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17/30

17.「僕」とホラー映画のおはなし

 デートだ! 久しぶりに彼女とふたりっきりだ!

 珍しくふたりのバイトの休みが重なったある日、僕らは映画館に来ていた。前回の下見で、僕は正直海水浴は諦めている。だいたい海だと、不確定要素が多すぎるんだよ。特に神出鬼没のけがある、川辺さんが危ない。デート先で、河童に弄られるのは勘弁してもらいたい。ここはある程度プランを計画できる室内アミューズメントで行こう!


 そんな僕が握りしめているのは、大学の先輩から安価で譲り受けた映画のチケット。この夏1番の人気作らしい。うきうき気分でシネコンを訪れた僕は、映画のポスターを見て膝から崩れ落ちた。黒と青と赤だけで描かれた写真。仄暗い部屋の中で明らかにヤバめの女性がこちらを見つめている。白文字で浮かび上がるキャッチコピーから、僕は目が離せない。


「わたしを、忘れないで」


 これ、ホラー映画じゃん! っていうか、忘れさせる気ないでしょ?!

 何だよ、これなんて題名詐欺なの。この夏一番の期待作、実際の興行収入も人気も抜群って聞いてたんですけど!


「ずっと、いっしょだよ」とか言われたら、絶対に切ない系恋愛ものだと思わない? 勿忘草の花言葉から、どうしてホラーに繋がるんだよ。こうなるんだったら、先輩からチケットなんて買うんじゃなかった。落ち込む僕に向かって、彼女がため息をつく。


「だから言ったのに」


 頬を膨らませて、怒ってますよというアピールをしている雪女さん。心なしか彼女の背景には、吹きすさぶブリザードが見える。やめて、シネコンで冬山登山とか危険だから。ほら、なんか向こう側で「お母さん、ラーメンの汁捨てないで……」とか凍えつつ、名台詞が聞こえてきてるからね!


 どうしてこんなことになったか。僕はちょっとだけ、自分の行動を振り返ってみる。そもそも僕がこの映画の前情報をシャットアウトしたのは、アパート内に蔓延する「ネタバレ」OKの風潮に抵抗した結果だったりする。


 うちの周りはネタバレ大好きガールしかいない。みんな、映画のネタバレサイトとかを嬉々として読んでいる。あの管理人さんでさえそうなのだから、いわんや僕の愛しの彼女をや。下手したら隣でパンフレットを読み上げていたりする。やめて。僕のライフはもうゼロよ。見に行く前から完全に映画のオチまで理解させられるとか、それこそ一体どんなホラーだよ!


 隣の川辺さんなんか、ミステリー小説やサスペンスドラマの真犯人を最初に言っちゃったりする。しかもタチが悪いことに、このひとたち、わざとネタバレして面白みを潰してやろうとか思ってないんだよね。ネタバレしてても、面白さは変わらないと考えているあたりが、また一層罪深いと思う。そう考えるとネタバレにならないように面白く映画の紹介をするコメンテーターさんたちは、相当に気を使っているんだろうなあ。あんまりテレビに関心がない僕だけれど、こういう時だけはしみじみ尊敬する。


「どうする? やっぱりやめておく?」


 なんだかんだ言って、僕の彼女は優しい。きっとここまで来ていきなり予定を変更しても、最終的には許してくれるだろう。お風呂が水風呂になってるかもしれないけど。しばらく、冷やしカレーとか冷やしラーメンとか、冷やしキムチ鍋とかばっかりになるかもしれないけれど。……カレーとかラーメンとか鍋はやっぱり熱い方が美味しいと思うんだけどなあ。


 でも、彼女は実はホラー映画が好きだ。テレビの心霊特集は嫌いみたいなのに。僕は正直その逆で、映画とはいえグロいのやエグいのはダメなんだよね。だけど、彼女が目をキラキラさせてそれを見ていることも知っている。だから……。


「うん、大丈夫。見に行こう」


 君が大好きなキャラメル味のポップコーンは特大サイズを買って。ポップコーンを食べ続けながら下を向いて過ごそう。もし万が一耐えられないくらいに怖かったら、僕はこのポップコーンが入っていたバケツサイズの容器を頭から被ることにするよ。NO MORE 映画泥棒に出てくるポップコーン男が映画館に現れたと、ツイッターで晒されたらごめんね。


 ちなみにホラー映画が始まる前に先輩に苦情を申し立てたところ、お守り代わりとしてとある動画が送られてきた。ホラー映画やパニック映画の殺人鬼たちが、必殺仕事人の音楽に合わせて登場するという代物だ。……完全に殺人鬼たちが正義の味方である。え、何でこんなにしっくりくるの? そしてまさかの殺人鬼どころか、サメまで仕事をしている謎の世界。パニック映画のはずが、なぜか胸がスカッとする高揚感……人間の感覚ってものすごくあやふやなのかもしれない。


 というわけで僕は映画の最中に、ひとりで必殺仕事人のテーマを脳内リピートしていた。おかげで、あまり怖い思いはしなくて済んだと思う。とはいえ、要所要所で出てきた女性のドアップにはビビったけどね。ほんと、向こう側からこっちを実際に見ているんじゃないのと思うあの絵面は、恐怖しかなかった。撮影したカメラマンさん、夜中にうなされたりしていないのかなあ。プロってすごいなあ。


 結局、なんだかんだ言って映画デートは楽しかった。でも帰宅後シャワーを浴びている最中に何回も後ろを確かめちゃったのは、仕方がないと思う。いるはずのない気配を感じちゃう僕は、完全にビビりです。ちなみに怖さに耐えきれずに途中で目を開けて、シャンプーが目に入って悶絶したのは彼女に内緒のお話なのである。

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スパダリカラス天狗と天然娘の異類婚姻譚です。
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