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『レイプとは何か』を、僕は知らなかった。

『傷だらけの関係を君と』の番外編です。

 大学3回生の4月。

 僕は1人になった。



「あれから大丈夫ですか?」



 大学の正門横にあるカフェテリアにて。

 目の前に座る女性に気遣われ、僕はただ恐縮して頭を下げた。

 その女性は、僕より長身で手足が長く、中性的というよりもイケメンと言った方が似合う容姿をもつ、僕の1つ下の2回生の女の子だった。その名を三条和希(さんじょうかずき)さんという。



「いえ、僕自身は、特には」



 年下だけど、彼女に対して僕は敬語を使う。


 僕が1人になったのは、自分が所属していたサークルを、先日、崩壊させたからだ。

 大学に入学してすぐ入部し、ついこの間まで、大切な仲間だった、僕の居場所だった場所を。

 学部やクラスに友達らしい友達のいなかった僕は、仲間をみんな失ったばかりか、多くの敵まで作ってしまった。

 三条さんは、その敵たちに何かされなかったかと、そう聞いているのだ。



「…………ところで、三条さんは、僕が恐くはないのでしょうか?」


「恐いと思われるほど、ご自身が強いとお思いですか?」


「いえ。でも、三条さんは……」



 性被害者なのですよね、と言葉にしかけて、周囲に人がいる場だと気づいて、やめた。

 女性の多くはこどもの頃から性被害に遭い始めるそうだから、厳密に言えば性被害者じゃない女性の方が少ないのかもしれない。

 三条さんはこどもの頃にかなり重い方の性被害にあったと、僕は聞いている。



「これを、三条さんにきいても、仕方ないのかもしれないのですが……」


「聞きますよ。どうぞ」


「僕には、何ができると思いますか?」



 性被害者の人に、加害者が、甘えたことを聞いている。

 自ら、直視する勇気もないくせに。

 僕が何をしたのか。

 自分が彼女たちに、一体なにをしたのか、を、直視する勇気もないくせに。


◇◇◇


 戻れるものなら2年前、僕が新入生だった、あの新歓コンパの夜に戻りたい。

 もし戻れるなら、あの女の子たちが酔い潰されないように気を付ける。

 それがとめられなければ、無理矢理にでも先輩たちをとめる。

 どうして時計の針を巻き戻すことはできないんだろう?



 新歓コンパの4次会。

 童貞かつ交際経験もなく、それどころかほとんど女の子としゃべったこともなかった僕は、セックスに至るまで何が必要で何が起きるのかも知らなかった。


 いつのまにか未成年なのに酔ってしまって気が付けば目の前に、酔いつぶれた女の子がいて、お前の番だとつつかれた。


 なんでこうなっているのかがわからず、驚いて戸惑ったら、先輩たちに笑われた。



『こんなの誰でもやっていることだって』

『酔いつぶれるぐらい飲むなんて女のOKサインだろ?』



 性教育で習ったのは、各部位や器官の名称が主で、女の子の<なか>に<あれ>を入れて、受精すれば妊娠、ということだけ。

 レイプという言葉は知っていたけど、殴ったり蹴ったりしながらするもののことだとぼんやり認識していた。

 準強姦、レイプ、という言葉と、自分がやっていることが結びつかなかった。



 僕たちは彼女の事情おかまいなしに、彼女のからだに土足で侵入して踏みにじった。



 いまの自分ならまともに受け止めたりしなかったのに。

 いまの自分なら、それがレイプだって、気づけたのに。

 あのとき、そういうものなのか、と思ってしまった。

 こういう場にいられて、童貞を卒業できるなんて、ラッキーなんだと思ってしまった。

 あの日の僕を、どうしたら殴れるのだろう。



 自分が、セックスした―――と思っていたが実際にはレイプした―――女の子は、その後サークルには来なかった。



 なんでだろう?ともやもやしていたけれど、結局僕はわかっていなかった。

 そして、翌年の新歓コンパでもまた、同じことが起き、僕はそれに加担した。


 そして先日、僕は、ようやく2年かかって、自分がしたことがレイプだったということに気づいた。

 それもほんの偶然だった。

 過去の性加害事件の事例を知って、それが、自分がやったことと同じだったと気づいた、という。


 取り乱し、自分に絶望した僕は、三条和希さんの協力を得た。

 多少手荒になってしまったけど、新歓コンパを止め、サークル全体に、新歓コンパで起きていた凶行を告発する。

 結果、サークルはまもなく解散になった。

 多くの部員たちに憎まれ罵倒されながら、どうにか次の被害は出さずに済んだ。


 でも、僕がしたのは、善行でも何でもない。

 さらなる被害を、止めただけ。


 僕の被害者たちに何が起きていたか。

 そしていま何が起きているのか。


 彼女たちには、会いもしていないし謝罪もしていない。

 そもそも、連絡だってとれない。

 どこの学部かもわからない。

 顔もほとんど覚えていない。

 きっと連絡を取れたとしても僕の顔なんてきっと見たくもないのだろうけど。


 そんな、ゴミみたいな加害者が、被害者に、いったい何を償えるのだろうか?



