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15.「僕」と海坊主のおはなし

 彼女をナイトプールに連れて行きたいけれど、お金がない。僕は正直頭を抱えていた。冷凍倉庫をクビになったあとも、複数のバイトを掛け持ちしている。とはいえ、給料日はまだ先だ。なんとかして、いつもお疲れ気味の彼女にゆっくり夏を満喫してほしい。


 お家で手作りのカキ氷とかでも喜んでくれるだろうけれど、もっと何か夏らしいイベントがやりたいのだ。彼女の水着姿が見たいからだんて、理由ではない。決して、そんな下心満載の理由なんかじゃない。


 イベント情報誌を見ながらうんうん悩んでいた僕に穴場の海水浴スポットを教えてくれたのは、隣人の川辺さん。登場場所が、いきなり僕のベランダだったこととか、どでかいカゴにきゅうりを収穫途中だったこととかは、この際突っ込まないでおいた。僕は、人間諦めが肝心だということをよく理解している。いいじゃないか。我が家のきゅうりたちも、伝説の河童に所望されて喜んでいると思うよ。


 ちなみに川辺さんは、自分から名乗りを上げただけあって、ここら辺の海水浴場にめちゃくちゃ詳しかった。さすが河童。単純にギャル男狩……いやサーフィンとかが好きなだけかもしれないけれど。でもそういうところはひとも多いし、日差しも強いから、雪女には難しい。そういうわけで、僕はちょっと外れたマイナーな海岸に行くことにした。結構近いから、わざわざ車を借りる必要もなさそうだ。


 昼間はしんどいだろうけれど、夜の海なら彼女も楽しめるのではないだろうか。ついでに、いつもはキス止まりの僕らも、夏の海ならではの解放感でちょっと先に進んじゃったりなんかして。リュックを背負い、ちょっとした妄想をしつつ自転車で下見に来た僕は、目の前の状況に思わず硬直してしまった。


 ちょ、なにこれ? 穴場、確かにひとが来ないという意味では穴場なのだろう。でもこれじゃあ、穴場どころかゴミ捨て場だ。どこをどうやったら、こんな風にゴミが溜まるのか。いわゆる漂流ゴミではありえない量のゴミ。海水浴に来て、ゴミを捨てて行くひとの気が知れないよ。


 僕はため息をついた。川辺さんがわざと意地悪をしたとは思えない。彼女はイタズラ好きかもしれないが、わざわざひとを不愉快にさせるようなことはしない。ということは、その昔川辺さんが遊びに来た頃は、とても綺麗な海だったのだろう。川辺さんの言う「この間」が、半世紀前だったのかもしれない。……ってか、川辺さんっていくつなの? あんな20代前半のぴっちぴちのギャルなのに、下手したら僕のおばあちゃんよりも年上なんじゃないの?


 しょうがないなあ。ここで見て見ぬ振りをして帰ることだってできるけれど。川辺さんに海の感想を求められて、「ゴミの山でした」って答えるのはちょっと嫌だから。かといって「素敵なところでしたよ」なんてテキトーな嘘もつきたくない僕は、自分の力でここを素敵な海にするしかないのだ。


 おあつらえ向きに、僕のリュックの中には大きめのゴミ袋があった。ゴミ袋は、とっさの時の雨具やレジャーシートがわりになるから入れておいたんだけれど、まさか本当にゴミ拾いをすることになるとはね。軍手もあったので、僕は黙々と作業をする。途中でフナムシの大群が出て来た時には、正直泣きそうになった。しかもちょっと踏んだ……。タマの吐く黒い毛玉も苦手だけれど、黒光りする虫とかはもっと嫌だよ。


「……何をしている」


 おわ、びっくりした。女性の年齢はタブーって言ってたから、一瞬、本人が降臨したのかと思っちゃったじゃないか。地面ばかりを見ていた僕は、顔を上げて思わず後ずさった。


「う、海坊主!」


 思いっきり叫んじゃったけれど、正直仕方ないと思う。だって、目の前にガチムキの筋肉ダルマ、しかもスキンヘッドのグラサンのおっさんが出て来たら、誰だってシティでハンターなあいつのライバルを思い出しちゃうはずだ。こ、これは、ゴミをまき散らしていると思われたら、マグナムで撃ち抜かれるパターンでしょうか。善意でゴミを拾った結果、海の藻屑と消えるだなんて、シャレにならない。


 かたかた震えていたら、海坊主の後ろから、綺麗なお嬢さんがひょっこり顔を出した。どうやら、僕をかばってくれているらしい。海坊主があのどでかい図体を縮めてしょんぼりしている。うん、このふたり、ナチュラルにいちゃいちゃしているな。ゴツい海坊主と、お上品なお嬢さん。これはやっぱり、漫画と同じ関係なのだろうか。


「お、奥様ですか?」


 僕の問いかけに、海坊主がにやりとした。やはり鉄板だ。きっとこの年の離れた美人さんは戦争孤児で、海坊主に拾われて一緒に暮らしてたんだ。そして普通の幸せを願う海坊主によって、一度は別れ別れになり、けれど彼女が海坊主を追いかけて海外から押掛女房しにきたに違いない。うん、素晴らしい。やはり王道とはこうあるべきだな。


 うんうんとしたり顔で納得した僕は、結局3人でゴミ拾いをした。海坊主の掃除能力はずば抜けて高かったとだけ言っておこう。そうだよな、スイーパーは掃除屋だもんね。ちなみに僕はあの後、さらに何回かフナムシを踏んだ……。えー、虫のくせになんでトロいんだよお。踏まれる前に逃げてくれよ。僕だって虫とか踏みたくない……。


 それからゴミ拾いのお礼ということで、僕は晩御飯をご馳走になった。絶対に喫茶店を経営しているはずだと思ったけれど、経営していたのは海の家だった。でも、予想通り何とも可愛らしいエプロンが着用されていたので王道好きの僕としてはとてもうれしい。うちの管理人さんもそうだけれど、テッパンというものをおさえてくれるひとが僕は大好きだ。


 今日は1日ゴミ拾いで潰れてしまったけれど、美味しい焼きそばやイカ焼きをご馳走してもらえて、なんだかんだでとても楽しい1日だった。デートには向かなそうだけれど、今度は週末にアパートのみんなで来るのも楽しいかも知れない。


 帰り道から見える夕日の美しさは、まさにプライスレスだった。

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スパダリカラス天狗と天然娘の異類婚姻譚です。
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