座敷童
気がついたら子供の人数が一人増えていた。
もしそういうことがあったら、増えた一人は座敷ワラシだと聞いたことがある。
きっと、いま自分のおかれている状況は、それに近いものなのだろうと、夕菜は理解するようにつとめた。
座敷ワラシという妖怪は、住み着いた家を繁栄させるというから縁起のいいものなのだろう。とも夕菜は考える。
しかし……である。
座敷わらしというくらいなのだから、当然、子供の姿であるはずだ。
(誰よ……このコは)
隣に座る、自分と同い年の、しかも制服を着込んだみなれない女子生徒に、夕菜は頭痛がしてきた。
美由と屋上でお弁当を食べて教室に戻ってきてみれば、見知らぬ女生徒が一人。
最初は他のクラスの子が遊びにきているのかとも思ったのだが、授業が始まっても帰らないばかりか、夕菜の隣の席に陣取ったのである。
(そこは新藤君の席……)
正式な席の持ち主である新藤君は一つ後ろにいつのまにか席がずれている。
さりげなく周りの子に聞いてみれば、冗談が旨いんだから。と夕菜は笑われた。
五限と六限の休み時間に、美由に聞いてみても、四月から、ずっと一緒のクラスだったと心配げな顔をされた。
(杉浦雪音……やっぱ、記憶にないよなぁ)
しかし、周りが四月から居たと言うのだから居たのかもしれない。
なにか事情があって新藤君と席を交換したとか?
そういう可能性を考えると、周りのが正しいような気がしてきてしまう。
しかし、自分の記憶が正しければ、彼女とは初対面のはずだ。
(みんなでグルになってあたしをからかってるとか?)
そんな事を考えながら、夕菜の午後の授業はつぶれていった。
※ ※ ※
ホームルームが終わって、美由と一緒に帰ろうと、夕菜が席を立とうとすると、隣の席に座っている正体不明の女子生徒。杉浦雪音が話しかけてきた。
「夕菜。少し話があるんだけどいいかしら?」
いきなり呼び捨てにされて、夕菜は少々……いや、かなりムカついたが、興味のほうが少しだけ勝った。
「なに? あたしこれから美由と帰るから、すぐすませてほしいんだけど」
できるだけ普通にしゃべろうとはしてみるが、どうしても、少しだけ声がきつくなってしまう。
「すぐにはすむと思うけど……ここじゃちょっとね」
「……じゃぁ、どこならいいわけ?」
「プールのところ。あそこなら、この時期だと人もいないし。静かに話ができるわ」
「プール? 鍵が閉まってて入れないんじゃないの?」
「大丈夫よ」
自信たっぷりにほほ笑む雪音に、夕菜は眉を潜めた。
そして、わざわざプールのところまで行くような、人気があるのを嫌ってするような話じゃ、どう考えてもすぐには終わりそうにもないと夕菜は考える。
「そう……。じゃぁ、先に行って待ってて。美由に一緒に帰れなくなったって言ってくるから」
そう言って、美由のところへと向う夕菜の後ろ姿に、雪音は冷めた微笑を送る。
更衣室からプールへと繋がる通路のところに貼られた、土足厳禁の紙に夕菜は足を止めた。
ちらりと床に目を落とせば、落ち葉や泥で汚れている。
「これを裸足で歩くのは……きついな」
夕菜は小さく呟くと、靴を履いたまま、プールのほうに上がってく。
雪音は2の番号のかかれたスタート台に腰掛けて待っていた。
「話ってなに?」
夕菜の問い掛けに、雪音は立ち上がり、夕菜と対峙する。
「話ってなに…かぁ。ねぇ、先に、あたしに話があるのは夕菜のほうじゃないの?」
雪音の言葉に、夕菜はピンとくる。
「やっぱり! 杉浦さんのこと、みんな四月から居るって言ったけど……」
「ご名答」
楽しそうに雪音は笑う。
(でも……クラスのみんなが、あたしを騙してからかったというのはいいにしても、美由や先生までがそんなことするかしら?)
