7.「僕」と管理人さんのおはなし
「あら、こんにちは。そうそう、宅配便預かっておきましたよ。いつでも構いませんので、後から取りにいらしてくださいね」
コンビニから戻ったばかりの僕にそう声をかけてくれたのは、このアパートの管理人さんだ。その昔、一世を風靡した某漫画の管理人さんを彷彿とさせるおっとりした美人さん。そんな彼女は、今日もエプロンをつけて、竹ぼうきを片手にアパートの庭で微笑んでいた。完璧だろ。僕は管理人さんのことをこっそり「響子さん」と呼んでいるのだけれど、本名は真代さんというらしい。どうして知っているかだって。うっかり本人に向かって、「響子さん」って呼びかけたことがあるからだよ。もう、恥ずかしくて死にそう。
ちなみに管理人さんはやっぱり漫画の管理人さんと同じく、このアパートに住み込みで働いている。部屋は1階だし、アパートの周りを掃除しているからしょっちゅう顔を合わせるているってわけ。ちょっと物憂げな雰囲気に、どこか未亡人っぽさの漂う密やかな色気。ねえ、「響子さん」って呼びかけちゃうのも当然だと思わない?
まあそういうわけで、管理人さんはこうやって住人が不在の間の荷物を受け取ってくれているのだ。ちなみに僕の実家は、宅配便が玄関の前にそのまま放置されるくらいど田舎だったりする。生ものの場合には、隣近所の人が預かってくれるという親切仕様。うっかりアダルティなものを買ってたらどうなるのかって? ど田舎にプライバシーなんてものはない。せいぜい、発行元がまともな商品名で送ってくれていることを祈るだけだ。
美人で優しくて気が利く管理人さん。不満なんてひとつもない、そう思われるかも知れないけれど僕は声を大にして言いたい。僕は1点だけ、彼女に対してどうしても我慢できないことがある。入居以来、どうしても納得いかないこと。何で、家の鍵をかけないんだよ。家の扉開けっ放し、フルオープンとか泥棒ホイホイだろう!
「鍵をかけてないほうが、結果的に防犯に繋がるんですよ」
うふふ、なんて笑われたけど、そんなわけあるかい! 今時、鍵をかけるのは防犯として基本中の基本。ゴミを出しに行っているその間に、空き巣に入られたり、不審者が侵入しちゃうような時代なんだ。言ったら悪いけど、ど田舎のうちだって最近じゃ鍵くらいかけるんだからね!
何度だって言うけれど、管理人さんはものすごく美人なんだよ。しかもぱっと見おとなしそうで、痴漢なんかに狙われそうなタイプ。胸だって、エプロンをつけていてもわかるくらい大きい。そんな女性が、一日中鍵を開けっぱなしにしているなんて、襲ってくださいと誘っているようなものでしょ?! お願いします、鍵をかけてください。せめてお風呂と就寝時はかけて。僕の心の平穏のために。
僕がここまで口を酸っぱくして「鍵を閉めろ」と言うのには、もちろん訳がある。以前、今日と同じように「宅配便を取りに来てください」と言われた僕は何の気なしに管理人さんの部屋を訪れ、そのままドアを開けたのだ。言い訳させてもらうけど、一応チャイムは鳴らしたんだからね。それでも出てこないから、留守かなあと思ってドアノブを回したんだよ。そしたらあっさり開いた上に、ドアの向こうにはお風呂上がりのあまりにもナチュラルな管理人さんの姿が……。必死で謝って許してもらえたけれど、清らかな身の上の僕には正直目の毒でした。出血多量で死ななくて良かった。現実世界のラッキースケベとか、ろくなもんじゃないね。あ、思い出したら色々と切なくなってきた。
それにね、最近このあたりでは空き巣が頻発しているんだって。実は犯人と鉢合わせしちゃった被害者もいるらしい。その男性は、何と犯人が持っていた刃物で切りつけられてしまったのだとか。傷は深くはないそうだけれど、安全だと思っていた自宅で被害に遭うのは本当に怖いことだと思う。ってか、人を傷つけてるんだからもう空き巣じゃなくって、強盗なんだっけ? だから、管理人さんにはぜひ防犯意識の徹底を……、って、ちょっと!
何で言ってるそばから、玄関のドアをフルオープンにしてるの? クーラーよりも、自然の風の方が気持ちいい? いや、確かにここは都会っぽくない涼しい風が通りますけどね。窓だけではなく玄関にも網戸を設置しているから蚊が侵入する心配はない? そういう問題じゃありません! 何で、ドヤ顔でぶた型の蚊遣りを持ってるんですか。ああ、最近の蚊取り線香は香りつきで、アロマローズやらラベンダーまで好きなものを選べると。なるほど、そりゃあすごいですね。もう、誰かこの人に注意してやって……。
僕が自分でも嫌になるくらい、こんこんと彼女にお説教をした翌日、世間を騒がせていた空き巣が捕まった。良かった、良かった。これで安心だね。そういえば、犯人ってどんな人なのかなあ。ちょっとした野次馬根性で、僕はスマホを検索する。
え、どういうこと? 普通、新聞やテレビに出る犯罪者の姿というのは、一体どこで撮影したのって聞きたくなるくらいふてぶてしい写真になるもの。けれど、今回の犯人は、見てるこっちが気の毒になるくらいしわしわのおじいちゃんだった。……年齢、30歳って書いてなかったっけ? 僕は液晶画面にうつるしょぼくれた老人の姿を見て、固まってしまったのだった。世の中には不思議があふれているね。