未遂~世子《セジャ》暗殺計画~
「いやーん、かーわーいーいー」
宮中、王妃の居所・交泰殿に、その日もその場所らしからぬ黄色い声が上がる。
声の主であるユン・イノの視線の先には、今年の誕生日には三歳を迎える従弟、ファンの姿があった。
「おいでおいでー」
イノの顔を見るなり満面の笑顔を浮かべていたファンは、母親の手を放れ、手を広げたイノにヨチヨチと駆け寄る。
小さなファンの身体を抱き留めて、イノも負けずに笑み崩れた。その姿は、さながら若い娘に鼻の下を伸ばしまくる中年男性だ。
「そなたは相変わらずね」
ファンの母であり、王妃である叔母が、覚えずといった様子で苦笑する。
「だっておばさ……いえ、王妃様。テヤン王子様ってば本当にお可愛いんですもの。赤ちゃんが可愛らしいのは王子様に限りませんけど」
テヤン、というのはファンの字だ。
彼はまだ、大君としての冊封を受けていない。よって、大君名もまだ定まっていなかった。
イノの身分としては、王妃の息子より下なので、字で呼んでいる。
「もう、イノねえさま。いつまでもひとりじめしてないで。オキョンのばんよ」
自身も幼く愛らしい頬を、更に丸く膨らせて「ファンをこちらへ寄越せ」とばかりに手を伸ばしているのは、六歳になる従妹のオキョン、こと敬顕公主だ。
「あらあら。オキョンはファンに姉様を独り占めされて、拗ねているのではないの?」
王妃が小さく微笑すると、「ちがいます!」とオキョンは甲高く叫ぶ。
ファンはファンで、まるで悪のりするように、殊更イノにしがみつき、姉であるオキョンに小さな舌を出して見せた。但し、その顔は、見事にオキョンにしか目に入らなかったらしい。
「おかあさま! いまのファンのかお、ごらんになりまして!?」
即座に訴えるオキョンに、イノと王妃は揃ってファンを注視する。しかし、その時にはファンは相変わらず愛くるしい笑顔を振りまくばかりだ。
「可愛いわよ?」
「ぜんぜんよ! ねえさま、だまされてらっしゃるわ!」
「ほらほら、ファンもオキョンも、しばらく下がっていらっしゃい。姉様は遊びにいらしてる訳ではなくてよ」
収拾が付かなくなる前に、と遮る王妃に、「あら、わたくしは構いませんのに」とイノも口を挟む。
しかし、王妃は保母尚宮〔王子王女の養育係の女官〕たちに手を振った。会釈で応えた尚宮たちは、それぞれオキョンとファンを促し、退出していく。
「あーあ、行っちゃったー」
それを見送ったイノの、名残惜しげな呟きに、「またいつでも会えるじゃないの」と王妃が苦笑混じりに宥めた。
「そなたも、今や住まいは宮中なのだから」
言われて、イノは顔を王妃のほうへ戻した。
「どう? 宮中の暮らしには慣れて?」
「……まだ分かりません。時折訪ねるのと、実際に住まうのとでは大違いで」
イノが、世子〔皇太子〕の側室最高位・良娣として後宮入りしたのは、去年の十一月だ。かれこれ半年も前になる。
叔母が王妃である関係上、それまでも度々宮殿へは足を運んでいた。だが、流石に住まうとなると、また話が違ってくる。
「そう……世子とは、どう? 上手くやっていて?」
瞬間、イノは息を呑んだ。
やはり、そのことで呼ばれたのだろうか。
考える一瞬の間は、どうやら叔母に否定の意を伝えてしまったらしい。
「……あまり、そなたの許へは通って来ないの?」
「……いいえ。そうではありませんけれど」
イノは目を伏せたまま、歯切れ悪く答えた。
夫となった世子は、新婚初夜にも優しく接してくれたし、観象監〔天文、風水などを扱う気象関連部署〕の指示する床入りの吉日には、きちんとイノの許を訪ねてくれる。だが、それだけだ。
「あの方は……わたくしを妹以上には見て頂けないようです」
側室とは言え、世間的には、イノは世子の妻になった。だが、世子個人から見たイノは、妹以上でも以下でもないらしい。