◇◇◇



「まずは、最低限お金を稼げるようになることじゃないですか?」



 三条さんから返ってきた言葉の意味がわからなくて、僕は首をかしげた。



「慰謝料を……払うってこと、ですか?」


「ひとつには、そうですね。

 いつか被害者が、謝罪と慰謝料を求めることができるようになったときに、充分な額を払えるように。

 私の経験上ですが、人間、性被害に限らず、大きな被害に遭うと、可視化しづらい多大なコストを長期間に渡り払わされ続けるので。

 時間と、お金と、エネルギーと」


「通院費……とか……」


「自分の経験外のものも含めて、ざっくり女として想像できる範囲でいいますが……

 緊急避妊の薬を飲んだ場合は診察料金と薬代。

 中絶が必要になった場合はその費用。

 通院は、精神面が重いと思いますが、あと、体に怪我を負ってその治療にお金がかかる場合もありますね。関節とか局部とか。

 で、治療でなにがしかの薬を飲んでいる間は妊娠ができないので、こどもを産むのも遅れます。

 大学に通えなくなって退学というケースもあるでしょう。

 あとは、身辺の警戒のための費用だとか。

 望んでいた仕事につけないなどのケース……

 まぁ、裁判所が認めるのは可視化できた範囲でしょうけど」



 僕は、静かに聞いていた。

 そういう観点で性被害をとらえたことがなかったけど、性被害を受けた人が(少なからず男性も含まれるそうだ)現在進行形で支払っているコストなのだという。


 僕は結局被害者に会っていないから、どういう状況なのかは掴めていない。ダメージがどれぐらいあるのか、当時治療を受けたのか、今でも必要なのか。。。


 でも、たとえば緊急避妊や精神科への通院のコストも含めた充分な額を支払うならば、僕はしっかりと稼がなければならない。



「ただ、被害者が被害を自分のなかで整理するのに、時間が必要になるかもしれないです。

 場合によっては、何十年」


「……はい」



 だから、請求されたいつか、のためということか。



「それでは、きっと、いまの彼女たちには無意味なんですね」



 そう、三条さんに僕は言うと、確かにそうですね、と三条さんは返した。

 いつか金を払ったとしても、一番つらいときには、何もできないのだ。



「ひとつには、ということは、ほかにも理由が?」


「ええ。次に、私が挙げるつもりだった、ストレスコントロールとも絡んできます」


「ストレスコントロール?」



 三条さんが次にあげたそれもまた、よく意味がわからなかった。


 贖罪とストレスコントロール、なんの意味があるのだろうか。

 むしろ加害者が少しでも罰を受けて苦しむことこそ、被害者もその周りも、望むのではないか?



「ストレスコントロールをするということは、自分で自分をコントロールできる状態に置き続けるということです。

 極論を言えば、それができない人間は、いつ加害者になってもおかしくない。

 自分を加害者にしないことこそ、確実に、世の中の悲劇を減らすことのひとつではないでしょうか?」


「……………………」


「たとえば、自分に罰を与えるつもりで自分自身をいじめぬいて、結果、精神を壊して、自分で自分をコントロールできない症状になったとしたら? そうしたら、今度は人を殺してしまうかもしれない。意味がないですよね」


「……そうですね」


「想像できないかもしれないですけど、メンタルが壊れて自分が自分でコントロールできない状態、とても恐ろしいですよ」



 ならば、僕は、死を選んだほうが確実に無害なのではないか?


 そう思ったことが、僕の顔にもすぐ出たらしい。


「死を選ぶことは、無害ではすみませんよ」


と三条さんが言う。



「あなたが死ぬことで傷つき苦しむ人間がいるでしょう。

 迷惑をこうむる人間もいるでしょう。

 もしかしたらあなたがいるから救われていた人間が、気づかないところでいるかもしれない。

 誰かの溜飲を下げてあげるために、それらの人の存在を無視しますか?」


「……………………」


「あなたは、生きないと、何もできない。

 何かしたいなら、生きるしかないんですよ」



 つまり、結局、お前にやれることはない。

 そう言われている気がした。

 事実、そうだった。


 余計なことをしてはいけないんだろう。


 ああ、もう、なにも思い付かない。


◇◇◇


 三条和希さんと離れ、僕は、ふらふらとカフェテリアを出て、歩き出す。


 あれから、自然と目につくようになった、ゴミを拾った。

 倒れた自転車を、立て直した。


 何もできないことを悩み尽くして、考えは何周も回って。

 じゃあ、確実に誰かに迷惑をかけないかたちで人に優しくすれば、人を傷つけずに世の中にいいことをすれば、回り回って被害者に何かが届くんじゃないか、というありふれた結論を、また出した。いったい何回目。



 あの夜に戻りたいと何度思っただろう。

 どれだけ罪を嘆いても、時計の針はもう戻せない。



 何をしても、おそらく100%意味のない贖罪。

 自己満足にすら届かない。

 何かしたいなら、生きるしかない、というのなら。

 僕には、こんな僕でも、こんなゴミクズみたいな僕でも、生きるしか選択肢はない。


 三条さんに言われたように、経済的な力をつけて、自分をとにかくコントロール下においておこう。

 いつか、何かができる時がくるかもしれない、という願いだけを胸に。







 ――――――――ごめんなさい。



【了】

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