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こうして桃太郎(?)になりました

作者: ました

1/30 誤字脱字修正

 これは私(男子高校生)が家に帰るまでとそれから少しのお話です。






 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが暮らしておりました。


 ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。


 おばあさんがいつものように洗濯をしていると、川上からどんぶらこと人の背たけほどもある桃が流れて来ました。


 おばあさんがおどろいているうちに、桃は、川の中の岩に当たってあれよあれよとおばあさんが洗濯をしている浅瀬へ流れて来ました。


 おばあさんは思わず「あれまあ」と言いました。桃が洗濯物を入れた桶に当たって止まったせいでした。おばあさんはもちろん慌てて洗濯物を集めたそうです。


 洗濯物を集め終わったおばあさんは、どうしたものかと桃を見上げました。


 おばあさんは集落の誰よりもおっとりしていたので、いつもいちばん最後まで洗濯をしていました。そのためまわりにはすでに誰もいません。


 おばあさんがおそるおそる桃をかかえると、思わぬことに持ち上がってしまいました。





「こんなに大きい桃なのに、きっと種が入っていないんだねぇ」





 おばあさんはそんなことを言って、洗濯物をタスキで体にくくりつけ、桃を持って帰ることにしました。


 川からおばあさんの家へ帰る途中には、もちろん家がいくつかありましたし、大きな桃をかかえるおばあさんを見た人はもちろんみんな声をかけて来ました。


 しかしおばあさんが「半分もあげようか」と言うとみんな遠慮しました。





「そんなに大きいんじゃ、大味で美味しくないんじゃないかねぇ」


「軽いんならスでも入ってるんだろうし」


「桃は傷みやすいからねぇ、うちの子がお腹こわさないか心配だよ」


「ははは、あたしはいいよ。おじいさんとたんとお食べ」





 みんながそんな調子だったので、家につくまで桃の重さは変わりませんでした。持ち上がるとは言っても、家に帰ったころにはおばあさんもさすがに疲れたそうです。








 おばあさんが帰って来てからおじいさんが帰るまでには、そう時間はかかりませんでした。


 おじいさんは、はじめそれがなんだかよくわからず、次におどろき、さらに持ち上げ、最後には無我の境地となり「そう言うものなのだ」と桃を受け入れました。


 とりあえず夜に食べることにしたふたり。夜になり、軽く夕食をすませて、桃を切り分けようとしました。


 とんっと思い切って包丁をいれ、刃がすべて果肉に埋まったとき、まばゆい光でおじいさんとおばあさんはあたりが見えなくなりました。






 ふたりに子どもはいませんでした。


 昔は子どもがほしいと思っていたそうです。


 なぜ子どもができないのか悩み、苦しい思いもしたそうです。


 それでも夫婦でいれば幸せだと思えたことから、子どもができない悲しみを乗り越え仲睦まじくやってこれたそうです。


 今では集落の若者みんなが子どもであり孫だと思っていると言いました。






 一方で私はなにをしていたかと言えば、高校から下校中でした。帰宅部です。帰宅部の活動を実行中でした。


 一般的な会社員の家に生まれ、両親は共働き、両祖父母とは別の家でしたが、盆暮れ正月に会いに行くような、そんな家です。


 帰宅部の活動中、私は歩道に魔法陣が書かれていることに気が付きました。よく魔法少女で想像される二重丸を基礎としたたぐいのものです。


 アスファルトにチョークのようなもので残されたそれは、厨二病患者かアニメ好きのおませさんのしわざだと思いました。


 歩道の真ん中、と言うより、端から端までを使った大作を仕上げた犯人はすでにおらず、わざわざ避ける必要性も感じないそのラクガキに、私は迷うことなく足を踏み入れました。


 両足を踏み入れた瞬間、と言うより、足もとのそれが光った瞬間、私は察しました。「あ、これなんかヤバい」と。


 厨二病的な察しではありません。おかしな動画共有サイト登録者のおかしな企画かなにかだと思ったのです。実際は厨二病のほうでした。もっとよくありませんでした。


 かくして私は桃のなか(?)へと強制転移させられたのでした。


 おじいさんとおばあさんがふたたび目を開いたときには、種のない、半分に割れた桃のそのうえで、尻もちをついている学ラン姿の私がいたのでした。





「あれまあ」





 おばあさんの当日2度目となる言葉でした。








 ふたりは私を温かく迎え入れてくれました。話を聞いてくれて、風呂をわかしてくれて、服をかしてくれて、さらにみんなで桃を食べました。ちなみに桃は普通においしかったです。