夕菜の疑問を見透かしたように、余裕ありげな態度で雪音は口を開く。
「クラスの人達には、ちょっと暗示かけさせてもらったから」
「暗…示?」
うさん臭そうに言う夕菜にムッときたのか、雪音のこめかみがピクリと動く。
「そ・う・よ!」
スタッカートをきかせて雪音は怒鳴る。
「まさか、夕菜。あなたがそういったものに懐疑的な態度を取るとは思わなかったわ」
「だって、あたし超能力とかそういったたぐいのもの信じてないもの」
どうでもいいことのように夕菜は言う。
「よく言うわよ。真莢様がいなかったら死んでるくせに」
夕菜にしてみれば、そんなこと言われても。である。
だいたい、それとこれとがどう繋がるというのか。
「真莢? 誰よ、それ」
「様! サ・マ! を付けなさい!」
きつい調子の雪音の言葉に、夕菜は思わず一歩後退りした。
「んーと。真莢サマなんて、あたし知らないし、人違いなんじゃ?」
見ず知らずの人間を様付けして呼ぶことに多少の抵抗を感じながら、夕菜は雪音に反論を試みる。
「人違いじゃないもん。あんた、沖夕菜でしょ!」
ややヒステリック気味に叫ぶ雪音。
「そーだーけーどー」
夕菜はなんだか面倒くさくなってきた。
なんだか、わがままな子供を相手にしてるような気がしてきたのだ。
だいたい、暗示の話が、真莢という知らない人物の話になるということじたい、夕菜は戸惑っている。
「とりあえず話を戻そう。杉浦さんが暗示を使ってクラスに潜り込んだことを認めるとしよう。で、なんでそんなことしたわけ?」
なんとなく、真莢という人物の話をしていたら時間が無駄に過ぎる気がして、夕菜は無理やり話を最初の位置に戻す。
夕菜の言葉に、雪音は一瞬きょとんとしたものの、簡単に頷いた。けっこう単純素直な性格の持ち主らしい。
「それもそうね。夕菜に真莢様がどんなに偉大で格好よくて素晴らしい方かを語ってもしかたなさそうだし」
夕菜は、ひきつり、乾いた笑いを浮かべた。
(大丈夫か? この女?)
夕菜の心情を知ってか知らずか、雪音はコホンと咳をして喉の調子を整えると、ビシリと夕菜を指差した。
「あたしがクラスにもぐりこんだのは、あんたを殺すためよ!」
その言葉に、どう反応していいか分からない夕菜は、頭をポリポリと数回かいた後、ぽつりと言った。
「…………ごめん。あたし帰るわ」
きっと、自分が気が付かなかっただけで、杉浦雪音は四月から居たのだ。と夕菜は納得する。
そして、自分が雪音が誰なのか他のクラスメートに聞いていたのが雪音に聞こえてしまって、さすがに腹が立ったのだろう。それで、自分をからかっているのだ。と夕菜は自己完結をした。
驚く様子も見せず、どちらかというと呆れた感じで帰っていこうとする夕菜を、雪音はあわてた感じで呼び止めた。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
ここまでは夕菜も無視したが……
「逃げるき!?」
この言葉で、夕菜はピタッと立ち止まり、雪音を振り向いた。
「なんで、あたしが杉浦さんから逃げなきゃなんないわけ?」
夕菜は負けず嫌いだった……。
「そうこなくっちゃ。でも、逃げた方がよかったんじゃない?」
雪音の言葉に反応するように、風もないのにプールの水が小さく波立つ。
「杉浦さんがあたしのことを殺すから? でも、あたし、あなたに殺されなきゃならないようなことした覚えないけど」
夕菜は、雪音の茶番に付き合うことにして、話にのる。
