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人魚鎮魂歌  作者: 音音
8/11

引き金は引かれた

マーメイド探偵社の事務所に夕菜が入っていくと、ギョッとした顔で真莢と陽一が出迎えた。

「あの?」

 二人の様子に夕菜は困惑して入り口から動けなくなる。

 あの電話は社交辞令というやつで、本当は来ちゃいけなかったのだろうか? と不安になる。

「夕菜……どうした?」

「なにがあった?」

 二人の言葉から、歓迎されていないわけじゃなく、自分の様子が変らしいことに気が付く。

「え?」

 どこか汚れているんだろうか? と制服を見てみたり、髪を触ってみたりしたが、普段通りで変わったところがあるとは思えない。「あたし…どこか変ですか?」

「変っていうんじゃなくて……」

 陽一はそう言って真莢と顔を見合わせる。

「夕菜……自分で分かっていないみたいだな」

 そう言って真莢は少し思案すると、夕菜を手招きして近くに呼ぶ。

 夕菜が近くにくると、真莢はテーブルの上に出されてあった、お茶を夕菜に向けて、投げかけた。

(なんで!?)

 夕菜は真莢の突然の行動にびっくりしたが、それ以上に、次に起こった出来事にびっくりした。

 夕菜に向かってかけられたお茶が、夕菜に触れる寸前でとまって宙に浮いていた。

 その光景は、雪音に襲われたときのことを連想させた。

 しかも、真莢や陽一のさっきからの言動から、これをやってるのは自分らしい。

「あたし?」

 夕菜が困惑しながら、自分で自分の顔を指差しながら確認すると、宙に浮いていたお茶はパシャッと音を立てて床に落ちる。

「はらぁ~~。なるほど……さすが沖家のお嬢さんだけのことあるわ。真莢、こういうケースは初めて? ラルムなしでも力を使えるかもしれないっていうのは冗談だったんだけど、意外と当たってたみたいだね」

「沖家に女が生まれたことじたい初めてだよ。たぶん、なにかに触発されて血に眠っていた力が目覚めたんだと思うけど……」

 『なにか』というのは真莢への恋心のことだ。おそらく、真莢に冷たく当たられて、はっきりと真莢への想いを自覚したためだろう。 はっきり言われなくても陽一は分かった。

「あの……あたし、もしかして……」

「そう。人魚の力が目覚めたみたいだ」

 夕菜は真莢の言葉にショックを受ける。

 自分で予想はしていたものの、はっきり言われると、また状況は違ってくる。

「じゃぁ……あたしも、恋呪で……」

 次の言葉を吐き出すためにタイミングを計るかのように、夕菜はゴクッと唾を飲み込む。

「……好きな人のこと……殺しちゃうんですか?」

 悲壮感を隠し切れない夕菜を元気づけるかのように真莢はニッコリと微笑む。

「大丈夫。恋呪の力を封印することはできるし……それに、たぶん夕菜は」

 そこで言葉を区切ると、真莢は海音の名前を呼んだ。

 真莢に呼ばれて、海音はキッチンからエプロンで手を拭きながら出てくる。

「はい。なんでしょう? ……あら、夕菜様。力がお目覚めになったんですね」

「海音さん。あんまりびっくりしてないね」

 陽一の言葉に、海音はニコリと微笑みながら答える。

「えぇ。可能性として考えられましたから」

「海音。夕菜に恋呪を使う力があるか見てくれないか?」

 真莢の言葉に、海音はパチクリと瞬きをする。

「真莢様の命令であればいたしますが、そういった事をなさらなくてもわかりますけど」

「説明を頼む」

「はい。夕菜様に流れているのが、人間になられた人魚の方の血だからです。

 人魚が人間になるというのは、そういうことなのです。『老い』という行為を手にいれるために恋呪を紡ぐ力を失います。

 人間になったのですから、人間に恋をしたことで悲しむ必要がなくなるからです。

 そして、人間の姿を永久に手にいれることは人魚の姿に戻れないことを意味します。

 しかし、それ以外の…恋呪以外の力は残ります。でも、かなり弱まります。水を意のままに操ったりとか、その人魚が持っている独特の力とか。私の場合は、人の能力を読んだり、モノを視る力ですけれど。ですから、夕菜様がラルムなしに恋呪の力を使うことは、いくら人魚の血を引いていても、他の人間同様、不可能なのです」