 その後、私は桃太郎と名付けられ、ふたりの子どもとして一緒に暮らすことになりました。


 はい、私としても意味がわかりません。


 ふたりの子どもとして、は、べつにいいのです。


 家に帰る方法がわからない私に、家族としてここにいていいと言ってくれたふたりの心の温かさには感謝しかわきません。


 しかし私には名前があります。両親が名前をつけていますし役所に出生届を出すためには必要です。


 経緯は単純でした。おじいさんとおばあさんには、私の名前が発音できなかっただけです。


 桃太郎と名付けられた瞬間に、私は「もう桃太郎じゃん」と思いました。


 はい、薄々感じてました。


 桃のうえだし、桃でかいし、おじいさんとおばあさんだし、平屋の日本家屋だし。少しだけ「桃太郎かよ(笑)」と思ったりもしました。それでも本気じゃないですからね? わかりますよね?


 とりあえずその日は神さまに祈って眠りにつきました。私が桃太郎とか、なにかの冗談でありますように。と、もちろん日本神話の神アマテラスオオミカミさんあてです。


 次の日も私は桃太郎でした。コノ世界ニモ 神様ハ イナイヨウダ。








 私が桃太郎と呼ばれはじめて数か月がたち、食べきれなかった桃を肥料にした畑でたくさんの穀物が実ったころ。私は鬼退治に行くことになりました。


 私の意志ではありません。となりのおばちゃんの策略です。


 ミヤコで鬼退治の有志を集めていると言う話で、背たけもいいんだから行ってこいと言われました。


 この世界では私は背が高いのです。栄養失調ぎみな食生活では現代日本人のような十分な背たけにならないのも無理はありません。


 しかしここで鬼退治なんて行ったらそれこそ桃太郎です。嫌です。「呼び方のみならずがキサマ」と言った気持ちです。


 しかしとなりのおばちゃんは鬼よりも強靭な意思の持ち主かと言ういきおいで、おばあさんに大声で伝えました。





「桃太郎ちゃん、鬼退治に行きたいってぇ!!」





「俺はそんなこと一言も言ってない! えん罪だ!」そんな私の心の叫びは、誰も聞いていませんでした。


 その日の夕食のとき、私はおばあさんとおじいさんにとどめを刺されました。





「桃太郎が行きたいなら、わたしは行かせてやりたいと思っているよ」


「わしもだ、桃太郎」





 おばちゃんの衝撃の誤報の直後に鬼退治には行きたくないとフォローを入れたものの、本当は行きたいのだと勘違いしたふたりに、かたい決意をにじませてそう言われました。


 私がここで行かないと言えば、ふたりは遺恨を残すと思いました。


 例えば私が畑仕事をしていても「桃太郎が行かなかったのはわたしたちのためだわ」とか、または柴刈りに行っても「わしがうまく話を出来ていたら、生きたいように生きていただろうに」と思うのでしょう。


