終章
あの激しい夏が終わり、秋が過ぎ、冬を乗り切り、そして春が訪れ私は高校三年になった。
「吉澤さん、これ図書室にお願い!」
「あ、は〜い。」
明日は入学式がある。新入生を迎える準備で校内は忙しい。
例年より桜が咲くのが早いらしく、うちの学校の自慢の桜もちらほらと花を咲かせている。
「綺麗…………」
うっとりするほどの鮮やかなピンクは、どことなくフラグメントを思い出させた。
戦いは羽竜君が勝った…………んだと思う。
無に還ろうとしていた宇宙からインフィニティ・ドライブが溢れ、崩壊していた世界を元に戻した。でも、誰一人としてあの悲惨な世界を記憶していなく、何事もなかったかのように過ごしている。蕾斗君の存在さえ、最初からなかったようになってる。
ううん、何事もなかったんだと思う。それがインフィニティ・ドライブの力なのか人々が記憶から消したのかはわからないけど、それでよかったのかもしれない。
「目黒君の事でも想ってた?」
「新井さん………」
そう、新井さんも高校三年生になったんだ。当たり前だけど。
気のせいか、少し色っぽくなった気がする。
「帰って来ないわよ。だってヴァルゼ・アーク様が勝ったんだもん。」
「そんな事ないもん。羽竜君はきっと帰って来るよ。」
どうやら解釈が違うようだった。新井さん達は、今の世界は新しい宇宙が始まったと思っている。私の解釈とは正反対。
互いに都合のいい解釈だとは思うけれど、今はこれでいい。
また新井さんと戦いたくないから。
「由利さん元気?」
「元気よ。お腹も大きくなって、すっかり妊婦さんね。」
由利さんのお腹に赤ちゃんがいると聞いた時は、腰が抜けるくらい驚いたな。
「よかった。で、あの子は?」
「景子?うん、相変わらず無愛想だけど、最近は隠れて笑顔の練習してるみたい。ファッション誌も読むようになって、総帥がいつ戻って来てもいいように自分を磨くんだって。」
笑顔って練習するものだったなんて………なんだか目に浮かぶな、その光景。
「あ、私職員室行かなきゃ!じゃあね、あかねちゃん!」
元気に走って行く姿には、もう戦慄なんて感じなかった。
放課後、まだ忙しさがやまない校内から離れ、私は公園にいた。平日の夕暮れ時は、この公園に人はあまりいない。想いに更けるにはもってこいの場所なんだ。
「花粉さえなければいい季節なのに。」
花粉症の私には、春は手放しでは喜べない。
ポケットティッシュは欠かせないし、目薬も欠かせない。
「ほんと、迷惑な季節。」
一人呟いてると、不穏に当てられた。気配の主は、
「サマエル!」
だった。
「クク………季節を楽しむのは人間の常かと思っていたが………どうやらそうではないらしいな。」
「天界にだって季節はあったでしょ?」
「無い。天界では季節の変化はほぼ無いと言ってもいい。」
季節の変化が無いなんて………私にとってはうらやましい。
「ふぅん。で、私に何か用?」
やっぱり仲良くなれる相手じゃなかった。会話に困る。
「お前はこの世界が元の世界だと思うか?」
「どういう意味?」
「人々には崩壊した世界の記憶がない。これは誰の意志だ?」
「し、知らないわよ。」
「羽竜もヴァルゼ・アークも帰って来ない。二人が死んで得をする存在があるという事かもしれんな。」
「や、やめてよ!羽竜君が死んだかどうかなんてまだわかんないでしょ!」
「ククク………そうだな。ひょっとしたら、まだ戦ってるのかもしれん。宇宙のどこかで。」
冷やかしに来たのならさっさとどっかに行ってもらいたい。
じゃなきゃ私が帰る。
「サマエル、貴方はこれからどうするの?」
人の世では生きてはいけないだろう。
「……………羽竜を探しに行く。」
「え?」
「俺はまだ羽竜とケリをつけてない。このままあやふやにされたんでは気分が悪いからな。」
「どこにいるのかわかるの?」
「わからんさ。だが、そう簡単にくたばる玉じゃないだろう?」
う〜ん………未だにサマエルの本心はわからない。羽竜君に心惹かれてるのは見え隠れするんだけど…………。
「せいぜい祈る事だ、ヴァルゼ・アークでなく羽竜が勝ったのだと。」
サマエルは空を見て言った。
去って行くサマエルに、
「サマエル!もし羽竜君に会う事が出来たら、早く帰って来なさいって伝えて!」
聞こえたのか消えて行く間際、片手を上げて応えた。
夕焼けが夜を連れ、一日が終わる。限られた時間の中を人は死ぬまで同じような毎日を送り続ける。
結局、私達は宇宙にもてあそばれただけかもしれない。
あの時に宇宙が無に還っても、すぐに生まれて来たんだろうし。
神様も天使も不死鳥族も悪魔も人も、心のどこかでみんな運命を恐れてた。
でもそれが弱い事だとは私は思わない。どんな人だって、躓いて、転んで、埃を叩きながら立ち上がってまた歩き出す。
自分が向かう場所とは行き着く先が違っていても………。
「人生なんてあっという間だもん、立ち止まってなんかいられないよね。そうでしょ?羽竜君。」
忙しい日々が終われば、戦いに導かれたあの夏がすぐに来る。
今年の夏はどんな夏になるのかな。
「早く戻って来ないと誰かに恋しちゃうんだから。」
輝く風が、新しい時代の始まりを告げた。
〜第四部 無限の申し子達 完〜
魔導神話インフィニティ・ドライブを最後まで読んで下さってありがとうございました。これで一応完結です。多忙な為、つたない文章で押し通したところはありますが、そこそこ満足はできました。気が向いたら、この話の続きやサイドストーリー、はたまた違う作品も書いてみようかと思っています。長い間、本当にありがとうございました。