『すまない。そなたは私にとって、大切な妹なのだ。兄妹としては、そなたを愛している。だが、妹を女人として抱くことはできない』
初夜の晩、はっきりとそう言われてしまった。
叔母を訪ねる折りに、時々世子とは顔を合わせていたが、それが裏目に出たのだろうか。
初めて彼と会った時、見目麗しい世子に、イノは一目で心を奪われた。その頃、イノはまだ十歳だったが、恋心を抱くのに、年齢は関係なかった。
だが、四つ上の世子にとっては、イノは恋愛対象外だったようだ。そして、対象外のまま親しくなり、それ以上にならぬまま成り行きでイノを妻に迎えた、というところなのだろう。
「……そう気を落とすことはありませんよ。そなたは後宮へ上がったばかりなのだから」
「はい……ありがとう存じます、王妃様」
つい、弱々しく返事をしてしまったイノを、心配したのか。
衣擦れの音を立てて立ち上がった王妃は、イノの前へ歩む。膝を突いた王妃の白い手に手を取られ、イノは思わず顔を上げた。
「あ、あの、王妃様」
戸惑ったように言うと、柔らかく微笑した王妃と視線が合う。
「二人だけの時は、今まで通り叔母様と呼んでいいのよ」
「ですが」
「慣れるまでは苦労もあるでしょう。特にそなたはわたくしの姪だ。縁故関係で揀擇を勝ち抜いたと、陰口を叩く者もあるかも知れない。でも、気にすることはないのよ。堂々としていなさい」
「……叔母様」
「時が経つ内には、世子も異性としてそなたを見るようになるでしょう。まだ半年です。諦めるには早すぎます。元気をお出しなさい」
ね? と小首を傾げるように言った叔母に、イノはようやく笑顔らしいものを返した。
***
「良娣様」
「ウォニョン……叔父様?」
居所へ戻ると、庭先に叔父であるユン・ウォニョンが待っていた。
胸背に鶴の縫い取りが施された、青地の官服を身に着けた青年が、下腹部の辺りに両手を重ね、軽く頭を下げる。
「お久し振りでございます。その後、お変わりはございませんか?」
面長の輪郭に、目鼻立ちの整った容貌が、普段と変わらない笑みを浮かべた。
常に柔らかく微笑んでいる所為か、はたまた初夏の若葉を思わせる美貌の所為か、二十七という年相応に見えない男性だ。十も離れているのにその実感が沸かず、顔を合わせているとイノはついつい『お兄様』と呼んでしまいそうになる。
「どうされたのですか、急に」
並足で歩み寄ると、叔父は笑みを深くした。
「ここではなんです。宮へ寄せていただいても宜しゅうございますか?」
「構いませんわ。どうぞ」
快く応じると、イノは尚宮に茶菓を用意するよう命じ、叔父を先導して宮へ入った。
***
「どうぞ、お召し上がりください。先日、世子様から差し入れていただいた、柚子で作らせましたの」
イノは、尚宮が湯を注ぐのを示しながら、叔父に勧めた。柚子の蜂蜜漬けを煮込んだものに湯を注いで飲む、柚子茶だ。
家によっては、皮も煮込み、それを飲む時に一緒に入れたりもする。茶請けを必要としない甘酸っぱい茶で、イノの大好物だが。
「あ……それとも叔父様、甘いものはお嫌いですか?」
好みも訊かずに用意してしまった、と今になって気付く。しかし、叔父は柔らかい笑顔と共に首を横に振った。
「とんでもない。甘いものは、大好きです。雲従街に評判の甘味処があるのですが、一人で入る勇気は流石になくて」
「あら。ヨンドゥ叔母様は? お話ししてご一緒して頂けば宜しいのに」
ヨンドゥ、というのは、叔父が昨年迎えたばかりの妻の名だ。
女性が一緒なら入り易かろうと、何気なく口にしただけなのだが、叔父は無言で湯呑みを掲げ、口を付けた。
笑顔が、一瞬冷えた気がしたのは、気の所為だろうか。
触れてはいけない話題に触れたような気がしたので、イノもそれ以上その話を続けず、自分も柚子茶を啜る。
