三角人形
ピンクと水色に真ん中で対角線状にくっきりと分けられた正方形の可愛らしい部屋。
ピンクの三角形の床には赤や朱、桃色に彩られた薔薇が散りばめられていて、壁際には熊やうさぎ、犬、猫、など様々な形のぬいぐるみがちょこんと座らされて並べられている。
壁は床よりも淡い薄桃色にクリーム色の模様で装飾されている。その壁にもたれかかる様にして気だるげに座り込む女の子が一人。
壁の三角のスペースで可愛らしい丸いクッションに沈み込む、まるでお人形さんの様に可愛らしい女の子は、その空間では少しばかり違和感を感じる濃い茶色のデフォルメされていない小熊のぬいぐるみを抱えて、焦点の合わない濡れたような薄茶の目を自身の陶器の様につるりとした細足に向けている。
やがて前触れも無く動き出した女の子の、腰まである薄茶の髪がサラサラと流れ落ちる。それに気にした素振りも無く小熊のぬいぐるみをそこらへ投げ捨てて女の子は反対側の水色に染まる空間に向かう。
水色の三角形の床には空の様な青や蒼、水色に彩られた柔らかい布製の造花。こちらも薔薇の形をしている。壁際にはイルカやイカ、アザラシや亀など様々な形のぬいぐるみがこれまたちょこんと並べられていた。
壁は床よりも濃い空色に、白の模様で装飾されている。その壁の先程と同じく三角スペースに向かった女の子は、今度は置かれている白と水色の華奢な椅子に座る事は無く、その椅子にこれまたこの空間では違和感を禁じ得ない毒々しい紫とも黒ともつかぬ色合いのタコ、そうヌメっとしたまだ動き出しそうな大きなタコを座らせた。…ぐでっ、と崩れるようにバランス悪く”置かれた”それを目の前に座り込んで、先程から変わらぬ貼り付けたような笑みで撫でる。
足と同じく陶器のように美しく伸びる腕に繋がるその手は、まるでそのタコの感触を何も感じぬかのように、ただ冷淡に機械的な動作で動かされていた。
そうしてしばらく遊んでいた女の子は、飽きたのか立ち上がってタコを鷲掴みにし、天井の無い部屋の外へと壁を越えて放り投げた。見事に飛んで行った哀れな物体は、ぐちゃっ、などと音を立てる事も無く消え失せた。どこへ行ってしまったのかは誰も知らない。 シルヒツヨウノナイコトダ
そうして特に表情を変える事も無く水色と桃色の境目に横たわる。一糸纏わぬその姿が境界線上でまるで水面に揺蕩うように、血溜まりに浮かぶように。空から落ちる様に、業火に呑まれる様に。美しく、ただ異様にさらけ出されていた。
その裸体はおおよそ人のものとは思えぬような平坦で何の取っ掛かりも無い、まるで本物の人形の様な身体だった。
ソレを上空から掴み上げる手が一つ。
大きな大きな巨人。ソレの数十倍はあろうかという背丈と、それに見合った体型。ソレと同じくらいの年齢に見える巨人は、だがしかし、ソレと比べてしまえば少し不細工であった。髪も短く、癖っ気のある冴えない色。腕も足もさして細くも長くも無く、目の色もくすんで見える。
完璧では無く、不完全な醜い生き物。
――――――だが、それが、人間というものであった―――――――
どうしようもなく、両者の間には、ただ純然たる違いがあった。
巨人はソレを着替えさせ、ピンクのドレスを着せた。髪をくしけずり、三つ編みを編んだ。
………ソレは動かない。
椅子に座らせ、机の上の食べ物を食べさせた。
動かない………
ベッドで眠らせ、朝の買い物に行かせた。
………ソレはうごかない。
男性の店員に話しかけられた。
はなしを、させられる………
また着替えさせられ、水色がかったウェディングドレス姿になる。
………ソレはニコリとも笑わない。ただ貼り付けた笑み。
店員との結婚式が行われた。
