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5.「僕」と猫又のおはなし

 もふもふの生き物は好きだ。

 もこもこの生き物だって好きだ。


 というかこの世界において、ふわもこな動物が苦手という人は、正直少数派だと思う。だからこそぬいぐるみとかの需要があるんだろうし。一応僕も猫好きを名乗っているくらいだもんね。とはいえ、この状況はアリかナシで言えば正直ナシと言いたいところ。


「ちょ、タマ、やめ」


けっ、けっ、う、うぐっ、お、お、おえええええええ


 内臓までうっかり出てきちゃうんじゃないかという勢いで、階下の飼い猫が毛玉を吐き出した。僕の靴の上に。うん、生理現象なのは僕だってわかっているよ。長毛種とかは、体の中に毛を取り込みすぎるからブラッシング必須とか聞くしね。ちょっとネットで検索したら、毛玉を減らすサプリメントとかうんちとして出しやすくするキャットフードも売ってあったから、それは猫にとっては当たり前のことなんだろうね。


 でもさ、わざわざ僕の足元で吐く必要はどこにあるのだろう。にゃあんと甘えながらすり寄ってきて、さんざんマーキングした挙句、これは酷い。天国から地獄って、こういうことなんじゃないの。猫ってトイレのしつけは簡単だって聞くけれど、やっぱり吐くのは人間と同じで我慢できないのかな……。


 いや、人間でも大通りの真ん中で吐かずに、せめて道端の電信柱までは移動したりするしなあ。え……、つまり僕のスニーカーは、酔っ払いに愛される電信柱的な目印なんだろうか。このスニーカー、結構高かったんだけどな。しかも。


「うわああああ、踏んじゃった?!」


 ねえ、何で毛玉なのにぐにってしてるの。理科の実験で作ったスライムよりももっと弾力があるんですけど。しかも踏んだ瞬間、「ぷちっ」って言ったし。もう、やだ、何これ。これ本当に毛玉なの? タマ、ちゃんと病院行った方が良いんじゃない? どうしよう、毛玉を踏んだことがないからわからないんだけど、靴にくっついたガムみたいにベトベトだったら、どうしたらいいの?


 涙目で足の裏を確かめた瞬間、僕は首を傾げた。あれ、おかしいな。確かにさっき毛玉を踏んだ感触があったんだけど……。スニーカーの靴の裏は真っ白で、何かを踏み潰したような跡はない。……跡がついているのも嫌だから、ないならない方が良いんだけど。でもね、どこにも毛玉ないんだよ。どこに行っちゃったのさ? この一瞬で蒸発するわけないんだから。


 タマはと言えば、僕がこんな目に遭っているのなんかおかまいなしに、ごろんと側でくつろいでいる。毛玉出してすっきりしたんだね、よかったね。でもさ、今度から毛玉を吐くときには僕の靴の上じゃないところにしてくれないかな。これだけ広いアパートの敷地内で、ピンポイントで僕のスニーカーを狙うとか正直嫌がらせに近いからね。


 本当にタマが猫又なんだろうか。彼女が不必要な嘘をつくはずはないのだけれど、こうやって見ていると本当にただの猫にしか見えなくて、僕は首を傾げてしまう。尻尾が二本あるわけでもないし、油を舐めることもしないし。この間だって、飼い主さんに許可をもらってちゅ◯るをあげたら、もうそれは嬉しそうに食べていたんだよ。猫又がちゅ◯るで喜んじゃっていいの?


 そろそろと撫でつつ、おみ足をチェック。ふーん、タマは女の子か。まあ、「タマ姐」って言ってたもんね。ってか、彼女が「タマ姐」って呼ぶとかどんだけ年上なの。って、ちょっとなんでふーって怒ってるの。ぼふってなってるし。怒らない、怒らない。しょうがないじゃん、そんなに言うならタマが裸なのが悪いんでしょ! 見られて怒るなら、最近のオシャレなわんちゃんみたいに服を着てよ、もう。思ったよりもレディなタマを見て、やっぱりタマは猫又なんだろうなあと僕は納得した。


 数日後。僕はちょっと警戒しながら、アパート内を移動していた。タマには悪いけれど、僕だってようやく乾いたスニーカーを汚されるわけにはいかないんだ! いくら梅雨が終わったからとはいえ、夕立も多いこの季節、洗った靴を乾かすのは一苦労なんだし。


 あ、犬だ。珍しいな。どこの飼い犬だろう。真っ白でがっしりとした前足が印象的な、大きく育ちそうな犬だ。そうそう、僕は犬も好きなんだよねえ。小さい頃は、もっこもこの犬と一緒に暮らしてみたかったもんだよ。海外の絵本とかによく出てくる、暖炉の前で犬と一緒に寝落ちとか、憧れちゃうよねえ。ってあれれ、見失っちゃったよ。え、タマ?! おまえ、一体どこから出てきたの?! ちょ、ストップ、やめてくれえ。


けっ、けっ、う、うぐっ、お、お、おえええええええ


 またかよ! 結局、こうなるのかよ。いいけどさあ。タマが出てきた時点で、何となくこういうことになるんだろうなあっていうのは、わかっていたよ! どこぞのメーカーのジーンズを履くと、染料にまたたびが含まれているのか猫が擦り寄ってくるという話を聞いたことがあるけれど、このスニーカーもその一種なんだろうか。


 とりあえず僕は部屋に帰ったら、ネットショッピングで猫用のサプリメントを購入しようと心に決めた。毛玉吐き防止の効果が猫又にも表れるのかはわからないけれど、まずはそれを買って飼い主にプレゼントしなくては。それ以外に僕の心とスニーカーの安全を確保する道はない。僕はまた変な感触を足の裏に感じながら、そっと涙を流した。

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スパダリカラス天狗と天然娘の異類婚姻譚です。
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