 海音の説明に、夕菜は胸をなでおろす。

 しかし、次の海音の言葉に、夕菜は固まった。

「でも………夕菜様は、かなり力が強いように、お見受けしますし……念の為、見ておきましょうか? 真莢様」

 すこし不安げな調子の海音の言葉に、夕菜たち三人は頷いた。

 海音は、夕菜に『失礼します』と優雅に微笑むと、自分の額を夕菜の額に押しつけた。 ちょうど、おでこを使って熱はないか、調べるような格好だ。

「――――――あぁ。大丈夫ですね」

 額を離すと、海音は夕菜に向かって微笑む。

「恋呪の力はありません。安心してください」

 夕菜が、心の底から安心していると、海音は夕菜の手を両手で握手をするように握り締める。

「夕菜様が人魚の力に目覚めてくださって本当に嬉しいですわ。しかも、力は戦闘系。これで真莢様の身を守って下さる仲間が一人増えたと思うと心強いですわ」

 夕菜はいまいち意味が良く分からないまま、笑顔の海音に頷き返した。

「ど…どうも……」

 嬉しそうに語る海音の言葉の意味を、夕菜は後で知ることになる。



 ※ ※ ※


「あのさぁ、どこで女に惚れられたかなんてわかんないって」

 二つ目のラルムの存在について話している中、陽一は海音がリストアップした女の子の名前を見ながらぼやいた。

 陽一は、若森先輩と面識があった。面識があったと思われる女性の名前が印刷されている紙の束をテーブルの上にバサリと置く。

「だいたいさぁ。この、金森ヨネ・八十七歳っていうのは何?」

「若森さんの近所のタバコ屋さんの看板娘さんです」

「あのね……」

 生真面目な顔で答える海音に、陽一は疲れた声を出した。

 真莢と夕菜と雪音が、笑い声を一生懸命こらえている姿が視界に入るのも陽一としては面白くない。

 自分が一番働いてる気がするからだ。

「とりあえず……今日はここまでにしようか。もう遅いし」

 笑いをこらえながらの真莢の言葉にムカつきながらも、陽一は助かった。と思う。

 腕時計をみると短針は九時をさそうとしていた。

「夕菜。送ってくよ」

 そう言って立ち上がる真莢を陽一は止める。

「僕が送ってくよ。今日は家に帰るから、通り道だし。このままここにいてリストと睨めっこしたくないし」

 陽一は首を左右に曲げて、肩の疲れをほぐす。

「あぁ。じゃぁ頼む。車? バイク?」

「バイクに決まってるだろ。車で帰ったりしたら大騒ぎだよ」

 真莢は陽一に鍵を投げ渡す。

「さんきゅ。なんか急用があったら携帯に頼む。夕菜、行こう」

 陽一は、ドアの側に置いてあったヘルメットの片方を夕菜に渡した。


 地下駐車場に降りると、迷う事なく一台のバイクの前に陽一は行く。

 その後を追うように夕菜はついていき、陽一の背中に質問を投げ掛けた。

「あの…絢音さんって、どういう人ですか?」

「え? ――その名前、誰に聞いた?」

「真莢さん……」

「真莢が?」

 信じられないといった陽一の様子に、夕菜は慌てて首を横に振った。

「えっと、違うんです。いや…違くはないんだけど。今日、真莢さんを探してて見つけたとき、真莢さん眠ってて。それで、起こしたら、真莢さん寝ぼけてたらしく、あたしとその人のこと見間違えたみたいで、その時に…」

 しどろもどろな夕菜の説明を一通り聞いて、陽一はバイクのエンジンを掛けた。

 陽一の態度をみて、教えてもらえないんだろうか? と夕菜が思っていると……

「これから時間ある?」

 陽一の言葉に夕菜は瞬時に頷いた。

 近くのファミリーレストランに夕菜と陽一は入る。

「絢音っていうのは……真莢の恋人。親に聞かなかった? そこらへんのこと」

「沖家の初代と、真莢さんが海で遭難したのを人魚の姉妹が助けて恋に落ちたという話しなら」

「それ。その姉の人魚の名前が絢音。妹のほうが華魚。っていう名前。真莢、前に夕菜と絢音が似てるっていってたから、それで間違えたのかもね。寝起きでぼんやりしてて、一瞬、現実と夢の区別つかなかったんだろうね」