 「ふたりは俺を追い出したいのか」とでも言えばそんなことは思わずに済むかもしれませんが、ふたりをとても大切に思いはじめていた私にはそんなことは言えませんでした。


 私は言っていました。





「わかった。でも、鬼退治が出来ずに逃げ帰って来ても、また家族として、迎え入れてくれますか……」





 おじいさんとおばあさんは笑顔で「あたりまえでしょう」「桃太郎なら大丈夫だ」と言いました。


 そしてすばやく話は広まり、村人一同に見守られて、おばあさんのキビ団子と、おじいさんのお古の鎧を手に、ミヤコへ行くはめになりました。


 ほとぼりが冷めるまで1ヶ月はかかるでしょうか。


 短期間で帰ってこようとおじいさんおばあさんに伏線まではったのに、魔法陣から名前から、人生は思い通りに行かないものです。


 それでも私はまだ、鬼を退治しないことをあきらめたりしない。と、決意を新たにしていました。








 ほとぼりがさめるまで時間をつぶそうと考えているうちに、犬が仲間になりました。


 いえ、正確には人間です。


 名前はイヌイさんです。衣服や動きで金持ち武士とばればれなために盗難にあい、さらに行き倒れているところに私が通りすがりました。


 彼は私の足をつかんで言いました。





「食べもの……」





 もちろんキビ団子以外に食べものがあればそれをあげようとしました。残念なことにキビ団子しかありませんでした。


 キビ団子をあげた犬、もとい、イヌイさんが仲間になりました。


 彼いわく、恩返しをするために一緒にいるのだそうです。








 またしばらくヒマをつぶしていると、イヌイさんが自分の荷物をうばった窃盗犯を見つけました。


 窃盗犯の彼は言いました。





「金はあるところからろとって来るもの」





 つかまっている状況で軽口を言うことに私は感心しました。イヌイさんは衝撃を受け、絶望しました。


 その後、話をしたところ、イヌイさんが行き倒れるとは思っていなかったそうです。おわびをするために彼もしばらくついて来ることになりました。


 窃盗犯のシンが仲間になりました。しかもキビ団子いらずでした。


 ……いえ、正確にはキビ団子は渡しました。


 私が手渡したかっぴかぴのキビ団子を投げつけて、悪人から女の子を助けていました。


 食べずに仲間になりました。


 なぜキビ団子を渡してしまったのか自問自答せずにはいられませんでした。答えは単純に、投げやすそうだったからです。








 この世界のキビ団子は保存食です。


 どんなにかっぴかぴのがっちがちになったキビ団子も、ゆでたり焼いたりするとそれなりの団子に戻ります。おもち的なやつでした。


 つまりシンにあったときには石のようにかたかったキビ団子も、たき火で焼けばおいしい団子となります。


 そんなキビ団子をみんなで焼いているとき、髪の長い子が興味深そうにキビ団子に見入っていました。


 雉です。さきに言います。人間ですが彼は雉でした。


 雉は言いました。





「それは食べものか」


「これはキビ団子と言う食べ物です」


「それはなぜふくらむのだ」


「水が水蒸気になるから?」


「この硬い外皮を割れば水が入っているのか」


「分子レベルでとりこんでいると思います」


「ぶんしれべる、とはなんだ」





 そうして雉が仲間に……いえ、長い長い問答の末に「私は鬼ヶ島まで飛べる」と言う雉の発言があり、もちろんなぜそんな流れになったのかは記憶にもないほどですが、ほかのふたりもなんのかんのと言い、つまりはシンとイヌイさんが話の主導権をうばって鬼ヶ島への旅が始まりました。


 雉はキビ団子を見ただけで仲間になりました。不可避でした。


 鬼ヶ島も不可避でした。ミヤコには行ってないのに不可避でした。








 雉である彼は本名キジマル、通称チュンタと呼ばれているそうです。スズメのようにうるさいからだそうです。きっとみんなに質問責めしたのでしょう。


 彼は確かに鬼ヶ島まで飛べました。気球でした。みんなのれました。一応搭乗拒否しました。のせられました。


 私は雉と言う先入観のせいで少しだけ鳥人間コンテスト的な光景を思い浮かべていました。少しがっかりしたのは内緒です。


 そうして私とイヌイさん・シン・チュンタは無事に空から鬼ヶ島におりたちました。








 鬼ヶ島は思っているほど地獄っぽくありませんでした。むしろおじいさんおばあさんが暮らしている村に近い風景でした。


 村人第一号は言いました。





「やきう、しようぜ!」





 野球でした。


 なぜ野球、と思ったのは私だけでした。仲間の彼らは野球を知らなかったからです。


 野球を島に普及させた主犯がいました。鬼島くんです。鬼島くんは私と同じ魔法陣被害者でした。ついでに野球小僧でした。彼は金属バットを持ってきていました。たぶん鬼に金棒と言うことです。たぶんそう言うことです。


 彼は野球に飢えていました。村人全員に野球を普及させてしまうほど野球に飢えていました。


 そんな彼が野球を知っている人間にあったらどうなるでしょうか。


 野球をさせたがります。


 よく考えてください。私は帰宅部です。野球はお付き合いでしかやりません。かたや野球中毒か野球依存症かと言う鬼島くんです。


 勝てません。普通に考えて勝てません。


 しかし私には仲間がいました。


 鬼島くんの野球チームの村人より断然少ないですが、刀を扱うプロと、キビ団子投げの名手(?)と、オーバーテクノロジーの申し子です。なんとなく勝てるかもしれません。むしろ彼らが勝てないなら私に勝てるわけがありません。


