花と拡声器
≪あーあー、マイクテスト、マイクテスト≫
唐突にそんな声が響いた。
≪あっあー、きこえるー?≫
振ってきたのは、随分と気怠げな少女のものだった。
≪んー、聞こえてるみたいだね≫
そう言ったノイズ混じりの声は一拍置くと、
≪“It's fine today”≫
その声だけ異様に圧を感じた、そう思ったその瞬間
世界の色が反転した。
「知らない?『本日は晴天なり』って」
×
顔を上げると、目の前に女の子が立っていた。
「あらまーなんとも言えない残念な顔」
けらけらと笑う顔は悪意があるようには見えなかったが、随分と失礼なヤツであることは分かった。
「まーまーそんな怒んなさんな。私は君に交渉をしにきたのだよ」
えっへん、と言いたげに腰に手を当て胸を張る。
「君ってば残念な事に、素質を持ってるみたいでさー」
そう言うと女の子は赤い花のバッジを取り出した。
「『苗字と名前に花の名前を持つ魔力の高い者』、って見事に当てはまってるでしょ?」
苗字と同じ花は夕陽を受けて輝いていた。
×
「とりあえず君が何に選ばれてしまったのか、何をしなければならないのか、とか諸々について教えてあげよう」
そう言って女の子は指を鳴らすと、黒い人間のような姿をした何かが現れた。
「君は、『罪を断罪する者』として運命の大樹に選ばれて、『罪を負った者達を断罪する』義務が課せられてしまったんだ」
人型であるが曖昧な関節や、時折ゆらりと揺れる様子がまるで影のようだった。
「これは『罪』と呼ばれるやつでね、人に取り憑いちゃうんだよ」
深刻そうでもなく、友人に『アイツすぐ転んじゃうんだよねー』と世間話をするような普通の顔で言った。
「憑かれた人間は、……まあ罪の種類と重さにもよるけど、最終的に『罪人』になってしまうんだ」
一歩後ろに下がって並び立つと、黒いソレに手を翳し、『罪』を消した。
「君には『罪』と『罪人』を断罪して欲しいんだ」
にっこりと屈託の無い笑顔でこちらを見る。
「ああ、もちろん『断る』なんて言わせる気は無いし、言っても許可されない」
女の子は赤い花のバッジを手渡した。貰うのを避けようとしたが両手でがっちり掴まれて、無理矢理握らされてしまった。かなりの力だった。
「君はそういう役割が与えられてしまって、それを全うする以外に君に与えられた選択はないんだよ」
何で自分が、と女の子を見ると、笑顔をすっと引っ込め、少し真面目な顔つきになった。
「だから、『交渉しに来た』と言ったじゃないか」
何の、と訊く前に女の子は答える。
「『君がこちらに協力する代わりに、こちらからも何か提供しよう』という交渉さ」
『交渉』という割には高圧的な態度だ。
「何と今なら、『何でも1つだけ願いを叶える』ってのも付いてくるよ」
わーお、お得。と自ら歓声をあげた。
その前に、と女の子は人差し指を立てる。
「残念ながら『役割を放棄する願い』と『願いを増やす願い』は、不可だ」
心の中を見透かされたようだ。
「他にも色々出来ないこともあるんだけど、よく考えた後でいいよ」
『考えろ』と言われても、口頭での約束ならどうとでも出来るだろうから快諾は出来ない。
「ああ、安心してよ。約束は反故にしないから」
それでも無言でいると、
「……疑り深いなあ。『絶対』だよ。……この命を懸けたっていい」
そういうなり、少女は虚空から光る紙とペンを生み出した。
「それだけ、私も本気だってことだよ」
そして、『それだけ君への期待も大きい』ってことだ。