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「僕」と「彼女」の、夏休み~おんぼろアパートの隣人妖怪たちとのよくある日常~  作者: 石河 翠


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21.「僕」と枕返しのおはなし

 夏風邪を引いた。


 喉がぱんぱんに腫れていて、正直唾を飲み込むのもしんどいくらいだ。咳は止まらないし、頭は痛い。朝起きた瞬間からクライマックスとでも言いたい状況に、僕はひっそりと涙を流す。タオルケットをかけないで寝たのがいけなかったのだろうか。ああカーテンの隙間から、夏の日差しが僕に突き刺さる。日の光を恐れる妖怪がいるとしたら、きっと今の僕のような心持ちに違いない。


 食欲もないし、動く気力もない。たぶん熱が出ているのだろうけれど、うちには体温計もない。まったくとんだないない尽くしだ。とりあえず、喉の腫れと頭痛に効くだろうことを願って、僕は解熱鎮痛剤を口に放り込んだ。水を飲みに立ち上がることもできない有り様なので、気合いで錠剤を飲み込む。あとは眠気が来るのを、ひたすら目をつぶって待つだけだ。やばい。わけがわからないくらいに、気持ちが悪い。


 吐きそう。むかむかする。頭が痛い。二日酔いにも似た、思わずのたうちまわりたくなるような不快感にうなりつつ、とろとろとした眠気が訪れたことを知る。ああこれでようやっと楽になれる。ふと宙を見た僕は、黄色い息を口から吐いて僕に吹きかけてくる小さなおっさんと目があった。しかもおっさんの手下なのか、別のおっさんが僕の枕をグリグリひっくり返してくる。いくら風邪を引いているからって、この幻覚はあんまりだと思う。拷問かよ。どうせなら、おっさんズじゃなくって美女ズが良かった……。誰か、僕好みの美女を……。誰か……。


 気がついたら、僕は夢の中にいた。


 最初に見た夢の世界で、僕は行方不明となっていた。

 僕がいなくなってから随分長い時間が過ぎたようだ。今と変わらない僕の姿が写真に写っている。それを見つめる父と母は、びっくりするくらい老け込んでいた。夢の中とはいえ、そんな顔をしないでほしい。失踪から7年で死亡扱いにもできたはずだけれど、両親はいまだに僕の帰りを待っているらしい。もう、いいんだよ。僕は幸せに暮らしているから。母の耳元で囁いてみれば、不意に母の目から涙がこぼれるのが見えた。


 別の夢の中で、僕はどこかの病院に入院していた。

 どうやら怪我をしたらしい。意識のない、たくさんのチューブに繋がれた僕を、やっぱりやつれた両親と涙をいっぱいに浮かべた見知らぬ母子が見ていた。子どもが握りしめた千羽鶴の数に、その想いの深さを知った。みんな、どうか泣かないで。ねえ、もういいんだよ。僕の魂はそこにはない。そこにあるのはただの肉体。セミの抜け殻と同じこと。涙を流してもらう必要などないのだから。いっそ機械のスイッチを僕自身で切ってやりたい。震える手でスイッチを撫でていたその時、誰かの手がそこに重なった。


 また違う夢の中で、僕は見知らぬ女性とデートをしていた。僕は大学を卒業して、社会人になっていたらしい。夢の中の設定が頭にはっきり思い浮かぶのがおかしくて、僕は少しだけ笑った。僕の隣にいるべきなのは、雪女である彼女だけだというのに、夢の中の僕はさも当たり前のように人間の恋人を愛していた。どうして、彼女はこの世界にいないのだろう。どうして、僕は彼女なしで暮らすことができるんだろう。こんな世界で僕は生きてなんかいけない。目の前の出来事を受け入れられなくて、夢の中の僕を突き飛ばしたけれど、僕の腕はやっぱりすり抜けるだけだった。


 そんなことを願ったからだろうか、次の夢で僕はナニかに喰われていた。くちゃくちゃ、ぐちゃぐちゃ。ハンバーグのように捏ねられて喰われる僕。痛みはない。そこにあるのは、ただ誰かへの哀しみだけだ。肉塊になった僕の横で、誰かが泣いていた。ごめんね。どうか、泣かないで。


 最後に見た夢は、一面の雪景色だった。音もなくただ雪の降り積もる空間で、僕はこれこそが世界の終わりなのだと実感していた。誰もいない静かな世界は、冷たく、けれど酷く心地良かった。このまま、ここで眠り続けても幸せなのかもしれない。ふと、僕はそんなことを思いついた。酷く、眠たい。目がいつの間にか閉じそうになる。雪がなぜか羽毛布団のように心地いい。夢の中でまた眠ったら、僕は一体どうなるんだろう?


 ……くん、起きて。


 ああ、彼女の声が聞こえる。僕がいるべきなのは、やっぱりあそこだ。彼女の隣こそが、僕のいるべき場所。誰よりも大切な彼女。彼女がいれば、僕はそれだけでいい。何もいらない。夢うつつのままで、僕は手を伸ばす。


 目を開ければ、そこには心配そうな顔をするいつもの彼女がいた。どうやら高熱のせいで、ひたすら悪夢を見ていたらしい。不思議なほどはっきりしている夢だった。あんまり記憶に残りすぎるのも考えものだな、と僕は思う。こんなのが繰り返されたら、現実の世界と夢をごっちゃにしちゃいそうだ。


 僕は氷嚢代わりに、彼女のひんやりとした手を頬に当てた。そう、この心地よさこそが現実。僕のすべて。言い聞かせていれば、夢の中の出来事は、ぐにゃりと輪郭をなくし、その姿をおぼろげにしていく。()()()()()()()()。熱が下がったのか、体調の悪さはすでに治っている。


「大丈夫? ずっとそばにいるからね」


 たぶん、僕の体調を心配して聞いてくれているはずなのに、どうしてだかその言葉が僕は泣けてしょうがなかった。きっと、風邪のせいで涙もろくなってしまっているのだろう。まったく、子どもでもあるまいし、怖い夢を見て泣くなんてどうしようもないな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ちなみに僕が寝ている間に、大捕物があったらしい。ちょっとだけ家の中が乱れていた。どうしよう、寝落ちする前に見た幻って、もしかしてGたちだったのかな。僕の脳がGを見ることを拒否して、おっさんとして擬人化したのかもしれない。そう考えると、美女として再生されなくて良かったかも。美女の正体が黒光りする昆虫とか、死ねるわ。とりあえず明日になったら、今度アパート全体で一斉にバルサンを焚かないか、大家さんに相談してみようと思う。

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スパダリカラス天狗と天然娘の異類婚姻譚です。
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