 鬼島くんに10日もらいました。


 その10日で、私は彼らに野球のルールを教え、バットの振り方を教え、そしてみんなでキビ団子を食べました。


 試合のあと、鬼である鬼島くんが仲間になりました。


 意味がわかりませんでした。本当に意味がわかりませんでした、ええ。


 試合の結果で言うと私たちは惨敗しました。


 村人数人を私のチームに入れてもらいましたが、それ以前に鬼島くんが強すぎるのでお話になりませんでした。


 試合での活躍で言えば



 鬼島くん>(越えがたい壁)>>私>シン>イヌイさん>>>村人>チュンタ



 ほぼ、多大なる野球知識経験の差と、運動能力の順です。


 私たちは惨敗しましたが、村人たちはとても楽しそうでした。


 それを見る鬼島くんも少し満足そうにしていました。


 試合のあと、鬼島くんは言いました。





「桃ちゃんに決め球打たれたのがむちゃくちゃくやしいから俺も桃ちゃんと行く」





 試合のなかで、私はたしかに鬼島くんの決め球っぽいものを打った気がしました。


 しかしそれは誰の目にも明らかなまぐれ当たりでしたし、ついでに高く打ちあがったその球は、鬼島くんのミットにまっすぐ吸い込まれて行きました。普通にアウトになりました。


 あとから考えると、鬼島くんは村人たちに教える野球に満足してしまったのかもしれませんし、あるいは同じようにこの世界に来た私と一緒に行きたかっただけなのかもしれません。


 鬼島くんはこうも言いました。





「桃ちゃんと野球を普及させて来る」





 それが1番重要な理由かもしれません。あと、私に野球を普及させる気力はありません。


 そうして鬼島くんが仲間になりました。


 鬼島くんもキビ団子は食べていました。「リアルキビ団子(笑)」と言って試合前日に食べていました。それが仲間になった理由じゃないことを切に祈ります。








 鬼島くんが仲間になったことで私たちには問題が発生しました。


 ミヤコで募集していると言う鬼退治の件です。


 私が心配するなか、イヌイさんはとりあえずミヤコへ行くことを提案しました。


 結果、なんとかなりました。


 鬼とは言いましたが、集めていたのはいわゆる海賊退治でした。


 鬼島くんに聞き取りをした結果、鬼ヶ島の島民が実は海賊だったようです。


 しかし、鬼島くんに施された野球脳の覚醒(?)により、ただの野球島民となったようでした。野球小僧鬼島くん恐るべし。


 海賊も出現しなくなったので、鬼退治の募集も終了だそうです。


 途中、鬼島くんの金属バットが見つかってなんやかんやありましたが、シンのアドリブ力とチュンタの不思議道具とイヌイさんの棒読み演技でなんとかなりました。イヌイさんだけ役に立っていませんでした。


 心配ごとも消えたので、私たちはおじいさんおばあさんの家に帰ることにしました。


 なぜみんなついて来たがるのか。鬼島くんは「リアルおじいさんおばあさん(笑)」と言っていたのでわかります。








 集落につくとみんな鬼退治の話で茶化して来ました。募集終了のお知らせが届いていたようです。ついでに、早くおじいさんおばあさんに顔を見せに行けとせっつかれました。


 集落についたのは昼頃でした。昼ならふたりは家にいるはずです。


 集落のみんなと仲間に見守られながら、私はおじいさんおばあさんの家の外から大きな声で呼びかけました。





「おじいさんおばあさん、ただいま」





 家のなかから足音が聞こえてきました。


 おじいさんが慌てて出てきました。





「桃太郎か!」





 その後ろからゆっくりとおばあさんが来ました。





「桃太郎! 本当に、おかえりなさい」





 鬼島くんが声をあげました。





「若っ!」





 私が言いました。





「どちら様デスカ?」





 集落のみんなが爆笑しました。








 初期に記された桃太郎ではこのような記述があります。


 桃を食べたふたりは若返り、その後ふたりには男の赤ん坊が出来ました。ふたりはその子に桃太郎と名づけました。


 その記述のとおり、おばあさんのお腹のなかには赤ちゃんがいるそうです、いや早いです。桃食べてから4ヶ月か5ヶ月しかたってません。もっと言うと私が家を出てから1ヶ月もたってません。内臓から若返ったんですか。そもそも若返りってなんですか。


 おばあさんは30代後半、おじいさんは40代と言うところでしょうか。何歳かづつ若返ったのでしょうか。それともある日突然若返ったのでしょうか。まったく疑問が尽きません。


 集落のみんなは知っていたようです。だからついて来たそうです。リアクションを期待されていました。娯楽が少ないゆえの悪ノリです。


 ともかく、若返ってはいるものの本物のおじいさんおばあさんに、イヌイさん・シン・キジマル(チュンタ)・鬼島くんを紹介しました。


 ふたりは私のときと同じような笑顔で迎え入れてくれました。


 そして私の帰還祝いの宴会になりました。もちろん集落のみんなは娯楽が少ないゆえに騒ぎたいだけです。








 次の日、桃太郎の話は完全に終わったはずの日。


 私はおじいさんおばあさんにお別れを言いました。


 前の晩、疲れていた私たちだけ宴会から撤収したあと、鬼島くんが魔法陣を見せてくれていたのです。


 その魔法陣は布にかかれていました。


 鬼ヶ島のえらい人から野球勝負したときに譲られたそうで、魔法陣が光ることも鬼島くんが確認済みでした。驚異の反射神経で転移を回避したそうです、野球を普及させるために。驚異の野球馬鹿です。