キス、させられる………
二人は家に帰り、一緒に寝た。
………ソレは、うごかない
永遠に、動かない。
チック タック チック タック
時計が時を刻み、やがて声が聞こえる。
「ご飯よ~!おもちゃ片付けていらっしゃーい!」
「もうちょっとー!」
カチ カチッ カチ カチッ
針が回り、音を鳴らす。
「早くしなさい!もう、また散らかして!」
「はーい、ごめんなさーい。」
ガシャガシャ
―――ポイッ
ボトッ―――
バタバタ
巨人の女の子は、おもちゃを箱に押し込み、お気に入りのお人形を箱庭に放り入れた。
この箱庭は特別。お人形も同じく。
祖父に貰った宝物。
それは、存在しないはずの存在。
…だって、そう。
祖父すら存在してはいない。
その中で、いつもいつも人形は動く。
人形は箱庭と共にある。
あらねば動く事は叶わない。
今日も邪魔な服を脱ぎ捨て踊り狂う。
緩慢に、時に排除を厭わず、箱庭で幸せに 暮 ら す
例え息をしていなくとも。
例え目がペイントだろうとも。
例え口が微笑んだまま固定されていようとも。
例え手足が硬いプラスチックであろうとも。
例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え、例え―――――――――――――――――――――――――――――
例え、人形であろうとも。
ヒトのカタチをしたイノチのナイ、マガイモノだとしても。
……ソレはソレで。
ふつうの女の子でありたいと願うのだ。
乱暴に扱われれば、イタイ
可愛い物に囲まれれば、シアワセ
箱庭から出されると、クルシイ
”物”への八つ当たりは、タノシイ、ムナシイ?
心が真っ二つで、ツライ
冷たい、熱い。
寒い、温かい。
潤う、渇く。
ココロってどこにあるんだろう。
水色とピンクに裂けた心は、人形の身体のどこにあるのかな?
脳みそも、心臓も。わたしにはないのに……
何故、何故、何故、何故、何故、何故?
なんで、心があるの?
ココロなんて厄介なだけ、だ………
この箱庭は、私の心を現す。
生まれたばかりの頃、この箱庭には何も無かった。
真っ白の空間だった。
誰に生み出されたのか、それとも自然発生したのか。
それすら知らず、分からずに、この人間の家へやって来た。
せめて、自分が何者なのか。
それすら知らずに生きるのは途方も無い徒労だ。
この箱庭に、囚われ続けるのは怖い。
嫌だと、思う。
いつか、誰かが言った。
この箱庭はわたし自身だと。
わたしが作り出した幻想なのだと。
ぶち壊せば、わたしはわたしとして在れる。
けれど、それはとても難しい事だ。
意味すらまともに理解しきれているとは言えない。
ここは、全ての物が与えられ、全ての物が奪われている場所。
居心地の良いここから飛び出そうとは、仮にも居場所の出来てしまっている身では思えない。
ずっと、ずっと、永遠に、とわに閉じ込められ続けるのだろうか。
このままだと、きっとそうなるだろう。
箱庭はとても頑丈だ。
わたしの尽き果てるまで、壊れる事は無いように思う。
誰か、誰か。誰か、誰か。誰か、誰か。誰か、誰か。
誰か、誰か。誰か、誰か。誰か、誰か。誰か、誰か。
誰か、誰か。誰か、誰か。誰か、誰か。誰か、誰か。
誰か、誰か!誰か、誰か!誰か、誰か!誰か、誰か!
誰か、誰か!誰か、誰か!誰か、誰か!誰か、誰か!
誰か、誰か!誰か、誰か!誰か、誰か!誰か、誰か!
誰か、誰か?誰か、誰か?誰か、誰か?誰か、誰か?
誰か、誰か?誰か、誰か?誰か、誰か?誰か、誰か?
誰か、誰か?誰か、誰か?誰か、誰か?誰か、誰か?
誰も、いないの?
わたしを助け出してくれる人。