それが一番早い解決方法だと判断したこともあったし、雪音が、これからどういう態度を取るのかということに興味があったからだ。 そのことについて、悪趣味と言われれば肯定するしかない。
「嘘がじょうずね。やっぱり裏切り者の一族だからかな」
「どういう意味よ」
穏やかとはいいがたい言葉に、夕菜は顔をしかめた。
「そうじゃない。さんざん真莢様を利用して」
悔しそうに、雪音は言葉を吐き出す。
またでてきた真莢という名前に、夕菜はうんざりした顔をした。
「どうせ、今度の事件だって夕菜が原因なんじゃないの。どうして! 沖家の人間は真莢様の邪魔ばっかりするわけ?」
泣きだしそうな雪音の表情に、夕菜はドキリとする。
(今まで気が付かなかったけど……この子からも、なんか懐かしい感じがする。相変わらず言ってることはワケわかんないけど)
雪音が、かもしだす雰囲気に、ぼんやりと夕菜はそう思った。
「夕菜がいなくなれば真莢様は自由になれるし、今度の事件も片付くし……」
自分に言い聞かせるように、雪音はブツブツと呟く。
「だからさ……死んで?」
雪音の瞳を見て……夕菜は恐怖に、一歩後退った。
(これは、マジ? ちょっと冗談抜きで怖いかも)
夕菜が恐怖にひきつっていると、雪音の後ろにあるプールの水が、いきなり空中に持ち上がった。
「なっ……なに!?」
目の錯覚かと思いたくなるような、信じられない出来事に、夕菜は足の力が抜け、タイルの上に尻もちをついた。
「びっくりした?」
クスリと笑って、嫣然と聞いてくる雪音に、夕菜は言葉が出ない。
雪音の指先がゆっくりと夕菜に向かって伸ばされると、空中に浮かんでいる水の塊は、夕菜の所へと移動し、夕菜のことを取り込んだ。
(くっ…苦しい…)
肺から空気がゴボッと逃げていく。
泳いで水の中から出ようとしても、上にも横にも、かなわない。
呼吸ができない苦しさのために、口の中に入ってきた水に夕菜は咳き込み、わずかに残っていた空気も吐き出してしまった。
かわりに、大量に入り込もうとする、汚れたプールの水に夕菜は意識を失いそうになる。
それでも懸命に開いていた目に、白く圧縮された空気のようなものが写った。
瞬間。水の膜は破れ、夕菜は水に濡れたタイルの上に座り込んだ。
「大丈夫か?」
一応そう聞くのが礼儀だろう。といった感じの声が、夕菜の頭上からふりそそがれる。
夕菜が咳き込みながらも、僅かに顔を上げて、上目遣いに見ると。そこには陽一の姿があった。
「やす……ケホッ…おか、くん…」
絞り出すような咳き込みながらの夕菜の声に陽一は肩をすくめる。
「ムリして喋らなくていいよ」
素っ気ない言い方も、苦しいせいで余り夕菜は気に留めない。
「雪音。こんなことして真莢が喜ぶとでも?」
陽一の言葉に、雪音は頬を膨らませる。
「だって! 夕菜がいたら、いつまでたっても真莢様、自由になれないじゃない。陽一だって、そう言ってたじゃない!」
雪音の言葉に、おそらく、自分を(どうやってかは分からないが)助けてくれたであろう陽一を、夕菜はビクリと見上げた。
(仲間? 杉浦さんと安岡君って……)
「だからといって、こういうやり方してもいいと思ってるのか? もし夕菜のことを殺すのに成功したとして、その事を真莢に何て説明するんだ」
呆れた陽一の言葉に、雪音は唇を噛み締める。
「真莢様は…きっと雪音のこと許してくれるもん」
すねた子供のような言いワケに、陽一は額を指で押さえた。
「あのな……。確かに、間違いなく真莢は雪音のことを責めたりはしないし、許すだろうよ。そのかわり、真莢は自分の事を一生、責め続けるぞ。んで、いま以上に真莢は沖家から離れられなくなる」
