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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トイ・ウォーズ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 オイオイオイオイ、なんだよこの、しっちゃかめっちゃかは!

 確かに、時間になったら終わりにしろとはいったさ。だが片付けを一切しないで、終わらせる奴があるか、普通? これらをかたすのは、誰の仕事になるんだっつうの……。

 悪いが、ちょっと手を貸してもらえるか? ありがてえ。

 

 つぶらやはさ、後片付けをしなきゃいけない理由って、どんなものだって教わったよ?


 ――けがをする恐れがあるから。次に使う人が探すのに手間がかかるから。その探すコストが無駄を産むから。


 まあ、もっともな理由だよな。

 自分さえよけりゃいい、とばかりに、立つ鳥後を濁しちまうようだと、周囲の評価はがた落ちだ。仕事を増やされたら、いやな顔をする人のほうがこの世には多いだろう。

 だがよ、おおっぴらにされないだけで、本当は違う理由が隠されているかもしれないぜ?

 掃除しながらで構わねえ。ちょいと、耳にはさんでおかねえか?



 俺が小さいころは、いとこたちがよく家族連れで遊びに来てくれた。

 ゴールデンウィークのような連休だったら、ほぼ確実だな。おじさん、おばさんがついてきてくれることもあるが、まれにいとこ本人たちのみでやってくることも。

 どうも俺たち縁者の中だと、俺んちが一番スペースが広いみたいなんでね。ここぞとばかりに遊ぶ。


 当時は、ミニカーやフィギュアが大流行していた時期でさ。俺もそこそこはまっていたけれど、いとこの中に熱狂といっていいくらいに、のめり込んでいる奴がいた。

 特撮とかアニメもののフィギュアなら、名シーンの再現から、本編で見られなかった夢の共闘シチュエーションの実現。たとえそれが原作のない、汎用的なフィギュアだったとしても、アドリブでドラマを構成して、それを実現せしめようとする、こだわりがあった。

 完全に現場監督ではあるが、あくまで自分が操る範囲での話。付き合う俺たちが、たとえプランに沿わない動きをしたとしても、「ハプニングはよくあること」と許すくらい懐が広い。


 そしてある年の新年。お前も知っているだろう、大ヒットした戦争映画の影響をもろに受けてな。ビニール袋を引っ提げて、年明け早々に俺たちの家へ乗り込んできた。

 中身は戦車に戦闘機に、山などで凹凸のついた折り畳み式の地図。くわえて、もはや親指に足らぬほどの大きさしかない、ソルジャー、ソルジャー、ソルジャー……。

「某人生の遊びか?」とも思える、力の入ったものぞろい。ソルジャーそれぞれも旗持ち、ライフル持ち、バズーカ持ちなど、細かい芸が施されている。


「今回はこいつで、戦争ごっこだ!」


 そう告げるあいつの顏は、今まででも指折りに輝いていたっけな。



 とはいえ、しょせんは素人のやること。

 映画で見たシーン以外は、天候その他の不確定要素を省いた、大混戦を展開するよりない。

 俺か? 俺は両軍が戦っている上を飛び回る爆撃機役がメインよ。

 ときに「落下傘らっかさん部隊!」とか言いながら、あらかじめ機体に乗っけておいたソルジャーたちを、降下させたりしたがな。まあパラシュートが開くわけでもなし、実質的には、降り注ぐ人間爆弾に過ぎなかったけど。

 

 やがていとこが帰る時が近づくが、思いもよらない提案を俺は受ける。

 この戦争道具一式、次に遊びに来るまでに預かっておいてくれないか? とのことだった。

 聞くに、近々引っ越しをすることが決まり、荷物を整理しているのだという。少しでも運ぶものは減らしたいが、こいつらを処分するのは忍びない。引っ越しても、またこの家に来る時には使うから、持っていてくれないかと。

 幼かった当時でさえ、ずいぶん勝手な頼みごとだと感じたよ。でも、フィギュア熱はまだ冷めやらぬ頃だったし、預かっている分には自由に使っていいという許しも得た。

 いとこが帰ってからも、同じ楽しみを持つ学校の友達を家に呼んだり、呼ばれたりしたときには、あのグッズの出番だった。

 数が多いということも幸いしてね。他の作品のフィギュアを混ぜ込んで、怪獣対地球防衛軍のような図式を示すことも可能。汎用性の高さに、俺たちは時間さえあればフィギュアでの遊びを楽しんでいたよ。

 

