第七十五章 仕組まれていた罠
「………君!………竜君!」
暗い中、誰かが何か言ってる。
「羽竜君!しっかりして!」
目を開けると、顔をくしゃくしゃにして泣いているあかねがいた。
「吉澤………」
落下した瞬間、あかねが羽竜を助けたのだ。しかしながら、あかねの細腕では受け止め切れず、羽竜は頭を打って気を失っていた。あかねもまた腕に怪我を負った。
「よかった。死んじゃったかと思った………」
「……………吉澤、俺………蕾斗の事結局手にかけちまった。」
「………ううん。蕾斗君はきっと自分を倒してくれたのが羽竜君でよかったって、そう思ってるよ。」
ひざ枕をしてくれているのか、どこか安心する。
普段なら嫌がる羽竜も、ようやく終わった戦いにそんな気もなかった。
「俺は正しかったんだろうか………」
「羽竜君は羽竜君の正しいと思う事をしたんだから、それでいいんじゃないかな。」
「…………サンキュ、吉澤。」
あかねだって正しいのかなんてわからないはずなのに、羽竜を気遣かってちゃんと答えてくれた。
「あっ!」
あかねが声を上げる。地震?いや、ここは浮遊してるはずだ。
そう考えると結論はひとつ。
ミドガルズオルム同様に、主を失った浮遊城は崩壊、墜落を始めたのだ。
「こんなところで死ねるかよ。吉澤、俺に掴まれ。」
むくっと起き上がり翼を広げる。
「でも………」
「でもじゃねー。死にたくないだろ。」
そう言うとあかねを抱き寄せた。
「は、羽竜君………」
「バーカ、地上に帰るまでだ。」
「……………うん。」
「そういやトランスミグレーションは…………」
辺りを見てトランスミグレーションを探す。捨てて行くわけにはいかない。
「あった!」
あかねを抱いたまま、無造作に転がってるトランスミグレーションを拾おうとした時、
「ご苦労だった。羽竜。」
羽竜より先に拾った者がいた。
「ヴァルゼ・アーク!!」
「そんな不思議そうに見るなよ。別に死んだわけじゃないんだからな。」
魔帝の姿から人間へと戻っていた。
「フン。死んでくれた方が清々するよ。さ、トランスミグレーションを返してくれ。」
ヴァルゼ・アークからトランスミグレーションを取り上げようとするが、高く持ち上げられ失敗に終わる。
「悪いがトランスミグレーションは返せない。」
「なんだって?」
「一時はいろいろと予定を狂わされてどうなるかと思ったが、お前が頑張ってくれたおかげでうまく行ったよ。」
「皮肉か?結局ダイダロスを倒したのはあんただからな。俺は何もしてない。」
「そんな事はない。一番重要な事をしてくれた。親友を殺してまでな。」
なんだか嫌な予感がする。ヴァルゼ・アークの笑いにどこか含みを覚える。
「一番重要な事?どういう意味だ?」
「フッ。まだ気付かないのか?俺はなんの為に戦って来たと思うんだ?」
「それは………インフィニティ・ドライブを手に入れる為だろ?」
「そうだ。」
「でもインフィニティ・ドライブはもう失くなったじゃないか。あんたの野望も終わったんだよ。」
「違うな。俺の野望はこれからだ。」
どうやら嫌な予感は当たったようだ。
このくらい確率よく予感が当たってくれるのなら、数字を選ぶ宝くじでも買っておいてもよかったかもしれない。一回くらいは当たっただろう。
そんな事が頭を過ぎったが、今は問いたださなければならない事がある。
「まさかまだインフィニティ・ドライブがあるなんて言い出すんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ。インフィニティ・ドライブはまだある。トランスミグレーションの中にな。」
羽竜とあかねは耳を疑う。インフィニティ・ドライブがトランスミグレーションの中に?
「わかってないようだから教えてやるよ、トランスミグレーションもロストソウルと同じ性能を持ってたんだよ。俺達悪魔もダイダロスも、ロストソウルとファイナルゼロに記憶と力を託した。ロストソウルとファイナルゼロにはそういう能力があったからな。トランスミグレーションにも記憶と力を吸収する能力があったんだ。」
「そんなバカな………」
羽竜が気付かなくてもおかしくはなかった。トランスミグレーションの能力を知っていたのはダイダロスだけだ。ヴァルゼ・アークは過去に行った時に、羽竜からダイダロスは最初から魔導とインフィニティ・ドライブが同一のものだと知っていたと聞いて気付いたのだ。
トランスミグレーションはインフィニティ・ドライブを奪う為に造られた『鍵』だったのだ。
「ヴァルゼ・アーク、あんたそれを知ってて俺に蕾斗を………!?」
「トランスミグレーションは終焉の源にしか扱えないようだったからな。」
「ふざけんな!!よくも………よくも俺に蕾斗を殺させたな!」
「勘違いするな。どのみち蕾斗は倒さねばならなかった。ダイダロスによって犠牲の柩にかけられてたからな。命を残してやる事は出来なかった。」
「なんで黙ってたんだよ!」
「最初に会った時に言っただろう、俺達は敵同士だと。」
「卑劣な奴だ………」
驚愕と怒りと、なぜか淋しさが込み上げる。
「最初から私達を騙してたんですか!?」
あかねも羽竜と同じ気持ちだった。
「騙したつもりはない。お前達が勝手に騙されたんだろう?」
あかねは心のどこかでヴァルゼ・アークに憧れていた。大人で、だけど茶目っ気のあるヴァルゼ・アークに。
それだけに心に負った傷は大きい。
「ヴァルゼ・アーク…………てめぇ…………」
「俺を恨むのはお門違いだ。恨むなら己の未熟さを恨め。」
ヴァルゼ・アークは背を向けた。
「悔しいのなら俺を止めてみろ。フッ………その勇気があるのなら………な。」
立ち去るヴァルゼ・アークの背中をずっと見ていた。
ヴァルゼ・アークの言う通りだ。考えが浅はか過ぎた。何かと手を貸してくれたヴァルゼ・アークに疑心が持てなかった。
「羽竜君………」
「忘れてたよ、まだ戦いは終わってなんかない。ヴァルゼ・アークを倒さない限り戦いは終わらないんだ。」
最大の敵に因縁にケリをつける時が来た。