怒気の混ざった陽一の声に雪音は体を揺らした。
ポタッとこぼれる涙。
「ご…ごめんなさい……」
泣き出した雪音に、陽一は溜め息を付いて、夕菜を振り返る。
「僕じゃなくて、夕菜に謝れ」
雪音の視界から遮るように立っていた陽一は、横にずれて雪音をうながす。
「夕菜…ごめ…ん…なさい」
しゃっくりをあげながら謝る雪音に、夕菜は溜め息を付いた。
呼吸ができなかった苦しさも今では落ち着いて余裕ができている。
「この状況で許さないって言ったら、あたしのが悪者みたいだわ」
ふらつく足を支えるように、近くの壁に手を突いて夕菜は立ち上がると、雪音と陽一の顔を交互に見た。
「しょうがないから許してあげる。許すけど、そのかわり、事情を説明してよね」
夕菜は、できるだけ明るく言ったつもりだったが、その声と表情からは疲労がありありとうかがえた。
「送ってくよ。疲れてるみたいだし、その格好じゃ、普通には帰れないだろ」
夕菜は陽一の言葉に甘えることにする。
陽一にも好かれていないみたいだが、確かにこのずぶ濡れの格好では帰りづらい。周囲の好奇の視線にさらされるのは確実だ。
「じゃ、ちょっと失礼」
陽一はそう言うと、夕菜を抱えた。
いわゆるお姫様風、抱っこである。
「! ちょ…ちょっとまって! 一人で歩けるわよ」
予想外の行動に、夕菜はあわてる。
それに、この状態で人目にさらされるのは、かなり恥ずかしい。
このまま、校庭をつっきったりするのかと思うと、背中に寒気が走った……。
「とりあえず、僕がいいっていうまで目を閉じてて」
夕菜の意見を聞く様子もない、陽一の一方的な言葉に、夕菜は顔を人に見られないように両手で覆った。
このまま校庭をつっきって、タクシーなのだろうな……と言う夕菜の予想を裏切るように、一分も経たないうちに夕菜は地面へとおろされた。
「もう、目ぇ開けていいよ」
陽一の言葉に、夕菜は目を開け、信じられないものを見る。
「えっ? 家?」
目の前にあるのは、正真正銘、見なれまくった、まぎれもない自分の家である。
夕菜は、『なんで?』と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
水を宙に浮かすことのできる奴の仲間なのだから、きっと一瞬のうちに移動することもできるのだろう。と納得したのである。
(こういうのって……てれぽーてーしょん。っていうんだっけ?)
「じゃぁ、僕は帰るから」
陽一の言葉に、夕菜は我に返って陽一の服の裾を掴んだ。
「待った! 事情説明してもらってない」
陽一は面倒くさそうな顔をする。
「やっぱ、しなきゃダメ?」
夕菜は大きく頷く。
「じゃぁ、父親に真莢のこと聞いてみたら?そのことに関しては、僕なんかより、君の父親のが詳しいハズだから。それ以外のことは、明日。……僕か」
陽一は、そこで言葉を切り、逡巡して、戸惑いを隠せないようにして言葉を続けた。
「……真莢が、説明するよ。風邪、ひかないように気をつけろよ」
そう言って、普通に歩いて帰っていく陽一の後ろ姿を、夕菜は意外なものでもみるように見送った。
(あんな笑い方も…できるんじゃない……)
最後にちらりと、夕菜を気遣ったときに見せた陽一の優しげな微笑みに、夕菜は目をパチクリさせる。
「何か得した気分かも……」
睨まれてばかりで、初めて見ることのできた笑顔に夕菜は少し嬉しい気分になる。
しかし、自分の身体を貫く寒さに、夕菜は今の自分の状態を思い出した。
「これ……なんて説明しよう」
プール臭いずぶ濡れの格好に、夕菜は頭を悩ませた。