「ところで、叔父様。今日は何か、ご用があってこちらへ参ったのでは?」
さり気なく、話を転じながら、湯呑みを円盤に戻す。
この叔父は、父の一番末の弟だが、実家にいた頃も、イノは勿論、父にも滅多に会いに来なかった。
宮中入りした翌日、イノの宮へも顔を出したが、今日はそれ以来の来訪だ。特別な用がある以外に、ここへ顔を出す理由が考えられなかった。
「ああ、そうです。肝心なコトを忘れるところでした」
言うなり、湯呑みを置くと、袖口を探る。
そこから出てきた手は、巾着を握っていた。
「これをお渡ししたくて参ったのです」
一旦置く場所がなかった為か、直接手渡されたそれは、薄桃色の地に、赤い花の刺繍が施されている。
「……まあ。可愛らしい。ありがとうございます」
自然、頬が緩んだ。
「わたくしの為に、わざわざ?」
「ええ。それでは、私はこれで」
贈り物を渡しに来た割には、どこで買ったとか、手に入れたとか、誰が刺繍したのだとかいう説明もなく、叔父はさっさと腰を上げた。
「あら、もうお帰りに?」
「いえ。このあと、王妃様にお会いするのでね。それでは」
形ばかり慇懃に頭を下げた叔父は、名残を惜しむ様子も見せず、踵を返す。
静寂が戻った部屋に取り残され、イノはそっと溜息を吐いた。
(……ホント、よく分からない人)
それが、叔父に対する正直な評価だ。
付き合いがあまりないので、そもそも人となりを深く知らない。
イノが叔父について知っていることと言えば、常に笑顔の人ということくらいだ。それが、ある意味で彼の無表情になっている気もする。
(でも、こうして贈り物をくれるってコトは、悪い人じゃないのよね……多分)
何気なく巾着の口を開けたイノは、目を見開いた。
中には、小さく折り畳まれた薄紙がいくつも入っている。形状からすると、明らかに何かの薬を包んであるとしか思えなかった。
(何だろう……まさか、叔父様の薬入れと間違えて渡されたとか?)
あの叔父に、何かの持病があったとは聞いたことがないが、そうだとすれば非常にまずい。
すぐに返しに行かなければ、と思ったところで、長方形に折り畳まれた紙が混ざっているのに気付いた。
薬の包みより大きい。取り出してみると、それは書翰のようだった。
書翰の表には、『良娣様へ』と書かれている。
(……私宛?)
不審に思いながらも裏返すと、裏には叔父の名の中の一文字、『衡』が記されていた。
とにかく自分宛ということは、読めということだ。
イノは、遠慮なく中身を引っ張り出して開いた。
『良娣様
前置き抜きで失礼致します。
一緒に渡しました薬は、世子様に毎日一袋分ずつ服用させてください。
いずれ衰弱し、この世から去って頂けることでしょう。そして、それがあなた様の仕業と露見することはございません。
わたくしがあなた様を世子様のご側室にと推したのは、この大業を成す為です。
これが、テヤン王子様の御為です。
世子様さえ消えれば、晴れてテヤン王子様を世子位に、ゆくゆくは王位にお就けすることができます。
延いては、我がユン一族の繁栄も掛かっております。
あなた様がテヤン王子様を可愛がっておられると聞きましたので、最初から正直に申し上げることができました。ありがとうございます
ユン・ウォニョン
追伸。
申し上げるまでもございませんが、このことは姉もお望みのことです。きっと成し遂げて頂けると信じております。
尚、お読みになったら、この文は燃やしてくださいますよう――』
「……何……これ……」
読み終えても、しばらく動けなかった。
何だろう、これは。そう、脳裏で繰り返す。
読んだ端から、内容がすべて頭の外へ流れていくような気がした。
理解できない。いや、したくない。
(世子様を……殺せっていうの? 私に? 姉って……王妃様のコト? 王妃様もお望みだっていうの?)
