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甘い時間

「…ここ?」


 私は今、学園から少し離れた所にある上流貴族の生徒達が住んでいる住宅地に来ていた。

 小高い丘に建てられた屋敷はセレブマダム達が自慢するようなちょっとした閑静な高級住宅地と化していた。

 私はジルベールに描いてもらった地図を頼りに住宅地を歩いていた。


 事の始まりは二日前。

 成り行きで舞踏会に参加する事になった私はジルベールから舞踏会の概要を聞いていた。


「大体こんなところかな」


 ここでも二番手が付き纏うのか…。

 この学園は2年制であり舞踏会は全学生対象となるため2年生も参加する。

 しかし全学年探しても一番手王太子ヘンリー、二番手ヘンリーの従弟で公爵家のジルベールを超える家柄は無いという事だ。


「俺と踊る分には心配ないけど…もし他の令息が誘ってきたら「足が痛いので」とか言ってやんわり断った方がいいかもね」


 令息の足が再起不能になる心配ですか。

 まあ私も他の令息と踊って惨事を招くよりは断って済むならその方が助かる。

 そもそも誘ってくる令息もいないと思うが…。


「大丈夫。誘われないように壁と同化するから」

「…それは俺に壁と同化できる衣装を用意しろって言ってる?」


 誘われない可能性の方が高いけど、この前の令息の件もあるし。

 可能であれば…。

 明後日の方向に視線を向けた。

 ジルベールは少し思案して口を開いた。


「そうだな…分かった。あまり目立たない方がいいかもしれないし検討してみるよ」


 まさかの採用!?


「無理しなくていいから!」

「無理はしてないよ。断る方法を考えるより声をかけられない方法を考えた方が、問題が少なくて済みそうだから」


 人をトラブルメーカーみたいに言うの、止めてもらっていいですか。


「あと衣装の採寸を計らないといけないから今度の休みに家に来てくれる」


 家って公爵邸に!?



 そして描いてもらった地図がこの高級住宅街だった。

 絶対公爵邸で無い事は貴族知らずの私でもわかる。

 初めは寮まで馬車で迎えに来るとか言い出したのでそこは丁重にお断りしておいた。

 ただでさえ色んな意味で重たいドレスを用意してもらうのに、これ以上お礼という名の借金を増やしたくない。

 何より他の生徒の目もあるので…。


 何軒もの高級住宅を通り過ぎ丘の頂上付近で立ち止まった。

 これプチ山登りだぞ。

 まあ徒歩で来るような生徒はこんなところに住んではいないけどね。

 頂上は明らかに他とは違う雰囲気がありヘンリーの屋敷と判断出来る。

 その少し下にある頂上よりは劣るといっても他よりも断然豪華な作りの屋敷がジルベールの住まいのようだ。

 流石二番手…。

 呆然と立ち尽くしていると入口の扉が開かれた。


「ルブイン男爵令嬢のサラ様でいらっしゃいますか?」


 屋敷から出てきた男性使用人に思わず背筋が伸びた。


「サラ・イングリット・ルブインと申します」


 カーテシーをすると使用人の目元が緩んだ。


「これはご丁寧な挨拶、恐れ入ります。私はジルベール様にお仕えしております使用人のヴィルマーと申します」


 動きが優雅!

 流石公爵家に仕える使用人。

 教育が行き届いているな。

 というより多分この人私よりも家柄が上だと思う。


「主人がお待ちです。中へどうぞ」


 扉を開けて待ってもらう経験などもちろん無く、ジルベールに会うまで恐縮し通しだった。



「待ってたよ。迷わずに来られた?」


 迷うも何も頂上から二番目の家ですから迷いようがない。

 ジルベールの部屋に案内されて中に入るとソファーに座っていたジルベールが立ち上がった…が、先にキャットが出迎えてくれた。


「キャット!お出迎えしてくれるの?」

「ニャア」


 しゃがんで撫でてやると体を摺り寄せてきた。

 癒される…。

 緊張が解れたところでキャットを抱き上げた。


「迷わずには来られたけど、こんな遠いところから通うのも大変だね」

「歩いて通って無いからそんなに大変でもないよ」


 でしょうね。


「だから迎えを寄越すって言ったのに」


 私の反応にジルベールが苦笑いを浮かべた。


「良い運動になったからいいの」


 そうよ。貴族はもうちょっと歩いた方がいいよ。


「ジルベール様も馬車ばかり使っていたらそのうちブクブクに太るんだから」


 ジルベールは目を丸くした後、声を出して笑った。


「そうだね。肝に銘じておくよ。じゃあ別室に準備させているから採寸だけしておいで」


 抱いていたキャットをジルベールに手渡すと使用人に連れられて採寸が始まった。



 つ…疲れた…。

 採寸が終わると再びジルベールの部屋に通された。


「お疲れ様。お菓子用意しておいたから食べていいよ」


 わーい。甘い物だ。

 テーブルの上には綺麗な彩りのデザートが沢山置いてあった。

 目を輝かせて食べているとジルベールがクスリと笑った。

 何を笑っているんだ?

 首を傾げていると身を乗り出して来たジルベールが私の口元を拭った。


「口元にクリームが付いていたよ」


 お菓子を持ったまま固まった後、ボンッと頭から火を噴いた。

 は…恥ずかし過ぎる!!

 しかも口元拭ってもらうとか…展開がベタ過ぎる!!


「ジルベール様って人誑しだよね…」


 ジト目で睨むとジルベールは首を傾げた。


「人誑しって言われたのは初めてだな」

「こういう事をすると女性は勘違いするものなので止めた方がいいと思います」


 思わず敬語になってしまった。

 パチパチと瞬きしていたジルベールの口元が緩んだ。


「なるほど。じゃあサラ以外にはしないように気を付けるよ」


 もうすでに頭は火を噴いているので、今度は出てきた溶岩で体が溶けそうになった。


「そうじゃなくて…!」


 頭を振って溶岩を吹き飛ばした。

 すると頭が冷えて少し冷静になった私は別の意味を考えた。

 もしかして私は女性として見てもらえていないという事か?

 ズキリと胸が痛んだ。

 そ…そうだよね。

 クリームを口に付けている時点で精々妹的な存在って事ね。

 なるほどなるほど。

 それなら納得できる。

 胸の痛みを誤魔化すように自分に言い聞かせて頷いた。

 それでもこれだけは言わせてもらいたい。

 突然立ち上がった私にジルベールが驚いていた。


「妹だって女なんだからね!!!!!」


 それだけ叫ぶと走って屋敷を飛び出したのだった。



 寮の部屋に戻りボスボスと枕を叩いていた。


「あんな事しておいて妹とか…」


 再び胸が痛んだ。

 何で胸が痛むのよ。

 ちょっと女性として見てもらえていなかったってだけの話でしょ。

 大体私達は親友ポジなのよ。

 それ以上でも以下でもないのに何をそんなに傷ついてんのよ。

 いや、そもそも深入りしてはいけない相手なんだから異性として見られていない今の関係が一番良いんじゃないの。

 そうよ!一番ダメなのは距離感の可笑しいジルベールよ!

 あんなベタな展開にときめかない女子はいないんだから!…多分。

 うがーーーーーーっ!!

 止めた、止めた。

 こんな不毛な時間を過ごすのは勿体ない。


 それにしても…。

 私、挨拶もせずに帰って来ちゃったけど大丈夫だったかな…?





読んで頂きありがとうございます。

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