舞踏会のお誘い
無事試験を終えて解放された私はのんびりと寝転がっていた。
「まさかあんなに上手いなんて反則だよね」
実は試験で私が上手く踊れたのはジルベールのリードが上手かったからだ。
練習の時に足を踏まれまくっていたのは最初からリードし過ぎてしまうと私自身が踊れなくなってしまうからだそうだ。
私を最低限踊れるようにするために足を犠牲にしたとか…申し訳ないと思う反面言い方をもう少し言葉を優しく包んで欲しいものだ。
「でもサラが踊れていなかったらあそこまで上手くいかなかったよ」
それはフォローのつもりか?
でもジルベールのお陰で補習は避けられたわけだし…。
「助けてくれてありがとう」
ジルベールの方に寝返りを打ちお礼を言うとジルベールは口元を手で覆い顔を背けた。
「俺は頑張っているサラを応援しただけだから…」
どうして顔を背けるの?
疑問に思っているとキャットがぬっと目の前に現れ私の顔を舐めた。
「キャット。くすぐったいよ」
起き上がりキャットを膝に乗せると今度は私の手を舐め始めた。
キャットは可愛いな。
キャットを撫でていると視線を感じ、顔を上げるとこちらを見ていたジルベールと目が合った。
「サラは今度の舞踏会どうするの?」
どうするって…それはもちろん。
「不参加だけど?」
学園主催とはいえ、本番を想定した舞踏会だ。
卒業までに格上の結婚相手が見つからなければ恐らく平民に戻される私に舞踏会の経験など不要。
参加したってダンスは平均以下だし、ドレスだって買うためには男爵にお願いしなければいけなくなる。
強制でないのであれば参加しないのがベストだ。
「どうして?参加しておけば本番で恥をかかなくて済むよ」
「私、卒業したら平民に戻るから恥をかく事はないかな」
ジルベールの目が見開かれた。
「平民に戻るって…どうして?」
「そもそも私がこの学園に入学した理由は良い結婚相手を見つけさせる為だから。でも私はそんな父の言いなりにはなりたくないの」
平民の時に苦労していた母を思い出した。
「だってあの人は…母を捨てた人だから…」
ジルベールは何か考え込むように黙って聞いていた。
「何よ。そんなに深刻そうな顔しなくても私は元々平民だし、平民に戻ったところで何も問題ないから大丈夫だよ」
明るく振舞うとジルベールが真剣な眼差しを向けてきた。
「サラ。やっぱり舞踏会には参加しなよ」
「え?」
「平民に戻ったら貴族の舞踏会なんて経験は出来ないよ。それにこの経験がもしかしたらサラの人生を変えるきっかけになるかもしれないし、参加して損はないと思う」
「でも…ドレスだって買わなきゃいけなくなるし…」
「その心配はいらないよ。俺が用意するから」
目が点になった。
ドレスを用意するって…そんな色んな意味で重たいモノはいりませんから!!
「そんなことしてもらわなくていいよ!!そもそも参加するつもりもなかったし!!」
「別に無償だとは言っていないよ」
ですよね。
「俺と一緒に参加して欲しい」
それってパートナーになれって事!?
クラスの中だけでもあの反響だったのにそれが学園中となると恐ろし過ぎる!
「無理!!」
両腕で大きくバツ印を作った。
「そんなに拒絶されると傷つくな…」
溜息を吐いて悲しそうな表情を浮かべるジルベールに胸が痛んだ。
「ごめん…でも…」
チラチラとジルベールの顔を窺いながら躊躇っているとジルベールが立ち上がった。
キャットはジルベールに駆け寄って行った。
「じゃあ、気が向いたら声かけてよ」
キャットを抱き上げて行ってしまった。
取り残された私は何だか自分が傷ついたような複雑な気持ちになっていた。
翌日。
昨日のジルベールの反応が気になって授業にも身が入らない時間を過ごした。
破滅系ヒロインになりたくなくて空気のように過ごすと決めていたのに、気が付いたらジルベールと仲良くなり挙句ダンスまで踊って目立ってしまった。
それなのに…私、ジルベールと一緒にいる事が嫌ではなくなっている。
本当に私は破滅系ヒロインなの?もしかしたらただの思い過ごしで実際はヒロインでも何でもないかもしれない…そう、最初に言ったモブとか。
それならジルベールと一緒にいたって怯える必要はないわけだし。
いやいや。結局平民に戻るならあまり仲良くし過ぎないに越したことはないでしょ。
ジルベールの悲しそうな顔を思い出した。
私、どうしちゃったんだろう。何だか自分の気持ちがよく分からない…。
昼休みになり昼食を食べようと廊下を出たところで声をかけられた。
「ルブイン男爵令嬢。今度の舞踏会、私と一緒に行って頂けませんか」
顔を上げるとそこにいたのは…。
誰??
廊下を歩いていた女生徒達が色めき立った。
いやいやいやいや。全く知らない人に誘われても気持ち悪いだけですから。
「あの…私、今度の舞踏会は参加しないつもりですので…」
断ろうとした瞬間、男の表情が一変した。
「こんな場所で断るとか僕に恥を掻かす気か?」
ドスの効いた小声で脅して来た。
一人称が『私』から『僕』に代わるようなお坊ちゃんなんか怖くないけどね。
それにしても勝手に誘ってきて随分な物言いだな。
どうせ元平民の私なら簡単に誘えるだろうとか思ってんでしょ。
私は背筋を伸ばすとニッコリと笑って見せた。
「失礼致しました。まさか私のような元平民しか誘えない方がいらっしゃるとは思いませんでしたので」
周りの生徒達がクスクスと薄ら笑いを浮かべた。
男は慌てた様子で周囲に視線を送った。
生徒達は視線を逸らして笑うのを止めた。
これで終わると思うなよ。
私はさらに畳みかけた。
「けれど困ったことに私、貴方のお名前すら存じ上げませんの。学園は覚える事が多いので必要最低限の情報しか覚えないようにしているものですから」
つまりお前は不必要な情報だという意味である。
生徒達が吹き出した。
男は真っ赤な顔で全身を震わせた。
「お前!いい気になるな…ひっ!」
飛びかかって来そうな勢いのあった令息の顔が真っ青になったと思ったら誰かの手が私の肩に回された。
「悪いけど。彼女は俺と一緒に行く約束をしているから他を当たってくれるかな」
見上げると隣にジルベールが立っていた。
令息はコクコクと大きく頷くと早足でその場を立ち去った。
「ごめんね、サラ」
チラリとジルベールの方に視線を向けると立ち去る令息の後姿を見送っていたジルベールが苦笑いを浮かべた。
「皆の前でサラと行くって言っちゃったから、サラが一緒に行ってくれないと一人で参加しなきゃいけなくなっちゃった」
…え?
「ごめんね」
極上スマイルを向けられた。
それはつまり…強制参加って事ですか!?
「心配しなくても迷惑をかけたお詫びに準備は全て俺がしておくから、サラは参加してくれるだけでいいよ」
頬が引きつった。
これ…確信犯というやつではないですか…。
「それにしても嬉しいな…」
ジルベールが私の耳元で囁いた。
背中にゾクリと悪寒が走った。
「サラの必要最低限の情報の中に俺は入っているんだね」
耳を押さえながら真っ赤な顔で見上げるとジルベールは不敵に笑って去って行った。
私にとって一番厄介なのは礼法の授業でも面倒な令息でもなくジルベールかもしれない。
読んで頂きありがとうございます。