 その魔法陣が元の場所に戻るものでもほかの場所に飛ぶものでも、行ってみないことには後悔します。


 鬼島くんとは元の場所に戻ったときのために連絡手段をいくつか相談しました。しかし、もしかしたら、お互い違う世界から来たかもしれないとも話しました。


 ほかの仲間にもお別れを言いました。


 イヌイさんには行き倒れないように言い、シンには旅人を狙わないように言い、チュンタにはオーバーテクノロジーだから秘密裏に作るように言いました。


 桃から出て来たときと同じ場所で、5人に見守られながら、鬼島くんとふたりで魔法陣に入る予定でした。予定、でした。





「桃太郎どの! おいてゆかないでぐだざれー」と、イヌイさんがしがみつき、


「よし、行くぞ」とシンがチュンタを抱え、


「なぜ私まで」とチュンタがぼやき、


「桃ちゃんウケる(笑)」と鬼島くんにツボり、


「待てこら?!」と私がシンに押し込まれ、


 魔法陣は無情に輝きました。


 そして5人はほほえむ夫婦の前から消えたのでした。













 気づけば私は帰宅活動中の路上に尻もちをついていました。


 彼らは私を撮影していました。


 もちろん魔法陣が光ったとき私が最初に想像した、おかしな企画を決行した、おかしな動画共有サイト登録者でした。


 彼らは猿にのされました。


 もちろん、私について来たシンです。いえ、猿でもあります。


 彼は猿になっていました。肩にのれるくらいの。彼だけなわけもなく、イヌイさんとチュンタもいました。中型犬とウズラでした。雉でもスズメでも鶏でもなくウズラでした。


 彼らは普通に会話が出来ました。ただし私とだけ、との注釈がつきます。


 そして犬猿鳥をつれた私は普通に家に帰りました。普通に親に怒られました。


 しかし犬と猿の保護許可はいただけました。


 鳥の許可はとっていません。そもそもチュンタは外で生活出来るそうです。と言うよりほかふたりが外で生活させられなかっただけです。保健所問題があります。危険です。人権の危機です。


 ともかく、イヌイさんとシンは、その日保険所を回避しました。








 鬼島くんとの連絡は、結局つきませんでした。残念でもありましたし無事帰ったか気になりましたが、彼はきっとどこにいても元気に野球をしているでしょう。


 チュンタは毎日私の家にTVを見に来ます。やはり科学実験の番組が1番のお気に入りです。さらに「自力で飛べるのは素晴らしい」と野鳥生活も謳歌している様子でした。しかし鳥語はわからないそうです。


 イヌイさんはドッグフードにも即対応し、水洗トイレに適応出来る犬として受け入れられました。最近は「おかえりなさいませ!」としっぽをふってリードを用意していたりします。リードは首輪じゃないタイプです、重要です。


 シンは私の母を手玉に……いえ、愛嬌を武器にして早々に味方につけました。そして私は足場であり乗り物がわりと化しました。ちなみに「猿は服だから脱げる。脱皮する」と謎の冗談が口癖になりました。そんなことを言わずとも私は人間扱いします。








 戻って来てからしばらくして、家にあった桃太郎を発掘して読み返しました。


 桃太郎は桃から赤ん坊で生まれていましたし、桃太郎は鬼を退治していました。


 おばあさんは桃を発見し、おじいさんはほぼ空気です。記憶と同じです。


 ただ少し、なんとなく、気になったのです。





「母さん、桃太郎ってこんなだっけ?」





 母からは「そうじゃない?」と曖昧な返事が来ました。


 猿がいます。いえ、元からいた気もするのですが、なぜか、猿がいることに違和感があるのです。


 本を読んでも桃太郎の猿のことはぼんやりと曖昧なイメージしかありません。





「シン、お前は誰なの?」


「ん? なにが?」




 本人に聞いてもわかるわけはありません。と言うより私がキビ団子を渡したせいな気もしなくもないような気もします。


 ともあれ、仲間のみんなにもとても振り回されていろいろとありましたが、私はこうして桃太郎(?)から帰宅部に帰還しました。

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