「夢…」

 夕菜は顔をしかめた。

「どーした?」

「血にまみれた人魚の夢をみるんです」

 ピクリと陽一の左の眉が動く。

「お腹の部分が抉り取られてて……あれが絢音さんなのかな」

 夢の中で自分に向かって『呪ってやる』と吐き捨てた人魚の姿が鮮やかに夕菜の脳裏によみがえる。

「あたしって……そんなに絢音さんに似てますか?」

 夕菜の問いに、陽一は困ったように笑う。

「僕ねぇ、絢音と会ったことないから。真莢と出会って、つるむようになったのも案外最近なんだ。ただ、一つだけはっきりしてるのは、真莢は絢音のために人魚鎮魂歌師をやってるってこと」

「……供養のためですか?」

 夕菜の言葉に、陽一は『あれっ?』といった顔になる。

「沖家では、そういう風に伝えられちゃってる? 絢音はまだ生きてるよ。まぁ、あの時からずっと行方不明なんだから、真莢以外には死んでるのも一緒か」

 のほほん。とした言い方を陽一は故意にする。

「生きてるんですか? でも、だったらなんで真莢さんの前にあらわれないの?」

 夕菜の言い方には、私情が挟まってるからなのか、もともとの考え方なのか、絢音への非難や憤りの感情が込められている。

「そんなこと僕に聞かれてもねぇ。なんか、真莢に会いにこれない理由があるんでしょ。だから、自分から会いに行こうって真莢は人魚鎮魂歌師をして、絢音の居場所の情報を集めてるんだ。もしかするとラルムの中に彼女の行方を知っている人魚の物が混じってるかもしれないから」

「でも……どうして、絢音さんが生きてるってわかるんだろう?」

「真莢がいうには、人魚の肉を食べたら不老不死になるわけじゃなくて、食べた人魚と生死が一緒になるだけなんだってさ。だから、自分が生きてる間は絢音もどこかで生きてるって事なんだ。っていってた」

「たった……それだけ、ですか?」

「そう。僕らにとっては、たったそれだけの事。それでも……真莢にとっては違うんだろうね」

 夕菜は膝の上で、ぎゅっと手を握り締める。 爪が掌に食い込んで痛みを訴えた。

「真莢のことあきらめる?」

「いえ……あきらめない。まだ……結果を貰ったわけじゃないから」

「じゃぁ、応援してあげよう」

 陽一はそういうと伝票を手に席を立った。

 夕菜の家に着く頃には、十一時半をまわっていた。

 門の前にバイクを止めると、陽一は夕菜のヘルメットを受け取る。

「親、大丈夫? 連絡いれてないでしょ?」

「美由の家に居たことにするから……」

「嘘つくのか? 信じてもらえないと思うけどなぁ」

 陽一の呆れたような馬鹿にしたような声に、夕菜は、おもいっきり陽一の足を踏み付けた。

(他にどう言えって言うの! 真莢さんたちとラルム探しをしてると言えば心配をかけるだけなのに!)