 それに転機が訪れたのは、数ヶ月後。

 このソルジャーたちは、もともとポリプロピレンの収納かごに入れられ、押し入れにしまわれていたんだが、そのうち片づけをするのが面倒くさく思えてきちゃったんだ。

 俺自身が今までにも増して、熱中し出したこともあって、常に部屋の隅にはこいつらが鎮座しているという状況。

「ちゃんと片付けなさい」と親に注意されたことは数知れず。それでも取り出す手間を想像すると、一気に萎えてしまう俺のテンションが、それを聞き届けることはない。

 結局、迷惑のかからない位置に固めて、シーツなりを被せるくらいで妥協してもらったんだ。



 それから数日後。俺は家の中でけがをする。

 あのフィギュアたちの前を通ったとたん、いきなり足に痛みが走ったんだわ。

 くるぶしから太ももにかけて伝う痛みは、ミミズばれをかき壊したような、赤い斑点を帯びた筋となって浮き上がる。

 何なのか、すぐには分からなかった。でもワンテンポ遅れて、俺の鼻へ飛び込んでくるのはかすかな煙の臭い。花火が終わった後の臭いをいくらか薄めた感じに思えたんだ。

 出どころを探ってみると、いっそう臭いが強まってくるのは、あの被せたシーツの下から。それもシーツそのものも、よく見ると小さな穴がぽつぽつと開いている……。



 シーツを取り抜けた俺は、思わず尻もちをつく。

 中に転がしていたもののうち、ライフルを持ったソルジャーたちが一斉に起立。俺が先ほどまで立っていた地点めがけて、その銃口を向けていたんだ。

 いつも折りたたんだ地図の中へ適当に転がしていたはずなのに、その地図の上で整然と立っている。


 ――人形たちに、狙撃された!


 完全にびびった俺は、すぐさまこいつらの入っていた袋を探る。

 外に出していたら危ない。こいつらの弾が届かないような壁の向こう。それは押し入れの中だ。

 とっさにそう判断した俺は、奴らの銃口の脇からどんどんフィギュア一式を詰め込んでいく。

 もうこいつらで遊ぼうなんて気は起きなかった。一刻も早く隔離して、いとこになんとか突き返してやらなきゃ。そんな気持ちでいっぱいだったんだ。


 だが、ようやくことをすませ、以前までこいつらがこもっていた押し入れの戸を開くや、黒い影が胸に飛び込んできた。

 容赦なく腹にめり込んできたそれは、至近距離からのデッドボールのごとき衝撃。たまらず仰向けに倒れた俺の胸へ乗っかってきたのは、毛むくじゃらの物体だった。

 姿は猫に似ていたが、あまりに長く生えた体毛が全身を覆い、俺の服をしきりにさわさわとこすってくる。抱えられそうな大きさにもかかわらず、とてつもなく重くて、俺の息が止まってしまいそうだった。

 息さえも止められかけて、まともに声が出せない。そうこうしている間に、胸の奴は前脚を大きく振り上げる。らんらんと光る金色の瞳の横で、何本もの銀色の爪が飛び出した。

 次は簡単に想像できる。あれで、俺の身体をえぐるつもりだ……!。



 その猫の身体から、とつぜんいくつもの破片が飛び散った。

 毛をつけたままの真っ黒なかけらは、地面に落ちることなく宙を漂い、ほどなく消える。そして俺の鼻は、またも煙の臭いを嗅いだ。

 かろうじて目を移す。倒れた拍子に脇へ転がったフィギュアの袋には、シーツと同じ無数の細かい穴。半透明の幕の向こうでは、確かに寝かせたはずのライフル部隊が立ち上がり、俺の上の猫に狙いを定めていた。

 猫が袋を見ようとしたが、もう遅い。向きかけた頭の部分が、先ほどの体の部分と同じように弾け飛ぶ。ぐらりと傾げ、俺の上からずれ落ちた猫だが、そのカーペットの上に着く前に全身が霧散してしまったのさ。



 ひょっとすると、あのフィギュアたち。俺が預かって以来、押し入れの向こうであいつが外に出るのを、防ぎ続けていたのかもしれない。

 それが久しく戻されなかったことで、俺の足を目掛けて射撃練習を行ったんじゃないかねえ。

 結局、次に遊びに来たいとこは、あれほどのめり込んでいたフィギュアに、さほど関心を示さなくなっていた。

「良かったら、もらってくれてもいいよ」という言葉に甘え、俺の実家の押し入れの片隅に、相変わらずあいつらは陣を張っているのさ。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] あまりこういった遊びはしなかった私ですが、遊んでいる光景がありありと描かれていて、とても面白かったです! ふふふ、このお片付けも自分的にはそれがベストな状態なのに、母親から見たらまださがれて…
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