イノには、王妃の他にもう一人、父方の叔母がいる。王妃のすぐ上の姉に当たる女性だ。だが、ウォニョンがいうのは、間違いなく現王妃のほうだろう。
(世子様がいなくなれば……テヤン王子様が王位に就く……?)
確かに、叔母の立場なら、ファンを世子に据えたいと思っても不思議はないかも知れない。
今の世子は、実は叔母の産んだ子ではないのは、イノも知っている。世子は、現国王の第二王妃の子だ。
だが、世子の生母は、世子を産んで六日後に息を引き取っている。産後の肥立ちがよくなかったらしい。それを受けて、第三王妃として立ったのが、現王妃――イノの叔母だ。
(だからって……叔母様が王妃になったのって確か、世子様が二歳か三歳くらいだったんじゃ)
その時から、叔母は世子の育ての母だったと聞いている。
つまり、今のファンと同じ年の頃から育てているのだ。そして、その時の叔母が、今のイノと同い年くらいだった筈だ。
(……有り得ないわ。少なくとも、私だったら考えられない)
イノが叔母の立場だったとして、あんなに愛らしい頃から手塩に掛けて育てた子を、あとになって殺せるだろうか。
(無理よ)
考えるまでもなく答えは出る。
たとえ、そのあとで実の子が産まれたからと言って、突然我が子同様に育てた子への愛情がなくなるとは思えない。
だが、一緒に育った弟に漏らす本音もあるのかも知れない。イノには言わないことを、だ。
そう考えると、叔母に相談するのは、選択肢から外さざるを得なかった。
(世子様に言うのも……当然ダメね)
彼は、感受性の強い青年だ。
義理とは言え、叔父が自分を殺そうとしているなんて知ったら、どれほど衝撃を受けることか。
(かといって殿下に申し上げるのも……)
下手をすれば、叔父の首が飛んでしまう。
(……まあ、正直言えば飛んだっていいけど)
穏やかな笑顔を思い浮かべて、フンと鼻を鳴らす。
とんだ古狸――いや、体型から言えば狐のほうが相応しいか。
(思い通りになると思ったら大間違いよ)
とにかく、この薬をどうにかしてしまわなくては。
しかし、燃やしたら、何かよくない――毒素のようなものが出るかも知れない。
考えた末、イノは書翰には蝋燭の火を着けて始末すると、巾着ごと薬を持って立ち上がった。
***
「――これは、良娣様」
交泰殿へ赴くと、王妃付きの尚宮が駆け寄り、イノに頭を下げる。
「何かお忘れ物でも?」
ついさっき、交泰殿を辞して行ったばかりなのに、という意味合いが含まれた声音だ。
「先程、ウォニョン叔父様がわたくしの宮に来られたのだ。その時に、お忘れ物をなさったので、届けに来た。叔父様はまだこちらか?」
「はい」
「では、王妃様に取り次いでくれ」
畏まりました、と更に深く腰を折ると、尚宮は中に向かって口を開いた。
「王妃様。ユン良娣様がお越しです」
すぐに「お通しなさい」と返答があり、尚宮がこちらを振り返る。
「どうぞ」
と言われると同時に、イノは中へ足を進めた。
部屋へ歩を進めると、控えていた内人〔女官の位の名称〕が扉を開く。
「王妃様」
扉の中へ足を踏み入れ、軽く頭を下げる。
上げた視界の中には、先刻別れたばかりの二人――王妃と叔父の姿があった。
「どうしたの、イノ。忘れ物でもした?」
「いえ。先程、叔父様がわたくしの許へ来られた時、お帰り際に贈り物をくださったのです。ですが、どうやらご自分の巾着と間違われたようで……王妃様の許へ行くと申しておられたので、まだいらっしゃるかと」
イノはニコリと笑顔を浮かべると、唐衣の前裾の下へ隠していた手を取り出し、叔父に歩み寄った。
「いけませんわ、叔父様。ご持病がおありとは存じませんでしたが、ご自分の常備薬を入れた袋と贈り物を取り違えては……下手をすればお命に関わります」
床に膝を突き、巾着を床へ置いて滑らせた。
「お渡しできてよかったですわ。それでは、わたくしはこれにて。ご歓談中、失礼致しました」