「じゃぁっ。また明日」

 手を振って夕菜は玄関へと、音を立てないようにして走っていく。

 陽一は、すぐには立ち去らずに、かぶったままだったヘルメットを脱ぐと、バイクに寄り掛かって様子を伺う。

「夕菜!」

「お嬢様!」

 距離があるため、聞こえてきた怒鳴り声は、風の音で消えそうなほど微かなものだったが、陽一の耳にはしっかりと届いていた。

 陽一は苦笑すると、抱えていたヘルメットを置き、玄関のほうに走っていった。

 夕菜を出迎えていたのは、両親と古株のお手伝いさんの三人だった。

 陽一は夕菜の隣に立ち、軽く手を肩に触れながら頭を下げる。

「今晩は。クラスメイトの安岡陽一といいます。今日はお嬢さんを遅くまで引き止めてしまってすみませんでした」

 もう一度、陽一は深く頭を下げる。

「君が、ずっと一緒だったのかね?」

 夕菜の父親の言葉に陽一は頷き顔を上げる。

「はい」

 顔をあげた陽一を、じっと見つめ……

「あぁ、君は。安岡さんの……なんどか会ったことがあるね」

「はい。陽一です。お久し振りです、沖社長」

 上品な笑みを浮かべて、陽一は言葉を返す。

「誠杏学園に進学したと聞いていたけれど?」

「数日前に、転校してきました。今の学校には夕菜さんがいますから」

 悪びれずにいう陽一の言葉に、わずかに口の端を上げて、夕菜の父親は笑う。

「なるほど。次からは遅くなるようだったら連絡をいれてくれるかな。夕菜は沖家の大事な一人娘だから」

「以後、気をつけます。それでは失礼します」

 陽一は軽く頭を下げると、帰っていく。

 夕菜は陽一の後を追った。

「ちょっと……なんで出てくるのよ」

 小声で後ろにいる両親たちに聞こえないように夕菜は喋る。

 しかし……その様子も、後ろから見ると、ただイチャついているようにしか見えなかった。

「だって、これで夕菜が外出禁止とかなったりしたら大変だろ?」

「でもでも! あれじゃ、あたしたちつきあってるみたいじゃない」

「やだな、僕ひとことも交際してるなんていってないし、夕菜は沖家の一人娘。僕は長男。どう転んでも結婚はないから安心しな」

 どうして、そこまで話が飛べるんだ? と夕菜は言葉を失った。

「でも、これで夜遅くなることが、これからあっても僕が一緒だ。っていえばOKでしょ。僕ほど身元のしっかりした人間はいないし」

「…表面的にはね」

「うまい言い方するね。じゃぁ、また明日、事務所で」

 陽一はニッコリ笑うと走っていく。少しするとバイクが走り去っていくエンジン音が聞こえた。

 夕菜が溜め息を付きながら、家に戻ると両親はまだ玄関にいて、待ち構えていた。

「今日は遅くなってごめんなさい。次から、遅くなるようなことがあれば連絡いれます」

 ぺこり。と頭を下げる夕菜に向かって、父親は頷く。

「そうだな。どれだけ皆が心配したか知ってるか? 携帯にかけてもつながらないし」

「え?」

 夕菜は慌てて、バックの中を探る。

 携帯のディスプレイをみると、普段は表示されている日付や時間が消えている。

「あ……ごめんなさい。電池が切れてる」

 両親は、しかたないやつだ。とでもいうように、深い溜め息をついた。

「まぁ、陽一君が一緒だったということで今日のことは許してやろう。彼は昔からしっかりしている子供だった。で? 彼は養子でもいいと言ってるのか?」

「そんな話してません!」

「なにもそんな怒らなくてもいいだろう」

 夕菜の怒鳴り声に、父親は目を丸くした。

「あなた。まだ、夕菜には結婚なんて早すぎますよ。結納はやっぱり大学の二回生あたりが丁度いいんじゃないかしら?

 あぁ、でも。学生結婚っていうのも格好いいわねぇ。高校生で婚約中っていうのも漫画みたいで素敵だし………やっぱり、今すぐ縁談進めますか?」

(なにが……結婚は有り得ない。だぁ? 十分親は乗り気だよぉ!!)

 夕菜はこの後、延々と一時間もかけて、陽一とはただの友達。であることを説明しなければならなかった。

(帰りが遅いことでお説教受けるほうが楽だったかも……)



 ※ ※ ※


 夕菜が家に帰ってくる数時間前、美由は姉と食卓を囲んでいた。

「今日は何か学校であった?」

 優しげな微笑みで聞いてくる姉に、美由は用意していた学校の話題を、どれから話そうか? と考える。

 美由にとって、姉に学校のことをおもしろおかしく話すのは、日々の日課といっても良いような行為だった。

 姉に話すことによって、その日の出来事をを自分の中で消化しているような気もする。

「そうだ。イケメン転校生が来たって話したじゃない。昨日は休みたいだったのね。転校してすぐに休むもんだから、担任が、いじめられてるんじゃないか? って心配してた。って夕菜が話してた。あの、担任って見掛けによらず気が付く先生なんだね! って、そんな心配はないのに。って夕菜いうんだよ。それでね、安岡君。今日も休みかなって思ってたら、授業の途中から、いきなりノックもなしに前のドアから入ってきて」

 どくん。と何かの鼓動が聞こえたような気がして美由は言葉を切る。

(気のせいかなぁ?)

「みんな一瞬ギョッとしちゃって……」

(やっぱり……なんか変?) 

 美由はそう感じたが、具合が悪いって言うほどではない。

 それに、せっかく用意した話題を姉に話さなきゃ。と思い口を開こうとするのだが……

「美由? どうしたの?」

 姉の心配そうな声に、美由は大丈夫と頷く。

(そういえば……六時間目が始まるときの夕菜の様子……変だったな)

 授業が終わる頃には不断の様子に戻っていたから、まだ少し具合が悪かったのだろう。と片付けてしまったのだが……

「美由? 具合が悪いの? だったら横になったほうが……」

 美由は姉の声を遠くに感じる。

(夕菜……泣いてたのかな?)

 もう……姉の呼ぶ声は美由には届かなかった。

(誰?)

