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3.「僕」と河童のおはなし

 僕と同じアパートに住む金髪ギャルの正体は、河童らしい。そんなことを愛しの彼女から聞かされた場合、僕は今後どんな近所付き合いをしていくべきなのだろうか。よければ誰か僕にちょっと教えてほしい。アパートの廊下で河童ギャルとすれ違うたびに、色っぽくウインクされていて正直困ってるんだよね。そもそもまずは何より先に、うちのベランダにある家庭菜園から、きゅうりを勝手にもいでいくのはやめてくれと訴えるべきなんだろうか。


 キャミソールから覗く腕や背中は、日焼けのせいなのか輝くチョコレート色。正直、とっても美味しそうに見える。なんてことは、雪女の彼女に聞かれたら氷漬けにされちゃいそうだから、冗談でも絶対に言わないけど。


 なびくド派手な金髪はもともとその色なのか僕にもよくわからない。だって河童と言えば、なんとなく全身緑系のカラーリングを想像しない? あんな健康的な色合いで河童とかびっくりしちゃうよ。そういやあの盛りに盛っている、キャバ嬢のような髪の中には、例のお皿が隠れていたりするのかな。でも背中に甲羅とか見えないしなあ。いくらきゅうり好きとは言え、やっぱり今時の妖怪は、昔と違ってキャッチーなのかも。


 そんなお姉さんは、今日もまた見知らぬチャラ男を家に招き入れている。見るたびに違うチャラ男を連れているんだから、すごいよな。河童って一応水辺の生き物だし、サーフィンとかスキューバダイビングが得意だったりして。あ、チャラ男がこっち見た。


 いいよ、わざわざ自慢げに河童ギャルの腰に手を回してくれなくても。別に羨ましくなんてないし。お姉さんったら、伊豆海岸とか湘南あたりで捕獲してきたのかなあ、あのヤリチ……いや、やめとこう。口が汚れる。悲しいかな、心身ともに清らかな僕には、あちらのお部屋で何が行われているかなんてわからない。ええい、どんなに嘘くさくても本当なの!


 ここ、メゾン・ド・比嘉(ひが)は築年数の長いアパートにも関わらず、防音性に優れているからね。見た目はオンボロなんだけど、意外だよなあ。それにしても、アパートの悪口を言うとひんやりするのはなんでなんだろう。やっぱり古いから、隙間風が入るのかな。まあ、いずれにせよ音漏れはゼロなの。でもお姉さんが河童なら、ある意味何より安全でいいよね。河童はさ、相撲が強いとか言うじゃない。それなら、いざという時には相手にプロレス技でもきめて逃げてくれるはずだよね。


 って言うか、さっきのお姉さんの笑顔は完全にヤバい。うふふと言わんばかりに唇をぺろりと舐めあげる様子は、完全に獲物を狙う肉食獣……。百戦錬磨のヤリチ……もといナンパ師たちがインパラとかの草食動物に見えてきちゃったよ。まあ言っちゃ悪いけど、お姉さんの見た目に騙されて、ウハウハ言いながら付いていく奴はバカ以外のなにものでもない。何が起きても因果応報、自業自得ってやつ。あーあ、お気の毒さま。僕は棒読みのままで、隣の部屋に向かって合掌する。頼むから、化けて出ないでね。


 翌日。予想通り、アパートの廊下には、ぺらぺらの紙というか、ボロ雑巾のようになっている元チャラ男の姿があった。ほれ見たことか。僕は下に取りに行っていた郵便物を片手にため息をつく。でもね、精が枯れ果ててもとりあえず生きているぶんだけラッキーですよ、おにいさん。運が悪ければ、残念な意味の方でそのまま昇天してたからね。……腹上死を最高と思えるなら、ある意味極楽だったのかも。うん、今日も良い天気。朝日が目に眩しいなあ。


 あ、山田さんちのタマがチャラ男の成れの果てをつついている。猫又だって彼女が言ってたから、大丈夫とは思うけれど一応注意しておくかな。おーいタマ、それ、ばっちいから口に入れるなよ。変なビョーキになってもしらないからな! あ、管理人さんがアレ、回収してくれてる。どうするのかな。あのヘナヘナ具合、ビニールプールとかじゃあるまいし、空気を入れたところで戻るわけでもないよね?


 いやあ、やっぱりなんだかんだ言って、このアパートの人は良い人たちだなあ。人間関係も良好だしね。人間関係っていうか、人間じゃないのも多いけど。雪女やら河童やらが住んでいることを考えると、管理人さんも案外そっち系なのかもね。前に、「比嘉」っていう苗字だから沖縄の出身ですかって聞いたら、東北の出身って話してたし。東北は妖怪の宝庫だからねえ。……え、チャラ男、大丈夫だよね? このまま何かの餌にされたりしないよね?


 妖怪って脅かすくらいで、別に人間を食べたりしないよね……と心配になりながら、スマホで検索してみる。「人 食べる妖怪」っと。……川獺(かわうそ)に、女郎蜘蛛は美女の姿をして人を喰らう? あははは、まさかね。あんな某有名漫画のアパートの管理人さん(未亡人)によく似たおっとり系美人さんがそんなことするわけ、ないよね?


 真夏だというのに、冷や汗が止められない僕。そんな僕を尻目に、今日もおでかけするのか、機嫌の良いギャルが僕にウインクを投げてくる。そのお肌は、ぷりっぷりのつるっつるで、昨夜は相当に素敵な夜……いやいやお食事だったんだろうねえ。はっ! まさかとは思うけれど、今日も狩りに出かけるの? ちょっと逃げて! 水辺のチャラ男さんたち、急いで逃げて! 吸い尽くされちゃう!


 まだまだ夏は始まったばかり。残念ながらマリンスポーツの時期が終わるまで、僕の気苦労は当分続きそうである。

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スパダリカラス天狗と天然娘の異類婚姻譚です。
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