後半は王妃に向けて言い、立ち上がる。深々と頭を下げ、静々と二、三歩後ろに下がったあと、踵を返した。
しかし、交泰殿を辞して程なく、「良娣様!」と背中から叔父の声が追い掛けてきた。
構わず歩き続けていると、「良娣様をお止めせよ!」と後ろを歩いている女官たちに向けたと思しき声が続く。
「良娣様」
囁くように、すぐ後ろを歩く尚宮に呼ばれ、イノは仕方なく足を止めた。
同時に、息せき切った叔父が正面へ回り込む。
「良娣様。これは、どういうコトです」
「どう、とは?」
イノは、大真面目に叔父に向かって問い返した。すると叔父は、巾着を握りしめたまま口を開く。
「これは、良娣様に差し上げたのですよ!? 文にもそのように」
「文……とは、何のことでしょう。その巾着に入っていたのは、叔父様の常備薬のみでしたよ?」
心底不思議そうな表情で首を傾げて見せると、叔父の表情は『唖然』と『愕然』を程良く混ぜたようなそれになった。
叔父が立ち直る前に、イノは畳み掛ける。
「もし、次にそのようなコトがございましたら、殿下にご相談申し上げますわ」
言葉の真意は、即座に叔父に伝わったらしい。顔色を変えて、「殿下に、ですと!?」と叫ぶ。
イノの後ろに女官がいるのに、それが完全に目に入っていない体だ。
「ええ。殿下なら、物忘れの専門の医官をご存じかも知れません。ご存じなくとも、御医に訊いてくださるでしょうし」
それでは、と会釈して、イノは叔父の横をすり抜けるように歩き出した。
「お待ちを!」
引き留めるように上腕部を掴まれて、再度やむなく足を止めたイノは、「無礼ですよ」と静かに言った。
「血筋上は叔父様のほうが目上ですが、品階は従二品のわたくしのほうが上です。叔父様は、弘文館の応教で正四品でしたね」
その上、ここは宮中で、いわば公式の場だ。
それが分からないほど、愚かな男ではないらしい。
ハッと目を見開いた叔父は、見た目には忌々しげに唇を震わせると、渋々手を離した。
「……申し訳……ございません。ご無礼を致しました」
「二度はありません。宜しいですね」
「はい……ですが、良娣様」
「わたくしは、世子様の妻です」
毅然と言うと、今度は先刻とは違う意味で、またも叔父は瞠目する。
「たとえ、あの方がわたくしを妹としか思っておられなくとも、わたくしは心からお慕いしております。親類縁者を大切にするのも儒教の教えですが、両者を秤に掛けねばならなくなった時は、わたくしは夫と運命を共に致しますので」
だから、今後何を言われようと、それが一族繁栄の為であろうと、イノが金輪際世子の暗殺に手を貸すことはない。
ファンを可愛く思っていることと、それは全く別の問題だし、筋が通らない。
暗にそれをはっきりと告げると、イノは踵を返す。
今度は、ウォニョンも追って来なかった。
「……良娣様」
恐る恐るといった口調で、背後から話し掛けてくる尚宮に、「今のやり取りは他言無用だ」と返す。
「この場にいた内人たちにも徹底しなさい。いいわね」
「……はい、良娣様」
余計なことを一切言わずに、ただ返事を返した尚宮の声を背に、強張った顔のまま居所へ歩を進める。その途中、「イノねえさまー」と前方から声が掛かった。
視線を上げると、満面の笑みを浮かべたオキョンが、こちらへ駆けてくるところだった。
その後ろから、尚宮の手を握ったままのファンもヨチヨチと走っている。
こんな陰謀だらけの宮中で、あの無垢な幼子たちはどう育つのだろう。
そんな不安を胸の奥にしまい込み、イノは子供たちに笑顔を返した。
【了】初出:2018.09.18. 加筆修正:2019.02.03.
©️和倉 眞吹2019.
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【参考資料】
・韓国語版ウィキペディア(+Web翻訳機)
・朝鮮王朝実録【改訂版】朴永圭著、神田聡・尹淑姫共訳/敬称略