誰にも気付かれずにシャワーを浴びて着替えるっていうのは……
(無理よねー。制服だってクリーニングかけなきゃならないし)
夕菜の家は一般の家庭より、人の目というものが多かった。
「はぁー」
夕菜は盛大な溜め息を付いて、門をくぐり抜ける。
心配症の両親や、気心の知れた心配症のお手伝い逹が大騒ぎするのが目に見えるようだ。
※ ※ ※
ポテトチップスを口にくわえてパリンとわる。もちろんお菓子のお供のお茶は、ウエッジウッドのティーカップに注がれた昆布茶である。
「あーいい香り」
昆布茶の匂いに、真莢は安らいだように、ふうぅー。と息を吐き出す。
ポテトチップスが残り少なくなってきたところで、廊下の辺りが騒がしくなてきた。
騒音の元になっている二つの声は、両方とも真莢には馴染みのモノである。
「そーいえばさ。雪音をよこしたのって、海音の仕業?」
自分の向かいのソファーに座っている海音に真莢は尋ねるように微笑む。
「はい。さしでがましいかとも思いましたが、真莢様と陽一様だけでは心配だったものですから」
「オレって、そんなに頼りないかな?」
困ったように微笑む真莢に対して、海音はニッコリと笑顔を返した。
「もちろんですわ」
即答された海音の言葉に真莢はうーんと唸る。
「そっかなぁ。……まぁいいや。海音、ドアの前で固まってる二人を中にいれてやって」 真莢の言葉通り、さっきまで騒音の主だった二人は今ではドアの前で立ち止まり静かに口を閉じている。
別に、中の様子をうかがっているとかではなく、やましいことがあって入りずらいといったところだ。
「陽一様。雪音さん。なになさってるんですか?」
真莢の言葉に、海音はドアを開けると、陽一と雪音に向かって小首を傾げる。
「いや……その、なんちゅうか……なぁ?」
陽一は隣の雪音に話をふる。
「ねぇ? ……そう! いつみても海音ちゃんってばドアまでも綺麗に掃除してるなぁーって、陽一と感心して見てたのよ」
「そうそう。やっぱり、さすが海音さんだよなぁって」
二人の苦しい言い訳も、海音には有効だったらしく、海音は頬に手を当てて照れている。「今、お茶入れますね。みなさんがそろったらお出ししようと思って、ケーキを焼いておいたんです」
嬉しそうにぱたぱたと走って行く海音の後ろ姿に、その様子を一部始終見ていた真莢が注文を付ける。
「海音。オレ、梅昆布茶でお願い」
キッチンのほうから、海音の『はーい』という声が響く。
「真莢……お前、ケーキまで昆布茶で食うんか?」
気色悪そうに言う陽一に、横で雪音もウンウンと頷く。
「真莢様。ケーキにはやっぱりオレンジジュースですよ」
「バカいうなよ。紅茶だろ」
「陽一はそうでも、雪音は違うもん」
言い合う二人に、真莢はニッコリと視線を送った後、指でソファーに座るように指示する。
二人が、ぎこちなくソファーに座るのを見ると、真莢は口を開いた。
「で? なにやらかしてくれたの?」
やましいことがあったりすると、かえって笑顔で尋ねられるほうが怖かったりする。
真莢の優しい口調と笑顔に、二人は凍り付いた。
「その……雪音がな……」
陽一がそこまで言いかけると、隣に座った雪音が陽一のことを肘でつつく。
雪音が夕菜を殺しかけたことは相談の上、内緒にすることにしたのである。
「じゃなくて……いや、なんて言っていいか。つまり、真莢のことが沖家の娘にバレタ」
すまなそうに謝る陽一と雪音に、真莢は、なんだそんなことか。と二人には予想はずれの態度を取った。
「別にいいよ。僕のことを知る権利を、彼女はもともと保有しているんだから」