 自分の側に姉以外の誰かがいる感覚、美由はあやふやな意識の中で戦慄した。



 ※ ※ ※


「夕菜さん。来ませんねぇ」

 壁に掛けてある時計を、しきりに気にしながら海音は誰へともなく呟く。

 昨日帰りが遅かったことで、外出禁止にでもされたんだろうか? と陽一は考える。

 自分ではかなり旨く立ち回ったつもりだったのだが……

(もうひと押ししとけば良かったかな)

 陽一は紅茶に手を伸ばす。

「陽一様。昨晩、夕菜様を送っていったときに、いかがわしいことでもなさりました?」

 ちょうど紅茶を飲みかけていたところにかけられた言葉に、陽一は咳き込む。

 苦しそうに咳き込む陽一の背中を、海音は右手でさする。

「大丈夫ですか? でも、いきなりどうなさったんですか?」

 少し離れた場所にある、机のほうに座っている真莢は、机に突っ伏して笑いをこらえている。

「ゲホッ……海音さんから、そういうこと言われるとは思ってもみなかった」

「まぁ……では、夕菜様に?」

「してないわ!」

 雪音に対してはしょっちゅうだが、陽一が海音に対して怒鳴ると言うのは珍しい。

 ムキになって答える、陽一の様子に、海音は口元を押さえる。

「ごめっ…ごめん。いいすぎた」

 泣くのをこらえてるのかと勘違いした陽一が謝るのと、海音が吹き出すのは同時だった。

「ごめんなさい。ちょっと、夕菜様がまだいらっしゃらなくて、暇をもて余していたものですから」

 すまなさそうに笑う海音の姿に陽一は、頭を抱えた。

 真莢が、そういう風に言ってみろ。と指示したんじゃないだろうか? と陽一は疑って、彼のほうを見る。

 真莢は机の上に置いてある携帯を取った。 夕菜のところに電話を掛けるのだろうか?と陽一は思うが、どうやらかけるのではなく、かかってきたらしい。

 着信音が鳴らないように、セットしてあったみたいだ。

「真莢です。……はい。……で、容体は? わかった。すぐそっちへ行く」

 簡単な受け答えの後、陽一は海音を呼ぶ。

「一緒に付いてきてくれ。夕菜の容体が変らしい。雪音は留守番しててくれ。何か必要になるものがあるかもしれないから。その時にすぐ持ってこられるように」

「はぁい」

 マンガ本を集中して読んでいた雪音は、ただならぬようすに気づいて、今は本を閉じている。

「陽一はどうする?」

「ネックレスのこともあるし……行った方がいいんだろうけど、僕が真莢たちと一緒にあらわれたら大変だろ? 夕菜の両親とは面識あるし。昨日も、送っていったときに会ってるから。念のために一緒に行って、車で待機してる」

「わかった。じゃぁ、急ごう」

 真莢は時計で時間を確認する。

「夕菜の心臓停止から五分が経っている。のんびりはしてられない」

 真莢の言葉に、陽一は、ふむ。と頭の中でちょっとした計算をしてみる。

(ぎりぎり大丈夫かな)

「なら、先に真莢と海音さんが行ったほうがいいな。僕は後から車で向かうよ。夕菜の家の玄関に二人を空間移動させる」

「大丈夫か?」

「なんとかギリギリ大丈夫だと思う。ただ、位置まで正確にっていうのは無理だから、海音さんナビして。映像のほうは直接、海音さんの頭の中に流し込むから、その場所に移動の力を引っ張って。できる?」

「はい。それくらいなら」

「二人とも、しっかり手を握るなり抱き合うなりしてて。途中で離れたりしないように」

 陽一は、口の中でぶつぶつと何かを唱える。 手をつなぎ寄り添うように立っている二人の足元に銀の線が走り、円と複雑な紋様が描かれていく。

「飛ばすよ」

 陽一がそういうと、銀色の円も二人の姿も消えた。

「ふぇ……もう…二度とやりたくないなぁ」 

しみじみと言う陽一の言葉に、雪音が近くによってくる。

「大丈夫?」

「大丈夫。ちょっと疲れてるけど」

「違う、真莢様たち」

「……………大丈夫」

(別に心配して欲しいわけじゃないけどねぇ)

 陽一は疲れた表情で自分の腕を見る。

「あぁ……やっぱ抑えられなかったか」

 袖を捲りあげてみた腕には、鱗の模様がはっきりとでていた。

 人の身体で使える力には限度があって、強い力を使うと、龍の血の方に力がいくため、こういった症状が現れる。

 中途半端に龍になっても、完全に龍になっても困るので、緊急時以外は強い力を使ったりはしないように陽一はしていた。

 陽一にとって、力を使う場合。龍に姿が変わらないように意識を集中するため、やたらと疲れるのだから、大して便利なものではない。緊急時には役に立つ。といった程度の認識である。

