな状態になっているかって?
そりゃあ昨日、あんな態度で帰って気まずいからに決まっているでしょ。
一度深呼吸をしようと木に隠れて目を瞑り、息を吸って…。
「ニャア」
息を止めたまま視線を下に向けるとつぶらな瞳でキャットがこちらを見つめていた。
下手な警備より優秀だ。
思わず顔が綻んだ。
「何やってんだ?」
体が飛び上がり、綻びが一瞬で緊張に変わった。
錆びついた機械のように声のする方へ顔を向けるといつもと変わらないジルベールがいた。
あれ?怒ってない?
「あの…」
「ん?」
「昨日はごめんなさい。突然怒鳴って帰ってしまって…」
不安になりながら謝るとジルベールが困った顔をした。
「サラが謝る必要はないよ。それよりもう来てくれないかもしれないと思っていたから良かった」
ジルベールの笑顔に胸が高鳴った。
何このドキドキは!
これじゃあまるで…。
まるで、何…?
大きく首を振っているとジルベールが心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたの、サラ?顔が赤いけど…」
「だ、大丈夫!!」
距離を取るため首を傾げるジルベールを置いて移動した。
地面に座ると小さく深呼吸をした。
「舞踏会は夕方からだけど、当日は準備があるから朝には家に来て欲しい」
家という言葉にドキリとした。
あんな貴族としてあるまじき行為をしておいてまたお世話になってもいいのだろうか…。
ちゃんとした貴族令嬢の方がいいと思うんだけど…。
「あのね。やっぱり私じゃなくて他の人の方がいいと思うの。ほらジルベール様が誘えば嫌だという人は…いない…」
顔を上げるとジルベールの表情が陰り言葉に詰まった。
「そんなに俺と行くのが嫌なの?」
そうではない事を伝えようとするも上手く言葉に出来ず、首を振るもジルベールの心には届かなかった。
「もういいよ。ごめん。迷惑かけて…」
ジルベールは立ち上がるとそのまま帰って行ってしまった。
取り残された私はジルベールが去って行った方を呆然と眺めていた。
どうすれば良かったの?
私はただジルベールのためを思って…。
脳裏に破滅の二文字が過った。
違う!そうじゃない!自分がどうしたかったのかだ。
自分が中途半端だからこうなったんだ。
ジルベールはいつも素直な気持ちを向けてくれていたのに私は破滅するのが怖くていつも逃げてた。
それなのにいつの間にかジルベールの特別になりたいって想ってしまっていた。
この矛盾がジルベールを傷付けたんだ。
胸が締め付けられるように苦しくて、俯くと地面にポタポタと水滴が落ちてきた。
私…泣いてるの…。
自覚すると涙が止まらなくなり地面に突っ伏して泣きわめいた。
どのくらい泣いただろう。
外は薄暗くなっていた。
泣いた事で少し気持ちが落ち着いていた。
深呼吸をして目を開けた私は決意した。
勢いよく立ち上がり猛ダッシュで目的の場所に向かったのだった。
目的地に到着した時には外が暗くなっていた。
着いたはいいが追い出されないだろうか…。
いや!追い出されても待ち続けてやる!
私は意を決するとドアノッカーで扉を叩いた。
扉が開くとヴィルマーが出てきた。
「サラ様?このような時分に如何なされましたか?」
「昨日は大変失礼致しました。今も…大変失礼な時間ではありますが、どうしてもジルベール様と話がしたくて伺いました。何時間でも待ちますので話をさせて頂けないでしょうか」
必死に頼み込むとヴィルマーの口元が緩んだ。
「こちらへどうぞ」
扉を開けて迎え入れてもらえた。
客間に通されしばらく待っているとジルベールが入って来た。
無表情のジルベールからは何も読み取れなかった。
ジルベールは静かにソファーに座ると口を開いた。
「舞踏会は他の女性を誘う事にしたから安心していいよ」
ジルベールの声は今まで聞いたことがないくらい冷たく、胸がズキリと痛んだ。
口は開くのに声が出ない。
上手く呼吸が出来ず息苦しさを感じた。
何も言わない私を見兼ねてジルベールが部屋を出ようと立ち上がった。
「私を!…」
何とか声を絞り出すとジルベールが立ち止まった。
「私を連れて行ってください!!」
しばらく沈黙が続き、重たい空気が部屋の中を埋め尽くした。
やっぱりダメ…だよね…。
段々意気消沈していった。
「俺と一緒にいるのが嫌なんじゃないの?」
ジルベールの言葉に顔を上げた。
無表情なのは変わらないが声音が先程より柔らかく感じた。
「嫌じゃない!私は…」
緊張で手が震える。
でも言うんだ!
「私はジルと一緒にいたい!!」
緊張からか酸欠になりそうなくらい空気が薄い。
肩で呼吸をしながらジルベールの返事を待った。
沈黙の後フッと笑う声が漏れた。
顔を上げるとジルベールが嬉しそうに笑っていた。
「サラの本音が聞けて良かった」
ジルベールが私の頬に手を伸ばそうとして躊躇った。
「その…触れてもいい?」
私はコクコクと大きく頷いた。
ジルベールは私の頬に優しく触れた。
「随分泣かせたみたいで、ごめんね」
一気に顔が紅潮した。
忘れてた!私、号泣したんだった!!
恥ずかしい!!
顔を両手で覆おうとして防がれた。
「俺を想って泣いてくれたんでしょ?だったら俺に見せてよ」
意地悪か!
「女性は泣き顔とか見られるの凄く恥ずかしいんだからね!!」
絶対目も腫れてるし!
「大丈夫。サラ以外の泣き顔には興味ないから」
やっぱり人誑しだ。
ジト目で睨むとジルベールが可笑しそうに笑った。
「サラの事、妹とか思ってないから。むしろ他の誰よりも女性だと思っているから」
もう無理!
これ以上は私のキャパが崩壊する!!
甘いジルベールに私の頭はショートしたのだった。
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