「それとな、明日。夕菜に事情を説明する約束を……」
真莢も、陽一のこの言葉にはさすがに頭を抱えた。
「彼女を巻き込んでどうする。今回の原因は彼女じゃなかったんだろ?」
真莢自身は、その辺のことを確かめてはいないが、陽一がそういった行動を取った。ということで、夕菜が原因ではなかったという風に解釈する。
「そりゃ、そうだけど……。ちょっと成り行きでそうなっちゃって――。でも、夕菜の協力は必要になるかも」
陽一は濁すように、歯切れ悪く言葉を紡ぐ。
「どういう意味だ?」
「あんまり断定はできないけど。やっぱり、美由っていうのが、それらしい」
はっきりしない言い方に、真莢は眉を寄せる。
「陽一らしくない言い方だな。雪音は、美由と会ったことは?」
「少しならあるよ。でもー、あたし夕菜のほうに気ぃとられてたから、わかんない」
あっけらかん。とした雪音の言葉に、真莢は苦笑いをする。
「陽一。ターゲットは美由にしぼっていいんだな?」
真莢の確認の言葉に、陽一はとりあえずといった風に頷く。
「うん。それは間違いない。でも、なんかさぁー。二人も殺したわりには、力が弱いんだよ」
「力が弱い?」
「うまく言えないけど……美由からは、人魚の残り香、程度しか感じない」
口元に手を当てて、考え込むようにしながら陽一は複雑な表情で言う。
「残り香…ねぇ。力をうまく隠してるとかじゃなくてか?」
真莢の問いに、陽一はわからないと首を左右に振る。
「真莢……本当に今回のはちょっとヤバイかもよ?」
陽一は不安げな表情をした。
※ ※ ※
「真莢様。よろしいですか?」
真莢が窓の側でタバコをふかしていると、海音が紙の束を手にして声を掛けてきた。
「なに?」
タバコを消しながら、真莢は海音に向かって微笑する。
「沖家のお嬢様のことで気になることがありまして……」
命令されてもいないのに、勝手に調べてしまったことへの後ろめたさからか、海音は真莢の顔色を窺うように、言葉を区切った。
「――続けて」
窓の外へ視線を向けながら、真莢は海音に先を促した。
「沖家のお嬢様……夕菜様が幼い頃、親族の間で『忌み子』と呼ばれていたと……」
そこから先をどう続けたらいいのか、わからずに海音は口を閉じ、真莢の言葉を待った。
「さすが海音だね。そんな事まで調べられるなんて………うん。そう、夕菜は昔そう呼ばれていたよ。沖家では生まれるはずのない女の子供。彼女の母親、つまり、現在の沖家の当主の奥さんは、一族の人間じゃなくてね。 その事でも、かなりの反感を買っていたのに、生まれてきた赤ん坊が女の子。笑っちゃうような大騒ぎだったよ。まぁ、それもすぐに治まったけど」
当時を思い出したのか、喉の奥で、ククッと真莢は笑った。
「現在の当主の奥様が一族のものではないというのはどういう事でしょう? 沖家には男子しか生まれませんから、今までの当主の奥様方も一族のものではなかったかと思いますが?」
「沖家の初代である藤史の本妻の血筋が沖家。そして、妾の血筋であるのが千花家。沖家が表なら千花は裏。
不思議なことに、千花の家には女しか生まれない。だから、血を濃く残すために、婚姻は両家の間でずっと行われていた。沖や千花の両家にとって、繁栄をもたらす血を薄めるわけにはいかないから……ずっと、続いてる。でもね、和也は、その無理に気付いた。血を守っていくことも限界だと……」
真莢は、沖家の現当主を『和也』と親しげに呼び、微笑んだ。
数十分後。真莢の携帯電話が鳴る。
電話の相手は和也。
真莢は彼に7年ぶりに呼び出された。