「さて、車で追いかけなきゃね」

「少し休んでからのがいいんじゃない?」

 雪音の言葉に、陽一は、平気だよ。と笑って地下の駐車場に向かった。



 ※ ※ ※


「コントロールいいね。海音」

 突然現れた真莢たちに、夕菜に心臓マッサージを施していた医師と看護婦は腰を抜かしている。

 陽一に空間移動の力を使って送ってもらう予定は玄関だったはずなのに、彼らは玄関をスッとばして、夕菜の部屋に直接飛んできてしまった。

「すみません。一瞬、夕菜様の気配に気を取られてしまって」

「うん。とりあえず、その二人の記憶消して」

「はい」

 海音は医師と看護婦の額に指を当てて、何かを短く呟く。

 処理が終わると、海音は二人を力で浮かせて部屋の外へと置いてくる。

 その間に、真莢は夕菜の様子をざっと見る。

「心臓は停止してる……でもこれは……」

 病気が原因じゃないな。

 ぼそりと真莢は呟く。

 事務所を出るときから、そんな予感はしていたのだ。

 目を凝らしてみると夕菜の身体に、人魚の呪。仇呪あだじゅが巻き付いている。

 真莢は、そっと呪に触れるように手を伸ばした。

「これは……また、やっかいな。『仇なすもの消えよ。心の音を止め闇の縁に降り立て……』って書いてある」

 呪から手を離すと、真莢は傍らにきていた海音を振り返る。

「どうやら、夕菜は人魚の力が目覚めてから、今度の騒動のラルムの持ち主と接触したらしい。夕菜の存在を勘違いして、呪をかけてきている。たぶん、恋敵だと思ったんだな」

「心臓が停止してから、そろそろ十分になります。急いだほうが…」

「うん。心臓停止っていっても、ペンダントのお陰で仮死状態みたいなものだから、呪を外せばなんとかなるな。海音、ナイフ」

 真莢はナイフを受け取ると、それを自分の手首にあて横にひいた。

 流れ落ちる血を一筋、夕菜の口に流しいれると、右手首からこぼれ落ちてくる血を、左手で受けとりながら解呪を紡ぐ。

 解呪に呼応しながら、真莢の血は空中を踊って、人魚の仇呪の上を這っていく。

「血よ。このもの汝と契約せし血の流れをくむ者。古の頃の盟約に従い、我の中に災いを取り込め」

 真莢の言葉に、仇呪の上を這っていた血は、呪を取りこんで、傷口から真莢の中へと戻っていく。

「これで、大丈夫でしょ」

 ピ―――という抑揚のない音を発していた心電図は、ピッピッと規則正しいリズムを刻み始める。

「これから忙しくなるな。夕菜の意識が戻れば、ラルムの持ち主が誰か分かるし。海音、夕菜について意識が戻るのを待ってくれ。たぶん、呪が外されたことで、ラルムの持ち主にダメージいってるから、新しい呪をすぐに仕掛けてくるようなことはないと思うが念の為だ」

 そう言うだけ言って、ドアの外に向かおうとしている真莢を海音は呼び止める。

「真莢様!」

「ちょっと和也に挨拶してくるだけだ。たぶん玄関のところで、俺がくるのをウロウロしながら待ってるから」

「いえ……そうではなくて、手首の傷の手当てを致します」

「あ、あぁ。術を使うのに付けた傷だから、必要ないよ。血は止まってるし」

「それでも、消毒して包帯は巻かないと。傷口からばい菌がはいります!」

 必死な瞳で訴えてくる海音に、真莢は右手を差し出した。

「手当て、お願いします」

「はい」

 海音は救急箱を取り出すと、ガーゼに消毒薬をたっぷり含ませて、傷口を拭う。

「うっ…」

 真莢は、消毒薬が染みて、顔をしかめる。

「少しの間我慢して下さい。ばい菌が入って、ぐちゅぐちゅに膿むよりは痛くないはずですから」

「……わかった」

 真莢は、手当てが終わると、ホッと息を付く。そして、手首を傷つけるよりも、消毒薬のほうが痛いというのは、不健全かもしれないな。と思いながら、夕菜の部屋を後にした。 夕菜の無事を報告するため、自分の到着を玄関で待っている和也の元へと向かった。



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