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2.雪女と「僕」のおはなし

 わたしの彼は、とってもいい人。わたしの話をまるっと信じてくれるくらいお人好し。それなのに、彼ったらわたしのことをいつも心配してるの。


 夏なのに外に出て大丈夫かって聞かれたけれど、雪だるまじゃあるまいし。わたしが飛んだ地域だけ、ひょうが降ったりするくらいよ。まあ狐の嫁入りみたいなものだし、気にするほどのことじゃないわ。


 到着したのは季節外れの雪に悩むとある山。そう、彼と一緒に見た心霊特集に出てきていた例の山。今日のお仕事はいつもの冷凍倉庫のアルバイトじゃなくって、雪女の方のお仕事。お仕事に行くっていうのは伝えたし、嘘は言ってないもん。勘違いしたのは彼の方なんだしね。


 山の中に響くのは、雪の舞う音としくしく泣き濡れる声。今日のお客様は、よくあるスキーの「滑走事故」で亡くなった小学生の女の子。


 いじめっ子に投げ捨てられたマフラーを取りに行って、足を滑らせて崖下に転落。先生に怒られるのが嫌という理由で彼らに見殺しにされたことも「事故」と言えるのなら、ね。


 もしも彼女に強い恨みがあるのなら、それを払うのはとても難しい。どうやったら彼女を成仏するように説得できるかしら。けれど彼女はわたしが思っていたよりも、ずっと優しい女の子だった。


「あのね、わたし、おうちに帰りたいんだけど、約束しちゃったの……」


「約束?」


 首を傾げたわたしに、彼女が見せてくれたのは、一匹のクマさん。


 ぐるるる。


 え、うなり声がすごいんですけど。


「最初にわたしを見つけたのはね、このクマさんなの。でも痛いのは嫌だから、まだ食べないでねってお願いしてて。死んだら食べてもいいよって言ったんだ。でもね、食べられたらぐちゃぐちゃになっちゃうって思ったら、悲しくなったの。お父さんと、お母さん、きっとびっくりしちゃうよ」


 しくしくとまた泣き出した彼女に合わせて、また雪が舞い始めた。山で遭難したり、自殺してしまったひとのご遺体は、水難事故とは異なるけれど、やっぱり綺麗とは言いがたい。この子のご両親は、それをしなければいけないのよね……。


 思わずわたしは、目頭が熱くなる。同情は禁物ってわかっているけれど、こんなのあんまりだわ。


 ぐるるるるるる。


 このクマさん、たぶん山の主に近いんだと思う。だから彼女との「約束」を律儀に守って彼女が死ぬ前には食べなかったんだ。でも、彼女が死んだ後もなかなか食べさせてくれないから、怒っているんだね。


 妖怪のわたしが言うのもなんだけれど、正しいひとや、真面目なひとが報われない世の中って、やっぱり良くないと思う。死んでしまったひとを生き返らせることはできないし、あんまりいろいろいじるのは良くないことなんだけれど。これくらいならいいよね。綺麗な姿でお別れを言いたい。それはきっと許されてしかるべき望みのはずだから。


「わかったわ、あなたのからだを綺麗なまま届けてあげる。約束するわ」


 そう宣言すると、女の子はとてもびっくりして慌て始めた。大丈夫だよ、おねーさんはあなたよりも大人だから、ちょっとした処世術というのを知っているのです。だから、あなたは先に上に行ってちょうだいな。


 わたしの言葉に、こくんと頷いた彼女はすっと光の粒になり消えていった。彼女のからだが痛むことのないように、わたしも念入りに息を吹きかける。彼女の望み通り、安らかな顔でさようならを伝えられるように。


 ぐるるるるるるるる。


 さてと。わたしは、くるりと振り返る。お腹が空いてぺこぺこの山のクマさん。ご機嫌は先ほどよりさらに低下している模様。大丈夫、ちゃんと約束は守るからね。かっちんこっちんの冷凍食品の代わりにほかほかジューシーなご飯を用意するから安心して。牙を剥くクマさんにウインクをひとつして、わたしはその手を取った。……猫ちゃんみたいにふわふわしてないのね、熊の肉球って。


 お仕事を済ませて彼の部屋へ戻ると、まだ彼はテレビを見ていた。ふーん、なになに今流行りのビーチ特集かあ。うん、さすがにここまで暑いのはちょっとなあ。昼間のビーチとか、足元から溶けちゃう……ことはないけどご遠慮したいな。室内のナイトプールならちょっと行ってみたいかも。


 そのままわたしも一緒にごろごろ。まったりテレビを見ていたら、ちょうどニュースに切り替わった。


 うんうん、山で遭難していた某テレビ局のクルーが女の子の遺体を発見? やだ、ちょっと何やってるの。あのお寺のおじさん、遭難してたの? 除霊できないのは別にいいけど、ちゃんと現場くらい辿り着いてよ。もう、世話が焼けるんだから。それか、お寺に住んでるお菊ちゃんを呼べば、嬉々として髪の毛を伸ばして助けにきてくれたでしょうに。身長30センチ未満の日本人形に救出されるマッスル僧侶……うん、イマイチ。視聴率はとれないよね。


 それから、市内の繁華街で、女子中学生3名が死亡する事件が発生ですって。事件、事故の両面から捜査ねえ……。事件の詳細はまだ流れていないだろうけれど、うん、辺りは血の海、大惨事なんだろうな。どんな事件かよくわからないけれど、きっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいな現場なんだろうね。まさか繁華街にいきなりクマさんが現れるわけないし、もしも現れたのなら目撃証言が一切ないとかありえないから、きっとそんなはずはないと思うけどね。


「うわあ、怖いなあ。結構近くの繁華街だし。無差別通り魔とかかなあ。これ一体、どういうことなの?」


「うーん、よくわからないけど物騒だね。一応、念のため夜はあんまり出歩かないようにしておこうね」


 そう言ってわたしは、彼の腕にしがみついた。うん、やっぱりあなたの側はあったかくて、気持ちがいいね。冷たい雪山で愛する人に出会った昔話の雪女も、こうやって温もりを確かめていたのかなあ。大好きだよ。わたしは、耳元でささやいてこっそりキスをした。

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スパダリカラス天狗と天然娘の異類婚姻譚です。
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